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第5話 失恋
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「わたしはこの学園の名物と言えるこの樹を見ていただけなのですが、貴方方は?」
「わたし達も同じです。ねぇ、ザガード」
「はい。お嬢様」
「そう」
ローザアリアはザガードを見る。
その瞬間。ザガードの胸は張り裂けそうな位に高鳴りだした。
ザガード自身も胸が高鳴る理由が分からず困惑していた。
「どうかしました?」
「いえ、何でもありません」
「ところで、貴方は元は奴隷だったと聞いているのだけど、本当かしら?」
「はい。その通りです」
事実なので、特に隠す事なくあっさりと認めるザガード。
「そう、リエリナ様に訊いていた通りね。ああ、誤解しないでくれる。別にわたしは貴方の出自で差別するつもりはないわ」
「はっ。ありがとうございます」
貴族階級には平民階級の者達を蔑視している者達が居る。奴隷ならば尚更だ。
奴隷だったという事で、虐待までする者もいる。
今では、法律が改正されてそんな事をしたら捕まる様になっている。
とはいえ、バレない様に陰でしている者も居るという噂がある。
「それに、相当出来る様ね。噂には聞いているわ。九年前に闘技場で百勝した弱冠七歳の黒髪の闘奴の事は」
「そうです。その闘奴がザガードです」
「やっぱりね」
ローザアリアは予想通りという顔をする。
「お嬢様っ。どちらにおられますか?」
何処からか女性の声が聞こえて来た。
「あら、あの声は」
「お知り合いですか?」
「ええ、わたしの護衛よ。お呼びのようだから、これで失礼」
ローザアリアはカーテシーをして、ザガード達から離れた。
ローザアリアがザガード達からかなり離れたのを見て、ザガードは口を開いた。
「あの方が悪名高きクラ―トゲシャブ家の御令嬢ですか」
「ええ、そうよ。個人的には仲良くしたいのだけど、ね」
リエリナは苦笑する。
「仕方がありません、御家の事情ですから」
ローザアリアの家であるクラ―トゲシャブ家とりエリナのローレンベルト家。
両家とも公爵家ではあるが、その中は悪いと言えた。
ローレンベルト家は穏健派。クラ―トゲシャブ家は強硬派。
更に言うならば、クラ―トゲシャブ家には色々な噂が流れている。
曰く、自領では貴族以外は皆すべて奴隷の様に扱っている。
曰く、他国と密貿易を行い、莫大な富を蓄えている。
曰く、他家の弱みを握り、その弱みに付け込んで好き勝手に振舞っている。
他にも曰く付きな噂が絶えない。
しかし、それもすべて噂と流れているだけで信憑性はないが、その噂を聞いて、皆、余計にクラ―トゲシャブ家の事を恐れる様になっている。
「御家の事情で対立している以上、表だって仲良くしたら、いらない波紋を呼ぶでしょうね」
「ですね」
「仕方がないです。これも家の事情ですから」
「はっ」
「わたし達も、そろそろ、学舎に入りましょうか。ザガード」
リエリナの言葉にザガードは頷いた。
そして、二人は学舎の中に入っていった。
「ええ~、我が校の名物といえるセレシュバオムの花が満開に咲き誇る中で、当学園に新入生を迎える事が出来て誠にめでたい事でございます」
ザガード達は講堂に入り、指定された席に座り待っていると、徐々に講堂に生徒達が入って来た。
その講堂はかなり広い場所で千人は入れそうな場所であった。講堂にある壇上で、この学園の教頭が訓辞を垂れていた。
本来は学園長か理事長が言うべきなのだが、両名とも仕事の事情で来る事が出来なかった。
その代理として。教頭が訓辞を垂れていた。
「学園長の話しでも聞けると思ったのですが。残念です」
「ここの学園長は凄い方なのですか?」
「そうですよ。『百年戦役』で我が国に幾度も勝利をもたらしてくれた十三英雄の一人で『大賢者』の異名を持った
メルキオ=フォン=ラルカグホルダートの孫にして、十六年前の『インガリアグド戦争』では我が王国に勝利をもたらしたグルレフ=フォン=ラルカグホルダート様が此処の学園長なんですよ」
「そうなのですか。知りませんでした」
ザガードは驚いた顔をする。
正直に言えば、ザガードは誰、それ? という思いであったが、顔には出さないように驚いたフリをした。
とりあえず、そのグルレフという人物が、ここの学園の学園長だという事。それだけ分かれば十分であった。
ザガードはリエリナの話しを聞いて、適度に相槌を打っていた。
やがて、教頭の話しが終り、司会の者が声を拡散する魔石を動力とする魔具の前に立った。
「続きましては、新入生、答辞。新入生代表。ローザアリア=フォン=クラ―トゲシャブ」
司会の者が名前をあげると、名前を呼ばれた本人が椅子から立ち上がる。
そして、壇上に上がって行く。
ザガードはその姿を見送りながら、動悸が激しくなっていくのが分かった。
(どうしたのだろうか?)
