郵便屋さんと月の王子様

花月小鞠

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第二章 レンガの町

第五話「お月さまのおとぎ話」

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 真っ青な空の下。ふわりとスカートを翻しながら、エマは図書館へ向かっていた。町長に言われた通り、本の整理を手伝うのが目的だ。屋敷を出る前にクラウスの様子を見てみたが、ぶつくさ文句を言いながら不慣れな手つきで掃除をしていた。町長は昨日同様、書斎にこもっているため、ふたりが喧嘩をすることもないだろう。エマは安心して外に出た。

 この町には何度か来たことがあったが、図書館に入った経験は数える程度しかなかった。素敵な空気感でエマの好みの場所であったことは記憶にあるため、手伝いができることを楽しみにしている。



 扉を開き、図書館の中に入る。外には休館日と書かれていた。静かな館内をゆっくり進んでいく。誰もいないのだろうか。休館しているからか、どこか薄暗く感じる。本の匂いを感じながら、エマは「誰かいらっしゃいませんか?」と声をかけて回る。


 すると、どこかから何か声が聞こえた気がした。助けて、と言っているような気がして、エマは慌てて声のする方へ向かう。

そして向かった先には――倒れた棚と、床に散らばる大量の本があった。




「いやぁ、助かったよ。来てくれてありがとう」

 棚の下から抜け出しながら女性は言った。かけている眼鏡が完全にずれている。

「お怪我はありませんか?」

「ああ、もちろん。平気さ」

 伸びをしながら答える。そしてようやくエマと目を合わせると、相変わらず眼鏡をずらしたまま、笑顔を見せた。

「あたしはヘレナ。この図書館の司書だ。よろしく」

「はい! よろしくお願いします」

 ヘレナは倒れた棚を撫でながら、あっけらかんと笑う。

「あんたが手伝いに来るっていうからさ、下準備でもしておこうかなと思って色々やってたら、棚が倒れて来ちゃってね」

 まあ、とエマは口に手を当てる。ちらりと本棚を見ると、かなり大きく重そうだ。床に散らばっている本も、この棚に入っていたのだろう。

「……よく無事でしたね」

 エマの言葉にヘレナはハハっと笑う。そしてようやくずれていた眼鏡を直すと、倒れていた棚を勢いよく元の位置に戻した。素早い行動に、エマは目をぱちくりとさせる。

「あたしよりも、本の無事を確認しないとねぇ」

「あ! お手伝いします」

「ありがとう。棚に戻さなくていいから、とりあえず確認したらそっちに積んでおいて」

「はい」

 ふたりはしゃがみ、そして本を一冊ずつ確認していく。開いている本はほとんどなかったため、本も無事なようだ。そうして散らばっていた本を一ヶ所に積み上げ、エマは改めてヘレナに向き合う。あまりの事態に、完全に自己紹介を忘れていた。

「わたし、エマといいます。今日は町長さんに言われて本の整理の手伝いに来ました。よろしくお願いします」

「ああ、そっか。そういえば名前聞いてなかったね。よろしくね、エマちゃん」

 ニッと笑顔を見せるヘレナに、エマもにこにこと笑顔で答える。

「じゃあ、さっそく手伝ってもらおうかな」

「はい!」

 エマは瞳を輝かせて、手をぱちっと合わせた。



「今回やってもらいたい作業はねぇ、そこからそこまでの棚の本を整理して欲しいんだ。なくなっている本がいくつかあるかも知れなくてさ、リストに書き出しているから、整理した後にその本があるかどうかを確認したい」

 言われた場所の棚を見て、エマはヘレナに再び視線を移す。言っている意味は理解できるが、何をしたらいいのかわからない。不安そうに見えたのか、ヘレナは口角を上げて、エマの頭をぽんと軽く撫でる。

「やり方を教えるから、ついてきてね」

「はい!」

 嬉しそうに答えて、歩き出したヘレナの後ろをついていく。本のラベルの見方や整理の方法を教えてもらい、改めてやって欲しいと伝えられた棚を見る。思っていたよりも時間がかかりそうで、クラウスが代わりに来なくてよかったとエマは心の中でほっとする。

「じゃあ、さっそく取り掛かってもらってもいい?」

「はい! 頑張ります!」

 エマはうきうきと本の整理を始める。元々郵便配達をしていたこともあり、仕分けたり特定の場所に届けたりする作業は得意だった。しばらく仕事から離れる覚悟をしていた分、好きな作業ができることを嬉しく思い、エマは今にも鼻歌を歌いだしそうだ。



 しばらく作業をしていると、ヘレナが様子を見に来た。

「どうも」

「ヘレナさん! お疲れ様です」

「調子はどうかな? これ意外と時間かかるよねぇ」

「そうですね」

 エマの整理した本の背表紙を撫でたヘレナは、「そうだ」とポケットから小さな包みを取り出した。

「はい、チョコレート。集中できなくなってきちゃうから、甘いもの食べて」

「わ、ありがとうございます!」

 差し出されたチョコレートを受け取り、エマはさっそく口に運ぶ。疲れてきていたところだったため、ただでさえ好きな甘さがさらに美味しく感じる。にぃっと口角を上げてそんなエマを見守っているヘレナを見て、エマは夢の欠片のことを尋ねてみることにした。図書館の司書ならいろんな情報を知っているだろうと思ったのだ。

「ヘレナさん、この大陸のどこかに流れ星が落ちたっていう話は聞いたことありますか?」

「流れ星かい?」

「はい」

 ヘレナはうーんと考え込む。そして期待したようなエマの様子を見て、困ったように肩を竦めた。

「悪いけど、聞いたことないねぇ」

「そうなんですね」

「力になれなくてごめんね」

「いえ、そんな。大丈夫です! ありがとうございます」

 慌てたように手を振るエマ。ヘレナは「流れ星かぁ」と小さく呟く。

「流れ星っていうと、お月さまの住人の落とし物っていう話があるよね」

「お月さまの住人、ですか?」

「ああ。伝説というか、おとぎ話みたいな話なんだけどねぇ」

「そういう話があるんですか?」

「聞いたことないかい? お月さまにはそこで暮らす者たちがいて、流れ星は彼らの落とし物。その落とし物を拾うために、時々彼らは下りてくる。しかし誰にも気付かれずにそっと回収して、月に戻っていく。だから流れ星はどこを探しても見つからない。そんなおとぎ話があるんだ」

「誰にも気付かれずに……」

 地面に穴をあけたクラウスのことをエマは思い出す。王子様には無理そうだ、とエマは思わずふふっと笑う。

「確か、絵本があったはずだよ。あとで見てみるかい?」

「はい! ぜひお願いします」

「用意しておくね。じゃあ、お手伝いの続きをお願いしてもいいかな?」

「もちろんです。頑張りますね」

「よろしくねぇ」

 立ち去るヘレナの後ろ姿を見送り、再び本棚と向き合う。エマは「よし」と小さく呟き、本の整理を再開した。

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