悪役令嬢に恋した黒狼

正海広竜

文字の大きさ
上 下
37 / 88

第37話 見知った顔が

しおりを挟む
 やがて、人だかりがなくなると、イヴァンはザガード達の下にやって来た。
「済まない。長く待たせてしまって」
「いえ、別にお気になさらないで」
「待たせ過ぎだ。馬鹿」
 リエリナが気にしないでいいですよと言おうとしたら、被せる様にゼノミティアが口を開いた。
 更に、イヴァンの額を小突いた。

「「っっ⁉」」
 いきなりの暴挙に、ザガード達は言葉を失った。
「今日の主役はアマミヤード伯爵の孫娘だろうが、それなのにお前が目立ってどうするんだ? えぇ?」
 イヴァンの額を小突きながら言うゼノミティア。
「い、いや、済まない。確かに、その通りだ」
 額を小突かれているのにイヴァンは、止めろとも痛いとも言わない。
 普通なら怒っても不思議ではない事なのに、何故かイヴァンは怒りもせずにゼノミティアの好きにさせていた。
 それを見て、ザガード達が慌てた。
「お、お姉さま。な、仲が良いのは結構ですが、このような所で、そのように仲が良い所を見せなくても宜しいと思いますよ。ねぇ、ザガード」
「はいっ。自分もそう思いますっ」

 幾ら婚約者でも、この国の次期国王になるかもしれない人の額を小突くなどしては駄目だろうし威厳に係わる事と思い、二人は止めるように促した。
「ふん。別に問題なかろう。見られても特に問題ない」
「「いや、あると思います」」
「いや、無いな。こいつが、わたしに好き勝手にさせている所を見て、それで、こいつを失望するというのであれば、そいつの目が節穴だという事だ」
 ゼノミティアはイヴァンの額を小突くのを止めて、胸を張りながら言う。

 それを聞いて、二人はそれは如何だろうなと思いつつも声には出さなかった。
 それはともかくとして、リエリナはイヴァンが大丈夫なのか気になったので、顔を見た。
「あの、大丈夫ですか。御義兄様?」
「ああ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね。リエリナ」
 赤くなっている額を撫でながら、笑顔を浮かべるイヴァン。

(この御方は本当に人が良いと言うべきか、器が大きいというべきか。こんな事されたら、普通は誰でも怒るだろうに)
 ザガードはイヴァンがどうして怒らないのだろうと不思議に思っていた。
 というよりも、公爵家の使用人達の中では、どうしてイヴァン皇太子はゼノミティアと婚約しただろうと不思議に思っている者が多い。
 ザガードもその中の一人だ。
 皇太子という立場であれば、それこそ自分にピッタリな女性など、それこそ星の数ほど居る。
 それなのに、何故ゼノミティアを婚約者に選んだのか、ザガードは未だに不思議に思っていた。

「さて、阿呆の所為で時間が取られたが、何時までもこんな所に居ても仕方がない、会場に入るとするか」
「ああ、そうだね」
「お前が言うな。阿呆が」
 ゼノミティアはイヴァンの背中を叩いた。
 パシンッという肉を打つ音がしたが、イヴァンは何も言わなかった。
「ほら、二人共。行くぞ」
「え、ええ、行きましょうか。ザガード」
「はっ」
 内心、良いのかなぁと思いつつ、二人はゼノミティア達の後を追いかけた。
 
 会場に入ると、既に殆どの招待客は来ていたのか、会場内には音楽と共に話し声が聞こえて来た。
「はっはは、それは良いですな」
「ええ、どうです。良い話があるのですが。乗ってみませんか?」
「まぁ、それは面白い話ですわね」
「全くです。ですが、その話しには続きがありまして」
 という話し声が至る所から聞こえて来る。

(ふぅ、そんなに話していて飽きないのか?)
 ザガードはその話し声を聞きながら思った。
 皆が話している事は儲け話や他家の貴族の醜聞などだ。
 しかし、どれもこれも信憑性に欠けており、本当にそうなのか分からい物もあれば、事実無根の話もある。
 それなのに、どうして話のタネにしているのかと言うと、見栄を張る為だ。

 自分の家は、これだけの情報を手に入れられるコネがあるのだから偉いのだとか、自分にはこんな話が持ちかけられるという見栄を張りたいのだ。
 その為には色々な情報を手に入れる。嘘か真かは別として。
 
(見栄を張り過ぎて、家を潰すという事を考えないのだろうな。この人達は。それとも、潰さない自信でもあるのだろうか?)
 そんな事を考えているとザガード。
 ゼノミティア達に初老の男性に寄って来た。
「ようこそ。イヴァン皇太子。ゼノミティア様。それとリエリナ様」
 そう言って頭を下げて挨拶する男性。
「うむ。お招きに感謝する。アマミヤード伯爵」
 この中で一番、身分が高いイヴァン皇太子が返礼した。
 皇太子が返礼した人物こそ今日のパーティーの主催者であるマキサ=フォン=アマミヤード伯爵である。

「殿下が当家の屋敷に足を運んで頂き望外の喜びです。わたくしめは嬉しく思います」
「そうか。で、今日のパーティーの主役はどちらかな?」
「はい。こちらにおります。ヨナ」
 アマミヤード伯爵が背後にいる女性に声を掛けた。

 黄緑色の髪をエアリーボブにして、緑色の瞳をしていた。
 目鼻立ちする顔立ち。身長はリエリナと同じ位だ。
 その緑色のドレスを着ていた。
「あら?」
「貴方は」
 リエリナとザガードはその女性を見て驚きの声をあげた。
 その女性は学園の部活動の紹介に時に、弓道部で演舞をしていた女性だからだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでのこと。 ……やっぱり、ダメだったんだ。 周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間でもあった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表する。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放。そして、国外へと運ばれている途中に魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中 ※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。

処理中です...