何故、心臓が高鳴るのか分からないザガード。
心臓が高鳴る原因が、あの女性ローザアリアにあるのだと思い、ザガードはローザアリアを目で追った。
見ているだけ、それなのに、どうしてか心臓が高鳴る。
その訳が分からず困惑するザガード。
そうしている間に、ローザアリアは壇上にあがり、教頭が先程まで訓辞を述べていた所に着く。
そこで、ローザアリアは一度、学園の教師達が座っている席に頭を下げる。
更に、正面を向いてもう一度頭を下げた。
「本日は、わたし達、新入生の為にこのような式典を挙げていただき誠にありがとうございます。
この場におれない理事長をはじめ学園長、並びに諸先生方に、新入生一同心から御礼申し上げます」
まるで立て板に水を流すかのように述べる答辞。
そして、金玉のような声。
聞いているだけで、鼓膜が震えそうだ。
それは、ザガードも同じであった。
やがて、ローザアリアは答辞を終える。
その瞬間、拍手が行われた。その拍手の中、ローザアリアは正面に頭を下げ、そして教師達が居る方向に頭を下げてから、壇上を降りて行く。
ザガードも手を叩いた。
「これで今年度の入学式を終了といたします。以降はこの講堂を出た所にある提示版に張られている紙に、学年、組、名前などを確認して、紙に書かれている教室に移動する事。
その教室で学園の規則などの説明を行います。では、解散!」
司会の人がそう言い終えると、その場を離れ、教師達がいる所に向かう。
そして、教師達は何か話しをしていた。
新入生達は言われた通りにしようと、席を立ち講堂を一人、また一人と出て行く。
ザガード達は直ぐに出て行かず、少し待つ事にした。
今行けば、沢山の同級生達がいる中で、提示版を見ないといけない。
それは大変だと思い、少し講堂で待つ事にしたのだ。
「お嬢様。喉は乾いていませんか? よければ、御飲み物をお持ちしますが?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか」
「ところで、ザガード」
「はっ」
「この学園に入るのですから、公事の時以外は昔みたいに様をつけないで呼んでくれませんか?」
「はぁ? それはちょっと」
ザガードが公爵家に来たばかりの頃は、まだ敬語をつかえなかった。
なので『様』づけして呼ぶのに慣れなかった。
今でこそ、ちゃんと言える様にはなったが。昔は公爵をファーストネームで呼んだりしていた。
「駄目、ですか?」
目に涙を溜めて悲しそうな顔をするリエリナ。
そんな顔をされたら、何も言えないと思うザガード。
「はぁ、分かりました。ただし、敬語は止めませんからね」
「むぅ。別にしなくても良いのに」
唇を尖らせるリエリナ。
「それが嫌だったら、呼びませんが?」
「ぶぅ。分かりました」
リエリナは頬を膨らませた。
ザガードはその膨らんだ頬を突っつきなったが、流石に失礼だと思い止めた。
そして、話しを誤魔化すために周りを見る。
「それにしても、わたし達と同じように考えている人達はいるようですね」
ザガードの言う通り、講堂にはそれなりの人数が座っている。
と言っても殆ど貴族だ。
その中には、先程壇上で答辞を行ったローザアリアも居た。
更にその両隣には男女が座っている。
二人共、この学園の制服を着てるので、ザガード達と同じ新入生だろう。
女性の方は、切れ長の眼差し。黒曜石の様な瞳に髪。綺麗な顔立ち。
制服の上からでも分かる発育の良い胸。細い腰。引き締まった腰。
膝まであるスカートから覗く黒いストッキングに包まれたカモシカの様な美脚。
右隣に座るローザアリアに負けないぐらいの美人であった。
ザガードはその女性よりも、ローザアリアの右隣に座っている男性を見る。
眉目秀麗で線の細い身体。金髪を肩に掛かるぐらいで切り揃え、青い瞳をしている。
