郵便屋さんと月の王子様

花月小鞠

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第一章 星降りの里

第一話「地面が揺れるような出会い」

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 輝く日差しを浴びながら、緑豊かな村を歩く。澄んだ空気と共に穏やかな時間を感じながら、エマは目的地へ向かっていた。ふわりと長い星色の髪を揺らしながら、機嫌よく歩いていた。赤い屋根の家のそばで立ち止まり、バッグをごそごそと漁る。手紙を一通取りだし、ポストに入れた。

「あらあら、いつもありがとね。エマちゃん」

 家から出てきた女性に気付き、エマは笑顔を浮かべる。

「おはようございます、アメリアさん」

「おはよう。お仕事がんばってね」

「ありがとうございます!」

 言葉を交わし、エマは仕事に戻る。エマの仕事は郵便配達だ。



「朝の分は終わりですね」

 バッグの中を確認しながら呟く。そして職場でもある自宅へ戻ろうとした。しかし晴れた空から唐突に影が差し、エマは真っ青な空を見上げた。

「ん?」

 何かが飛んでくる。エマは目を凝らした。その何かは、一直線に勢いよくエマの方へ飛んできていた。それを認識し、慌てて後ろに下がる。大きな音をたて、地面が揺れた。道に穴が開き、砂埃が舞った。

 エマは慌てて穴を覗き込んだ。砂埃で何も見えない。またしても目を凝らす。

「……人?」

「だぁー!」

 立ち上がったそれは、大きな声を上げた。エマはびくっと身体を揺らす。夜空のような色の瞳が向けられる。エマはそれと目が合った。

「……誰だ、貴様は」

「それ、どちらかというとわたしの台詞ですが……」

 エマは困惑したように眉を下げ、改めて笑顔を見せる。

「わたしは郵便配達のエマです。あなたは、どちらさま?」

「俺様はクラウスだ。月から来た」

「月」

 まあ、とエマは口に手を当てる。だから上から降ってきたのだと納得する。

「どうして月から来たんですか?」

「探し物をしている。わざわざ王子であるこの俺様が降りてくるのは非常に珍しいことだ。喜んでいいぞ」

「王子様、なんですか?」

「ああ。どうだ、すごいだろう」

 腕を組んで得意気に身体を反らすクラウスを、エマが不思議そうに見つめる。

「どうして王子様が探し物を?」

 クラウスはむすっとしたような顔をする。

「……日頃の行いが悪いからだそうだ。まったく、なんでこの俺が欠片なんぞ探しに来なくてはならんのだ。自分だっていつも遊んでばかりのくせに、あのくそ親父」

 不機嫌そうに地面を睨みつけながら、ぶつぶつと小さな声で文句を垂れる。エマは首を傾げた。

「欠片?」

「ああ。俺が探しに来たのは――夢の欠片だ」

 その一言に、エマは瞳を輝かせた。



 鼻歌をうたいながら、エマはポットを傾ける。お気に入りの花の香りが広がり、思わず口角が上がる。紅茶とお菓子をテーブルに置いて、エマはクラウスの前に腰掛けた。


「どうぞ、召し上がってください」

「ありがとう。意外と気が利くんだな」

 言いながら紅茶を口に運ぶ。それをテーブルに置いて、真っ直ぐにじーっと自分を見つめるエマの姿に気が付く。一瞬眉をひそめるが、すぐその意味に気付いた。微かに目を逸らし、「美味い」と小さな声で伝える。エマは満足そうに笑った。



「それで、王子様。夢の欠片とは何ですか?」

「星だ」

「星、ですか?」

「ああ。夢の欠片とは通称でな。俺はよく知らんが、ここでは星が落ちてくるのだろう?」

「もしかして、流れ星のことですか?」

「知らん。とにかく、俺はそれを探しに来た」

「どうして探しに?」

「質問が多いな。落ちたものを拾うのは当然だろう」

 舌打ちしながら答える。意外と口の悪い王子だ。

「王に命じられたから来ただけだ。理由なんぞ知らん」

「王子様なのに?」

 エマの言葉に、クラウスはぐぅっと唸る。

「俺様は自由な王子なんだ」

 語尾を強めて言う。まるで拗ねているようで、エマはくすっと笑った。

「何がおかしい」

「いえ、おかしいと言えばこのお菓子、美味しいのでおすすめですよ」

「そうか? いただこう」



 しばらく紅茶とお菓子を堪能していると、エマはふと時計を見上げる。午後の仕事の時間だ。

「王子様、ごめんなさい。わたし、そろそろお仕事の時間で」

 エマの言葉にクラウスは怪訝そうな顔をする。エマは仕分けておいた手紙をバッグに入れて準備をする。ばたばたと慌ただしく準備をするエマの姿をクラウスは目で追いかける。

「それでは、わたしは出るので、王子様はどうぞごゆっくり」

「待て待て待て待て」

 そのまま玄関から出て行こうとするエマをクラウスが引きとめる。エマは不思議そうにクラウスを見上げた。

「なんでしょう?」

「貴様は俺の探し物を手伝ってくれるのではないのか」

 クラウスの言葉に、エマは困った顔をする。

「でも、わたしお仕事がありますし」

「なんだ、その仕事というのは」

「郵便配達ですよ。想いのこもったお手紙を、皆さんのお家へお届けするんです」

 バッグを見せながら言うと、クラウスが乱暴にバッグの中に手を突っ込む。そして手紙を一通取りだすと、嫌そうな顔で眺めた。

「こんなものを届けているのか」

 エマはむっとしたような顔をして、手紙を持つクラウスに向かって手を伸ばした。

「こんなものって言わないでください。大切なお手紙なんです」

 伸ばされた手はクラウスに避けられ、手紙を取りかえすことに失敗する。クラウスは目を細めて手紙の住所を読み上げる。

「ここに届けたらいいのか」

「はい。そうですが」

「ふーん」

 クラウスは「貸せ」とエマからバッグをひったくる。そして目を閉じると、手紙が次々とバッグから浮き上がった。そんな光景に目を丸くしていると、今度は手紙が素早く、まるで流星群のようにどこかへ飛んでいってしまう。

「届けたぞ。これで仕事は終わったな」

「え、ええっ?」

 困惑したような声を出すエマに、クラウスは満足そうに笑う。

「手伝ってくれるだろう?」

「……はい」

 納得いってないような顔をして、エマは頷いた。

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