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第三章 ふたご座の宿
第七話「迷子のふたり」
しおりを挟む列車に揺られながら、窓の外を眺める。青い空に流れる雲、風の感じられる草原の横を走っていく。景色が横に流れていく様子を、クラウスがじっと珍しそうに見ていた。
「王子様、列車は初めてですか?」
「ああ」
エマを一瞥して、空返事のように答える。景色に夢中になっているようだ。視線が左から右へと繰り返し動いている。
「俺様だって、これくらいの速さで飛ぶことくらいできる」
王子だからな、と何故か列車と張り合うようなことを言うクラウスに、エマは「そうなんですね」と微笑みながら返事をした。
大陸の中心にある大きな街、ユートディアに到着した。色とりどりの建物が並び、たくさんの人が歩いている。店先で店主と話している人や道中のベンチに座っている男女、テラス席で話す複数人の女性。その賑やかな様子にエマは楽しそうに微笑みながら真っすぐに伸びる道を歩き、クラウスは相変わらず興味深そうにきょろきょろしている。
「これからはこの街を拠点にして、夢の欠片の情報を探っていきましょう」
「ああ、そうだな」
背負ったリュックを揺らして、エマはクラウスに視線を向ける。
「とにもかくにも、まずは宿が必要ですね」
「宿?」
「泊まる場所のことです」
「意味を聞いたんじゃない」
クラウスは呆れたように片目を細めた。
「この街で一番いいところに泊まればいい」
「そんなお金ないですよ」
「俺様は王子だぞ」
クラウスの言葉に、エマは目をぱちくりさせる。
「王子様、お金持ってたんですか?」
「持ってるわけないだろう」
「まあ」
エマは口に手を当て、微笑んだ。
「この間も言いましたが、王子様が王子様だと知られていない場所で、王子様としての力を使うことはできないと思いますよ」
エマの言葉にクラウスはぐっと言葉に詰まる。そして拗ねたように顔を逸らした。エマは気にせず歩いていく。
「地図でもあればいいんですが……」
「案内する者はいないのか」
「案内所、ですか。大きな街ですからありそうですね。でも」
案内所はどこでしょう、とエマは首を傾げる。クラウスは「知らん」と腕を組んだ。
「街の中心には広場があったはずです。その近くでしたらあるかも知れません」
行きましょう、とクラウスの手を引き、エマは広場を目指して進んでいった。
広場の中心には噴水があり、所々にベンチが設置されていた。周囲にはちょっとした出店や、飲食店のテラス席が見える。子どもたちが走り回るのを横目に、エマはわぁっと瞳を輝かせる。
「素敵な街ですね」
「……そうだな」
「まあ、珍しく素直ですね」
驚いた様子のエマに、クラウスは「同意しただけだろう」と言ってふんと鼻を鳴らした。
「案内所らしき場所は……」
きょろきょろと周りを見回して案内所を探す。すると突然、手に温かい感触がした。驚いて自身の手を見ると、そこには小さな女の子がエマと手を繋いでいた。淡い金色の髪ときらきらした丸い瞳がかわいらしい。
「まあ」
エマはゆっくりしゃがみ、少女と目を合わせる。不安そうにこちらを見ている。
「どうしたんですか?」
少女はもじもじとして、小さな声を出した。
「ママ……」
「ママとはぐれちゃいました?」
こくりと頷き、少女は「お兄ちゃん」と呟くように言う。エマは小首を傾げる。
「お兄ちゃん、ですか?」
「あっち」
少女の指さしたクラウスの方を見ると
「なんだ貴様は」
クラウスの服の裾を握る、少女とよく似た男の子の姿があった。エマは目を丸くする。
「まあ」
双子の兄妹だ。エマはクラウスの隣に行き、話を聞こうとふたりを横に並べる。兄に近付いたからか、少女はどこかホッとしたような顔だ。男の子の方もかわいらしい容姿をしているが、表情はキリっとしている。エマは優しく声をかけた。
「お名前を聞いてもいいですか?」
「レオ」
「……リリー」
男の子はレオ、女の子はリリーというらしい。エマはにっこり笑った。
「わたしはエマです。こっちのお兄ちゃんはクラウスさん」
名前を出されたことに驚いたのか、クラウスはびくりと身体を揺らし、「そうだ」と偉そうに身を反らす。それを見ていたレオも同じような仕草をする。
「ママが迷子になったんだ!」
レオがキリっとした表情のままそう言い、リリーはこくりと頷く。しっかりしなきゃ、と意識しているように見えて、エマは柔らかく微笑んだ。
「でしたら、ママをお迎えに行かないといけませんね。おふたりとはぐれて、きっと悲しんでいます」
「うん!」
レオとリリーが期待するように瞳を輝かせる。
「じゃあみんなで探しに行きましょう」
そう言うと、クラウスは「はぁ?」と声を上げた。リリーはすぐさまエマの手を取り、レオもそれに倣うようにクラウスの手を取った。クラウスは戸惑ったように視線を巡らす。
「王子様、一緒に探してもらえますか?」
エマは眉を下げ、上目遣いでクラウスを伺う。手を繋いでいるリリーも同じ表情で見ている。クラウスは大きくため息をついた。
「……貴様は本当に」
「だめでしょうか……?」
クラウスは肩を竦めた。
「いーや、貴様はそういう奴だからな。付き合ってやってもいいぞ」
ふっと笑ってそう言う。エマは嬉しそうに笑い、双子は顔を見合わせて笑い合った。
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