その男性はローザアリアと談笑していた。
ザガードはこの男性を何処かで見た事があるのだが思い出せなかった。
「ザガード。どうかしましたか?」
「いえ、あの男性、何処かで見た事があるのですが、思い出せなくて」
「どなたですか?」
「ローザアリア様の右隣に座っている方です」
「・・・・・・ああ、あの方はライアン様ですね」
「ライアン様? ・・・・・・ああ、我が国の第二皇子のライアン=フォル=ロヴェマフルム殿下ですか」
「そうですよ」
「ああ、それで見覚えがあるのですね」
「はい。そうです。はぁ」
ザガードの言葉に、リエリナは溜め息を吐いた。
何故、リエリナが溜め息を吐いたかというと、これには訳があった。
リエリナには姉が一人いる。
名前をゼノミティア=フォン=ローレンベルトという女性だ。
父親のオイゲンと母親のコウリーンも温厚な性格である。
その両親の血を引いている筈なのに、何故か過激な性格になった。
文武両道にして容姿端麗。大抵の事を笑い飛ばしてしまう度量。
そして、我を通す行動力。まだ齢二十代だが、王国内では知らぬ者は居ないと言われる程の女傑だ。
その凄さから『ローレンベルト家の猛虎』と言われている。
色々な逸話がある中で、一番有名な話しがある。
年齢的にそろそろ婚約者を見つける時期になった頃。
オイゲン夫妻は、普段から過激な言動と行動をとる娘であっても、可愛い娘に違いないと思い、娘に似合う婿を選んでいる最中。
其処にゼノミティアがやってきて。
『父上、母上。わたしにピッタリな婿を連れて来たぞ』
と、縄でグルグル巻きにされ肩に背負っているものを下ろした。
オイゲン夫妻は娘が連れて来たその婿と言う者が、誰なのか気になったのと、縄でグルグル巻きにされて可哀そうだと思い、使用人に頼んで縄を解かせた。
夫妻は、何故縄で縛って連れて来たのだと聞こうとした瞬間。
縄を解いていた使用人が驚きの声をあげた。
その使用人は長い間、公爵家に仕えている古株で、ゼノミティアの破天荒な行動にも慣れている。
そんな使用人が驚きの声をあげた事が気になり、夫妻はその縄で縛られている者を見た。
夫妻は、その者を見た瞬間。言葉を失った。
何と、その縄で縛られていた者は、この王国の皇太子であるイヴァン=フォン=ロヴェマフルムその人であった。
夫妻はまず気を取り戻した皇太子に謝罪し、皇太子を王宮に帰ってもらった。その夜。夫妻はゼノミティアがした事を叱責した。
そして、翌日。
ゼノミティアを伴って、夫妻は王宮に訪れた。
国王陛下に謁見し謝罪しようとしたら、その国王陛下から、皇太子と婚約を持ちかけられた。
夫妻には寝耳に水であった。
それからは、あっという間にゼノミティアは皇太子の婚約者となった。
そんな事があったので、皇太子の顔を見る様になった。
皇太子とライアン王子は同母兄弟なので、顔つきが似ていてもおかしくない。
それで見た事があるのかとザガードは思った。
リエリナはその事を思い出したのか、重い溜め息を吐いた。
あの後の後始末で、リエリナとリエリナの兄が駆り出された。
その事を思い出しているのだろう。
「リエリナ。そろそろ、提示版がある所に向かいましょう」
「ああ、そうね」
ザガードにそう急かされて、リエリナは椅子から立ち上がる。
そして、二人は提示版の所に向かう。
歩いていると、先程目に入った光景が気になった。
それで、リエリナに訊ねた。
「そういえば、ローザアリア様とライアン王子は談笑しているようですが、仲が宜しいのですね」
「あら? ザガードは知らなかったのですか?」
「何をですか?」
「あの二人、婚約しているのですよ」
リエリナの言葉を聞いて、ザガードは目を見開いて驚いた。
そして、胸に痛みが走る。
(何だ? どうして胸が締め付けられたような痛みがするんだ?)
