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第三章 ふたご座の宿
第八話「小さなお客さま」
しおりを挟む双子の兄妹と手を繋ぎながら、街を歩いていく。母親はひとりでいるらしく、ひとりで歩いている女性を見つけるたびに双子に確認してもらう。そうしていると、何かを見つけたレオがクラウスの手を引っ張った。
「なぁ、あれ食べたい」
「はぁ?」
ガラの悪い声を出すクラウスを横目に、エマがレオの指した方を見る。そこにはフルーツ飴が売られていた。まあ、とエマはリリーの方を見ると、リリーもまた瞳を輝かせている。
「みんなで食べましょうか」
「勝手なことを」
「やった!」
眉をしかめるクラウスの言葉を遮って喜ぶふたり。エマはふふっと笑う。
「王子様も一緒に食べましょう?」
「ふん、仕方ないな」
そう言って片手を腰に当てる。片手はレオと繋いでいるからいつもの腕組みができないのだろう。
レオに引っ張られながらクラウスは進み、エマはリリーと微笑み合いながら店へ向かう。
「おれ、ぶどうがいい!」
「リリーさんはどちらがいいですか?」
「……いちご」
小さな声で伝えるリリーに、エマは笑いかける。
「わたしも苺にしようと思います。王子様はどちらになさいますか?」
クラウスは視線を巡らせ、ぶっきらぼうに言う。
「……林檎にする」
「わかりました! 注文してくるので、リリーさんと手を繋いでいていただけますか?」
「は? 俺様は王子だぞ。なんでそんな……」
話している途中でリリーの手を差し出され、むっとしながら手を繋いだ。
購入を終えて、各々が店員から飴を受け取る。レオとリリーは瞳を輝かせ、エマはそんなふたりを見て嬉しそうに微笑む。クラウスは恐る恐るといった様子で飴を受け取り、観察している。
全員が一斉に飴をかじった。口の中に甘さが広がる。嬉しそうに食べている双子を見て、エマはクラウスに話しかけた。
「王子様、どうですか?」
「ふん、悪くないな」
口角を上げて言うクラウスに、エマは「美味しいですよね」と微笑む。改めて双子と手を繋ぎ、飴を食べながらまた歩き出した。
気付けば食べ歩きのようになっていた。双子はおまけで渡された色違いの風車を手に持ち、全員で少しずつ分けながらレオとリリーが食べたいと言ったものを食べていく。ベビーカステラやクレープ、唐揚げやアイス。まるでお祭りだ。
「この街は毎日がお祭りなんですね」
「たのしいよ」
エマの言葉にリリーが嬉しそうに答える。クラウスも初めての食べ歩きを経験できて、どこか満足そうにしている。
日が暮れてきて、エマは困ったように眉を下げる。食べ歩きをしながらも、ひとりでいる母親らしき女性を探していたが、まだ見つかっていなかった。
すると、リリーがエマの手を引っ張り、足を止める。レオも同様にクラウスの手を引いている。
「ここ、おうち」
「え?」
言われた場所を見上げる。そこには、大きな宿があった。大きな、という言葉では言い表せないくらい、大きい。この大きな街ユートディアの中の広い一角が丸ごと宿になっている。正面入り口であろう場所の上に、大きく宿の名前がきらきらと刻まれている。
目をぱちくりさせていると、正面の両開きの扉が開いた。そこからひとりの女性が出てきて、エマたちを見ながら目を丸くする。
「あんたたち、どこ行ってたんだい!」
黄色いワンピースを着た暗い髪色の綺麗な女性が、エマたちに駆け寄る。そしてエマとクラウスに視線を合わせ、優しく目を細めた。
「この子たちを連れてきてくださったんですね。ありがとうございます」
「あ……いえ」
エマは目を瞬かせ、手を繋いでいるリリーと目を合わせる。
「お家の場所、知ってたんですか?」
「うん」
「まあ」
驚くエマに、呆れた様子のクラウス。
「迷子だと言っていただろう」
「ママが迷子になったのはほんとだぞ!」
「うん。お買いもの中にはぐれちゃったの」
そう話す双子を見て、女性は苦笑する。
「確かに買いもの中にはぐれたんですけど、すぐ近くでしたし、この街はこの子たちにとって庭のようもので……」
