郵便屋さんと月の王子様

花月小鞠

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第二章 レンガの町

第三話「旅の始まりとさっそくの衝突」

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「一つとは言っていないだろう」

 自宅へ共に戻り、クラウスが当たり前にソファでくつろいでいるのをエマが不思議そうに見つめる。その視線を受け、クラウスは口を開いてそう言った。


「どういうことですか?」

「探している夢の欠片は一つではないと言ったんだ」

「まあ」

 エマは驚いたように声を上げる。

「てっきり、流れ星がこの近くに落ちてきたからいらしたんだと思ってました」

「違う。この大陸にある夢の欠片を、最低三つは探し出すように言われている」

「この広い大陸から、その小さな欠片をですか……」

「そう遠い目をするな。夢の欠片は意外と数が多い」

 慰めるように言うクラウスに、エマはうーんと困ったように首を傾げる。

「でも、最低三つということは、そう簡単に見つかるものでもないということですよね?」

 エマの言葉に、クラウスは視線を逸らす。図星なのだろう。エマは眉を下げて微笑む。

「わたしはお仕事があるので、ここを離れられません。申し訳ありませんが、お手伝いをすることはできないです……」

 クラウスはソファの肘掛けで頬杖をつきながら、ふふんと笑った。

「大丈夫だ」

「何がでしょう?」

「代わりの者を呼ぼう。貴様のいない間、郵便配達をすればよいのだろう?」

「それは……そう、ですが」

 言っていることに間違いはないが、それを言っているクラウスに不安を抱く。

「代わりの者というのは、どなたなんですか?」

「我が城の使用人をひとりよこしてもらおう」

「その方に、夢の欠片を探すお手伝いをしてもらうというのは……?」

「王が許さないだろうな。自力で探せと言っていた」

「……わたしの存在は自力のうちに入るのでしょうか」

 ことん、と用意していた紅茶をクラウスの前に置き、エマも向かい側に座る。

「わかりました。郵便配達はしばらく休業にします。緊急の際は、代わりに配達をお願いできる方がいるので、その方にお願いしておきます」

 クラウスは目を瞬かせた。

「いいのか?」

 エマはふふっと笑う。

「大体王子様のことがわかってきました。お断りしても無駄だと」

「当たり前だろう。俺様は王子だぞ」

「ええ、おっしゃる通りです」

 楽しそうに笑い、エマは紅茶を口に運んだ。



 翌日、エマは村人たちにしばらく郵便配達を休むことを伝えた。皆は快く受け入れ、緊急の際に代わりに配達できるという住人も何人か手を挙げてくれた。

挨拶を済ませ、エマはリュックを背負う。どれほど長い旅になるかは想像もつかないが、なるべく身軽に行こうと荷物を厳選した。しばらく村を離れると知った村人たちはこぞってお菓子を持たせようとしたが、エマは気持ちだけ受け取ることにした。

「長かったな」

「これでも急いだ方ですよ。しばらく離れることを、村の皆さんにちゃんとお伝えしないと」

 クラウスがむすっとしたように言うと、エマはにこにこと笑う。

「じゃあ、もう行けるな?」

「ええ、大丈夫です」

 行くぞ、と歩き出したクラウスの後ろをパタパタとついていく。エマはきょとんとしながらその後ろ姿に声をかけた。

「どこから、どこへ行くつもりですか?」

 クラウスは眉を上げて振り返る。

「そんなの、俺が知るわけないだろう」

「でしたら、わたしの先を進まないでください。行き先はこっちですよ」

 左方向を指さしながらエマが微笑む。クラウスはふんっと鼻を鳴らして左に向きを変えた。エマは慌ててクラウスの隣に並ぶ。

「この先の道を下ると、レンガの町に出るんです。そこの列車に乗って、大陸の中心にある大きな街へ向かおうと思っています」

 ふーんと興味がなさそうにクラウスは相槌を打つ。

「そこに行けば、夢の欠片が見つかるのか?」

「そういうわけではありませんが……人が多ければ、情報が集まりやすいかと思いまして」

 そうか、と納得したのか興味がないのかわからないような返事をして、クラウスは足を進める。

「王子様、わたしと出会っていなかったらどうするつもりだったんですか?」

「ふん、愚問だな。俺様は王子だ。そこらの奴に手伝わせるに決まっているだろう」

「まあ」

 エマは少し考えて、言葉を続ける。

「でもこの大陸では、王子様が王子様だということは誰も知りません」

 クラウスは怪訝そうな顔をする。

「だが、王子だ」

「この国の王子様じゃないのですから、王子様の肩書きは、この大陸では意味を持たないかと思います」

「それなら、何故貴様は俺の手伝いをするんだ」

 困惑を瞳に浮かべながら、クラウスはエマを見る。エマはそんなクラウスを見て目を細めた。

「楽しそうだからです」

 ふふ、と笑って言う。クラウスは肩を竦めた。

「変な奴だな」

「まあ。王子様ほどではありませんよ」





 町に到着した。エマの暮らす村と違い、賑やかに人々が行き交っている。赤色やクリーム色の建物は大きく、ふたりはレンガの道を歩いていく。

「さて、まずは列車の時刻を調べてみないといけませんね」

 エマは慣れたように進んでいく。郵便配達のため、町に下りるのはよくあることだった。クラウスは珍しそうにきょろきょろと辺りを見回している。その姿を見て、エマは心配そうに声をかけた。

「はぐれないようになさってくださいね。村と違って人通りが多いので、誰かとぶつかったりしないように気をつけてください」

「貴様は俺を子供か何かだと思っているのか?」

「ふふ、まさか。王子様だと思っています」

「そうだ。俺様は王子だ」

 腕を組んで偉そうに言う。エマは「ついてきてくださいね」と言って先を進んでいった。しかし……。



「どこに目をつけとるんじゃ、この若造が!」

「貴様こそ、俺様を誰だと思っている!」

 驚いて振り返ったエマは、まあ、と口に手を当てた。クラウスと杖をついたおじいさんが言い合いをしている。慌ててクラウスに駆け寄った。

「この老人が俺にぶつかってきたんだ」

「ぶつかられたのはこっちの方じゃ。前も見ずにきょろきょろしていたじゃろう」

「避けることくらいできるだろう」

「無茶を言うな。わしは腰が悪いんじゃ」

 エマはクラウスを宥めるように腕に触れ、おじいさんに向かって申し訳なさそうな顔をする。

「おじいさん、ぶつかってしまって本当にごめんなさい。お詫びに、何かわたしたちにお手伝いできることはありますか?」

「何を謝ってるんだ。この老人は王子である俺にぶつかってきたんだぞ」

「王子様」

 エマは真剣な目をしてクラウスに視線を移す。クラウスは思わず一歩後ずさった。

「な、なんだ」

「きょろきょろしていたのは事実でしょう? おじいさんと王子様では力の差もあることでしょう」

「しかし」

「少しでも自分に非があるなら、それを認めてこそ立派な王子様だと思いますよ」

 柔らかく微笑むエマに対して、クラウスは目を泳がせた。ふん、と腕を組んでそっぽを向く。そしてちらりとおじいさんを見て、「悪かったな」と小さく言った。

「許すわけないじゃろう。しっかり働いてもらうぞ」

 呆れたように言うおじいさんに、クラウスはむっとする。

「この俺様が謝ったんだぞ」

「悪かったなは謝罪の言葉じゃない。きちんと責任を取ってもらうからな」

 にぃっと不敵に笑うおじいさんと眉を上げるクラウス。そんなふたりの姿を見て、エマはそっと小さくため息をついた。

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