高位の貴族である以上、婚約者がいるのが当然なのに、何故かその事を知って胸を痛めるザガード。
そして、ザガードは何で胸が痛いのか分からないのだ。
胸が締め付けられている理由が分からず、困惑しながらもザガードはリエリナと一緒に歩く。
これが、初恋だと分からず、そして人知れずその初恋が失恋になった事も気付かずに。
「わたし達も同じです。ねぇ、ザガード」
「はい。お嬢様」
「そう」
ローザアリアはザガードを見る。
その瞬間。ザガードの胸は張り裂けそうな位に高鳴りだした。
ザガード自身も胸が高鳴る理由が分からず困惑していた。
「どうかしました?」
「いえ、何でもありません」
「ところで、貴方は元は奴隷だったと聞いているのだけど、本当かしら?」
「はい。その通りです」
事実なので、特に隠す事なくあっさりと認めるザガード。
「そう、リエリナ様に訊いていた通りね。ああ、誤解しないでくれる。別にわたしは貴方の出自で差別するつもりはないわ」
「はっ。ありがとうございます」
貴族階級には平民階級の者達を蔑視している者達が居る。奴隷ならば尚更だ。
奴隷だったという事で、虐待までする者もいる。
今では、法律が改正されてそんな事をしたら捕まる様になっている。
とはいえ、バレない様に陰でしている者も居るという噂がある。
「それに、相当出来る様ね。噂には聞いているわ。九年前に闘技場で百勝した弱冠七歳の黒髪の闘奴の事は」
「そうです。その闘奴がザガードです」
「やっぱりね」
ローザアリアは予想通りという顔をする。
「お嬢様っ。どちらにおられますか?」
何処からか女性の声が聞こえて来た。
「あら、あの声は」
「お知り合いですか?」
「ええ、わたしの護衛よ。お呼びのようだから、これで失礼」
ローザアリアはカーテシーをして、ザガード達から離れた。
ローザアリアがザガード達からかなり離れたのを見て、ザガードは口を開いた。
「あの方が悪名高きクラ―トゲシャブ家の御令嬢ですか」
「ええ、そうよ。個人的には仲良くしたいのだけど、ね」
リエリナは苦笑する。
「仕方がありません、御家の事情ですから」
ローザアリアの家であるクラ―トゲシャブ家とりエリナのローレンベルト家。
両家とも公爵家ではあるが、その中は悪いと言えた。
ローレンベルト家は穏健派。クラ―トゲシャブ家は強硬派。
更に言うならば、クラ―トゲシャブ家には色々な噂が流れている。
曰く、自領では貴族以外は皆すべて奴隷の様に扱っている。
曰く、他国と密貿易を行い、莫大な富を蓄えている。
曰く、他家の弱みを握り、その弱みに付け込んで好き勝手に振舞っている。
他にも曰く付きな噂が絶えない。
しかし、それもすべて噂と流れているだけで信憑性はないが、その噂を聞いて、皆、余計にクラ―トゲシャブ家の事を恐れる様になっている。
「御家の事情で対立している以上、表だって仲良くしたら、いらない波紋を呼ぶでしょうね」
「ですね」
「仕方がないです。これも家の事情ですから」
「はっ」
「わたし達も、そろそろ、学舎に入りましょうか。ザガード」
リエリナの言葉にザガードは頷いた。
そして、二人は学舎の中に入っていった。
「ええ~、我が校の名物といえるセレシュバオムの花が満開に咲き誇る中で、当学園に新入生を迎える事が出来て誠にめでたい事でございます」
ザガード達は講堂に入り、指定された席に座り待っていると、徐々に講堂に生徒達が入って来た。
その講堂はかなり広い場所で千人は入れそうな場所であった。講堂にある壇上で、この学園の教頭が訓辞を垂れていた。
本来は学園長か理事長が言うべきなのだが、両名とも仕事の事情で来る事が出来なかった。
その代理として。教頭が訓辞を垂れていた。
「学園長の話しでも聞けると思ったのですが。残念です」
「ここの学園長は凄い方なのですか?」
「そうですよ。『百年戦役』で我が国に幾度も勝利をもたらしてくれた十三英雄の一人で『大賢者』の異名を持った
メルキオ=フォン=ラルカグホルダートの孫にして、十六年前の『インガリアグド戦争』では我が王国に勝利をもたらしたグルレフ=フォン=ラルカグホルダート様が此処の学園長なんですよ」
「そうなのですか。知りませんでした」
ザガードは驚いた顔をする。
正直に言えば、ザガードは誰、それ? という思いであったが、顔には出さないように驚いたフリをした。
とりあえず、そのグルレフという人物が、ここの学園の学園長だという事。それだけ分かれば十分であった。
ザガードはリエリナの話しを聞いて、適度に相槌を打っていた。
やがて、教頭の話しが終り、司会の者が声を拡散する魔石を動力とする魔具の前に立った。
「続きましては、新入生、答辞。新入生代表。ローザアリア=フォン=クラ―トゲシャブ」
司会の者が名前をあげると、名前を呼ばれた本人が椅子から立ち上がる。
そして、壇上に上がって行く。
ザガードはその姿を見送りながら、動悸が激しくなっていくのが分かった。
(どうしたのだろうか?)
