郵便屋さんと月の王子様

花月小鞠

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第二章 レンガの町

第四話「王子様、使用人になる」

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 おじいさんに連れられてやってきた場所は、大きな屋敷だった。その外観を見て、エマは瞳を輝かせる。

「まあ。立派なお屋敷ですね」

「町長じゃからな」

 その言葉に驚き、エマは眉を下げてクラウスを見る。町長さんにぶつかってしまったんですね、と言わんばかりの視線から逃げるように目を逸らす。

 互いに軽く自己紹介をしながら中に案内される。仏頂面をしているクラウスに対し、エマは嬉しそうに屋敷内を見回していた。屋敷の中にはアンティークの家具や様々な絵画があり、広い空間が広がっている。しかし人の気配はなさそうだ。

「お前たちにはここで使用人をしてもらう」

「使用人だと!」

「町長さん、おひとりで住んでいらっしゃるんですか?」

 クラウスを無視して、町長はエマに答える。

「今はそうじゃな。使用人をしていた者が休暇中なんじゃ。だからさっきも自分で買い出しをしようと外に出たんじゃが……」

 クラウスに目を向ける町長を見て、エマは困ったように微笑む。

「その途中で彼にぶつかってしまったんですね」

「その通りじゃ」

 大きく頷く町長に対し、納得していないクラウスは舌打ちをする。

「そうしましたら、まずは買い出しですね。必要なものを教えてください」

「待て待て待て。なんで貴様はそう乗り気なんだ!」

 困惑した様子のクラウスに、エマは首を傾げた。

「だって、町長さんは困っていらっしゃるんですよ?」

「……貴様はそういう奴だったな」

 エマが文句ひとつ言わずに自身の手伝いをしていることを思い、クラウスは諦めたように息を吐いた。



 レンガ道をふたりで歩きながら、エマはちらりとクラウスを見る。買い出しをするため店へ向かっている途中だが、クラウスはあからさまに機嫌が悪そうだ。

「王子様、余ったお金で好きなものを買っていいそうですよ」

「貴様はいつまで俺を子供扱いするつもりだ」

「子供扱いだなんてそんな」

 何買いますか、と話を続けるエマにクラウスは大きくため息をつく。

「俺様は使用人なんてやらないからな」

「現に今買い出しに来てますけど……」

 クラウスはふん、と腕を組む。

「それはあの老人と一緒にいたくなかったからだ」

「まあ」

 エマは首を傾げる。町長はすぐに書斎にこもってしまったため、一緒にいることはないはずだが、同じ建物にいるのも嫌だったのだろう。

「でも、ふたりでやった方が早く終わりますよ」

「貴様が急げばいい」

「無理ですよ。この後はあのお屋敷のお掃除と、食事の準備があるんですよ?」

「……貴様が急げばいい」

「無理ですって。あ、そこのお店に寄りますね」

 テキパキと買い物をしていくエマを、腕組みしながらクラウスは見守る。ちらちらと店主から不思議そうに向けられる視線を受け、クラウスはむすっとしながら顔を逸らした。



 そういえば、と屋敷に戻ったエマはクラウスに声をかける。クラウスは箒を手にして怒ったような、困ったような微妙な表情をしていた。

「あの不思議な力でささっとお掃除できないんですか?」

「……できない」

「どうしてですか? お手紙の配達はできたのに」

「あれは届けるだけだったろう」

 きょとんとするエマに、クラウスは気まずそうにしている。目線が合わない。

「王子である俺様は、掃除なんて一度もやったことがない」

「まあ」

「……だから、何をどうしたらいいのかわからない」

 だからできない、と小さな声で言う。つまり、やるべきことが明確に分かっていないと不思議な力を使うことはできない、ということだろう。なるほど、とエマは頷いた。

「でしたら、自力でやるしかないですね。わたし教えるので、頑張ってください。王子様」

「……」

「王子様?」

「……わかった。やればいいんだろう。やれば」

 まるで本当に子供相手だ、とこっそり思いながらエマはふふっと笑った。



 掃除用具をあれこれ取り出し、掃除の方法を丁寧に教えたものの、クラウスは掃除が上手くできなかった。箒を使えばゴミは宙を舞い、布を濡らそうとするとバケツを倒す。この後は食事の準備をする予定だったが、キッチンに近づかせてはならない、とエマは固く決める。

「お掃除って難しいですよね」

「慰めているつもりか?」

「……ごめんなさい」

 いつもより低い声で言われ、エマは小さくなる。クラウスは完全に荒れていた。

「大体、なんで王子である俺様がこんなことをしないといけないんだ。夢の欠片を探せとは言われたが、掃除をしろなんて言われていないぞ。そもそもあのくそ親父が欠片どうこうなんて言い出さなければこんなことには……」

 小さい声でボソボソと文句を言い続けるクラウス。なんだか呪われそうだ。エマは時計を確認して、キッチンで食事の準備をはじめる。クラウスのことは一旦置いておくことにした。




「明日、お前には別の場所で働いてもらう」

 エマとクラウス、町長で食卓を囲んでいると、唐突にそう言われる。エマは食事の手を止め、首を傾げた。

「わたしですか?」

「ああ」

「何勝手なことを言っている!」

 立ち上がるクラウスを一瞥して、町長は皿に視線を戻す。

「わしは今、お前たちの雇い主同然じゃ。指示に従うのは当たり前のことじゃろう」

「ダメだダメだ。絶対ダメだ」

 力強く断るクラウス。町長はふんと鼻を鳴らした。

「これは決定事項じゃ。断ることはできん」

「貴様……」

「落ち着いてください、王子様。わたしなら大丈夫です」

「俺が大丈夫じゃないんだ!」

 だったら俺がそっちに行く、と自ら言い出す。よほど掃除が嫌だったのだろう。しかし町長は呆れたように息を吐いた。

「お前には無理じゃ」

「なんだと……!」

「何のお仕事ですか?」

「図書館で本の整理をしてもらいたい」

 あぁ、とエマは納得したような声を出し、クラウスはむすっとして口をつぐむ。クラウスでは無理そうだと、自他共に悟ったのだ。ほらな、と言いたげに町長は鼻を鳴らした。

「お前は掃除の続きじゃ」

「ちっ」

「王子様、舌打ちは控えてください。食事中ですよ」

「食事中は関係ないだろう」

 クラウスは機嫌が悪そうに、乱暴に食事を続ける。町長もその後は黙々と食べている。そんなふたりの姿を見て、エマは困った顔で微笑みながらも、明日の仕事について思いを巡らせる。図書館で本の整理。新しいことを知るのが好きなエマは、図書館という場所が好きだった。

 楽しみだな、と小さくぽつりと呟く。それに反応して、あ?と柄の悪い声を出すクラウスに微笑みかけて、エマは食事の手を進めた。

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