女性は詳しく説明してくれた。この街ユートディアで一番大きい宿が双子の自宅であること。街で店を出している全ての人々に知られているため、はぐれても近くの店の人に声をかけるか家に向かうかするように伝えているため、そこまで心配していないこと。エマは「そうだったんですね」と微笑んだ。
「でも見つかってよかったです」
「すごくお世話になったみたいですね。本当にありがとうございます」
風車を手にした双子を見て、女性は苦笑する。
「私、この宿のオーナーをしております。ミレーヌと申します」
「わたしはエマです」
「クラウスだ」
ミレーヌはエマの背負っているリュックをちらりと見て、品のある仕草で言葉をつづけた。
「何か旅の途中でしょうか? もし泊まる場所が決まっていないのでしたら、ここに滞在されるのはいかがですか?」
「まあ」
エマは口に手を当てて驚く。
「とてもお世話になったようですし、これもご縁ですから。代金は必要ありません。長い間滞在していただいても構いません。もちろん食事付きです。どうでしょう?」
悪戯っぽく微笑み、ミレーヌはエマとクラウスに尋ねる。クラウスは満足そうに鼻を鳴らす。
「ああ。そうさせてもらおう」
「そ、そんな……。お金を払わずに、こんな立派な宿に泊まらせていただくのは」
「いいじゃんかー」
「うん。おねえちゃん、おねがい」
珍しくあたふたとするエマに、レオとリリーが説得するようにしがみつく。エマは困ったように笑い、ミレーヌに視線を向けた。
「……でしたら、何かお手伝いをさせてください」
「じゃあ決まりだね」
砕けた口調に変えたミレーヌは嬉しそうに笑い、「手伝いかぁ」と考えるように視線を巡らせる。
「だったら、この子たちの相手をしてくれる? 仕事で留守にすることもあるから、一緒に遊んでくれたら嬉しい」
「もちろんです! そういうことでしたら、ぜひ」
エマはにっこり笑い、レオとリリーも嬉しそうに笑う。クラウスは不満そうだ。
「何故王子である俺がそんなベビーシッターみたいな真似をしないとならないんだ」
「こんな立派な宿に泊まれる程のお金は持っていませんし」
「代金は必要ないと言っていただろう」
「お礼をする必要はありますよ」
何を言っても意思を曲げないエマに、クラウスはため息をついた。いつものパターンだ、と諦めた様子だ。クラウスが折れたのを確信して、エマはにっこりと笑顔を向けた。
「それでは、ミレーヌさん。これからお世話になります。よろしくお願いいたします」
エマはミレーヌにそう言って、「これからよろしくお願いしますね」とレオとリリーにも微笑みかけた。
「それじゃあ改めて」
ミレーヌは笑って手を宿に向けた。
「ようこそ。ユートディア一大きな宿、ジェメリへ」
「とっても立派なお部屋ですね」
瞳をきらきらと輝かせながら、エマはカーテンを開けた。広い街並みの夜景が、きらきらとしていてとても綺麗だ。ソファに座るクラウスは頬杖をついている。
「そうか? 普通だろう」
「まあ。王子様らしい発言」
くすくすと笑いながら、エマは部屋の探検を続けた。あちこち歩き回るエマの姿を、クラウスは紅茶を飲みながら見ている。泊まっていいと告げられた部屋は、まるで家のようだった。複数の部屋があり、キッチンもある。部屋の位置は高く、街を一望できる広いリビングもあった。
探検に満足したエマはクラウスの向かい側で同じように紅茶を飲む。瞳は相変わらずきらきらと輝かせていて、興奮は冷めていない様子だ。そんなエマに対し、クラウスはどこか不満げな様子で口を開く。
「使用人やらベビーシッターやら。俺は王子だぞ。わかっているのか?」
エマは「確かに」と言ってふふっと笑う。
「郵便屋さんじゃなくて、何でも屋さんになった気分です」
「貴様がやたら手伝いたがるからだぞ」
呆れたように言うクラウスに、エマはまたふふっと笑う。そうしていると、部屋のインターホンが鳴った。本当に家みたいだ、と思いながらエマは慌てて立ち上がる。そしてゆっくりと扉を開けた。
「あそびにきたぞー」
「おねえちゃん、あそぼ」
そこには、小さなお客さまのきらきらな笑顔があった。
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