何故、心臓が高鳴るのか分からないザガード。
心臓が高鳴る原因が、あの女性ローザアリアにあるのだと思い、ザガードはローザアリアを目で追った。
見ているだけ、それなのに、どうしてか心臓が高鳴る。
その訳が分からず困惑するザガード。
そうしている間に、ローザアリアは壇上にあがり、教頭が先程まで訓辞を述べていた所に着く。
そこで、ローザアリアは一度、学園の教師達が座っている席に頭を下げる。
更に、正面を向いてもう一度頭を下げた。
「本日は、わたし達、新入生の為にこのような式典を挙げていただき誠にありがとうございます。
この場におれない理事長をはじめ学園長、並びに諸先生方に、新入生一同心から御礼申し上げます」
まるで立て板に水を流すかのように述べる答辞。
そして、金玉のような声。
聞いているだけで、鼓膜が震えそうだ。
それは、ザガードも同じであった。
やがて、ローザアリアは答辞を終える。
その瞬間、拍手が行われた。その拍手の中、ローザアリアは正面に頭を下げ、そして教師達が居る方向に頭を下げてから、壇上を降りて行く。
ザガードも手を叩いた。
「これで今年度の入学式を終了といたします。以降はこの講堂を出た所にある提示版に張られている紙に、学年、組、名前などを確認して、紙に書かれている教室に移動する事。
その教室で学園の規則などの説明を行います。では、解散!」
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そして、教師達は何か話しをしていた。
新入生達は言われた通りにしようと、席を立ち講堂を一人、また一人と出て行く。
ザガード達は直ぐに出て行かず、少し待つ事にした。
今行けば、沢山の同級生達がいる中で、提示版を見ないといけない。
それは大変だと思い、少し講堂で待つ事にしたのだ。
「お嬢様。喉は乾いていませんか? よければ、御飲み物をお持ちしますが?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか」
「ところで、ザガード」
「はっ」
「この学園に入るのですから、公事の時以外は昔みたいに様をつけないで呼んでくれませんか?」
「はぁ? それはちょっと」
ザガードが公爵家に来たばかりの頃は、まだ敬語をつかえなかった。
なので『様』づけして呼ぶのに慣れなかった。
今でこそ、ちゃんと言える様にはなったが。昔は公爵をファーストネームで呼んだりしていた。
「駄目、ですか?」
目に涙を溜めて悲しそうな顔をするリエリナ。
そんな顔をされたら、何も言えないと思うザガード。
「はぁ、分かりました。ただし、敬語は止めませんからね」
「むぅ。別にしなくても良いのに」
唇を尖らせるリエリナ。
「それが嫌だったら、呼びませんが?」
「ぶぅ。分かりました」
リエリナは頬を膨らませた。
ザガードはその膨らんだ頬を突っつきなったが、流石に失礼だと思い止めた。
そして、話しを誤魔化すために周りを見る。
「それにしても、わたし達と同じように考えている人達はいるようですね」
ザガードの言う通り、講堂にはそれなりの人数が座っている。
と言っても殆ど貴族だ。
その中には、先程壇上で答辞を行ったローザアリアも居た。
更にその両隣には男女が座っている。
二人共、この学園の制服を着てるので、ザガード達と同じ新入生だろう。
女性の方は、切れ長の眼差し。黒曜石の様な瞳に髪。綺麗な顔立ち。
制服の上からでも分かる発育の良い胸。細い腰。引き締まった腰。
膝まであるスカートから覗く黒いストッキングに包まれたカモシカの様な美脚。
右隣に座るローザアリアに負けないぐらいの美人であった。
ザガードはその女性よりも、ローザアリアの右隣に座っている男性を見る。
眉目秀麗で線の細い身体。金髪を肩に掛かるぐらいで切り揃え、青い瞳をしている。
その男性はローザアリアと談笑していた。
ザガードはこの男性を何処かで見た事があるのだが思い出せなかった。
「ザガード。どうかしましたか?」
「いえ、あの男性、何処かで見た事があるのですが、思い出せなくて」
「どなたですか?」
「ローザアリア様の右隣に座っている方です」
「・・・・・・ああ、あの方はライアン様ですね」
「ライアン様? ・・・・・・ああ、我が国の第二皇子のライアン=フォル=ロヴェマフルム殿下ですか」
「そうですよ」
「ああ、それで見覚えがあるのですね」
「はい。そうです。はぁ」
ザガードの言葉に、リエリナは溜め息を吐いた。
何故、リエリナが溜め息を吐いたかというと、これには訳があった。
リエリナには姉が一人いる。
名前をゼノミティア=フォン=ローレンベルトという女性だ。
父親のオイゲンと母親のコウリーンも温厚な性格である。
その両親の血を引いている筈なのに、何故か過激な性格になった。
文武両道にして容姿端麗。大抵の事を笑い飛ばしてしまう度量。
そして、我を通す行動力。まだ齢二十代だが、王国内では知らぬ者は居ないと言われる程の女傑だ。
その凄さから『ローレンベルト家の猛虎』と言われている。
色々な逸話がある中で、一番有名な話しがある。
年齢的にそろそろ婚約者を見つける時期になった頃。
オイゲン夫妻は、普段から過激な言動と行動をとる娘であっても、可愛い娘に違いないと思い、娘に似合う婿を選んでいる最中。
其処にゼノミティアがやってきて。
『父上、母上。わたしにピッタリな婿を連れて来たぞ』
と、縄でグルグル巻きにされ肩に背負っているものを下ろした。
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夫妻は、何故縄で縛って連れて来たのだと聞こうとした瞬間。
縄を解いていた使用人が驚きの声をあげた。
その使用人は長い間、公爵家に仕えている古株で、ゼノミティアの破天荒な行動にも慣れている。
そんな使用人が驚きの声をあげた事が気になり、夫妻はその縄で縛られている者を見た。
夫妻は、その者を見た瞬間。言葉を失った。
何と、その縄で縛られていた者は、この王国の皇太子であるイヴァン=フォン=ロヴェマフルムその人であった。
夫妻はまず気を取り戻した皇太子に謝罪し、皇太子を王宮に帰ってもらった。その夜。夫妻はゼノミティアがした事を叱責した。
そして、翌日。
ゼノミティアを伴って、夫妻は王宮に訪れた。
国王陛下に謁見し謝罪しようとしたら、その国王陛下から、皇太子と婚約を持ちかけられた。
夫妻には寝耳に水であった。
それからは、あっという間にゼノミティアは皇太子の婚約者となった。
そんな事があったので、皇太子の顔を見る様になった。
皇太子とライアン王子は同母兄弟なので、顔つきが似ていてもおかしくない。
それで見た事があるのかとザガードは思った。
リエリナはその事を思い出したのか、重い溜め息を吐いた。
あの後の後始末で、リエリナとリエリナの兄が駆り出された。
その事を思い出しているのだろう。
「リエリナ。そろそろ、提示版がある所に向かいましょう」
「ああ、そうね」
ザガードにそう急かされて、リエリナは椅子から立ち上がる。
そして、二人は提示版の所に向かう。
歩いていると、先程目に入った光景が気になった。
それで、リエリナに訊ねた。
「そういえば、ローザアリア様とライアン王子は談笑しているようですが、仲が宜しいのですね」
「あら? ザガードは知らなかったのですか?」
「何をですか?」
「あの二人、婚約しているのですよ」
リエリナの言葉を聞いて、ザガードは目を見開いて驚いた。
そして、胸に痛みが走る。
(何だ? どうして胸が締め付けられたような痛みがするんだ?)
高位の貴族である以上、婚約者がいるのが当然なのに、何故かその事を知って胸を痛めるザガード。
そして、ザガードは何で胸が痛いのか分からないのだ。
胸が締め付けられている理由が分からず、困惑しながらもザガードはリエリナと一緒に歩く。
これが、初恋だと分からず、そして人知れずその初恋が失恋になった事も気付かずに。
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三話完結です。
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