私の夢の中で

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第一章 白夢

2.眼鏡の男

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「なんでこんなことに...」

男はそう言うと大きなため息をつきながら続けた。

「俺には妻と4歳になる娘がいた。裕福ではなかったがそれなりの暮らしをして幸せに暮らしていた。」

目を細めながら男は遠くを見つめた。

「毎日会社に行って、帰ったら妻と娘が迎えてくれる。俺には何の取り柄もないが、その日常がとても心地よくて宝物だった。」

今度は暗い顔をして俯き話し出した。

「ある日いつものように家に帰ると出迎えてくれる明るい声が聞こえず、家の中は暗かった。なにかあったのかと急いで居間にあがった俺は言葉を失った。」

ここで男は言葉を詰まらせた。

自分の膝に爪を食い込ませ歯を食いしばった。

「...そこにはいつも笑顔で迎えてくれるはずの2人が、血まみれで横たわっていた。」

強盗に入った男に包丁で刺されたことによる出血死だった。

男はそれから毎日のように同じ夢をみるのだと言う。

「その夜から夢に妻と娘がでてくるようになった。いつものように玄関で仕事から帰宅したら俺を迎えてくれる。居間にいくと美味しそうな料理が並んでいて、妻が笑顔で何か声をかけてくるんだ。」

今度は涙を堪えられなかったのか、声を震わせながら続けた。

毎日同じ夢を見るのに、妻が何と声をかけているのか聞こえないのだという。そこでいつも夢が終わって妻も娘もいない、灰色の世界に取り残されるのだそうだ。

そこで男の話は終わった。

「3番の方、素敵なお話をどうもありがとうございました。」

今の話を聴いておきながら、そんなコメントをする"それ"に嫌悪感と怖さを覚えた。

他の人も同じ気持ちだったのか、皆"それ"を恐怖が入り混じった目で見つめた。

「それでは、お次1番の方お願いします。」

1番と呼ばれたその女はびくりと反応した。

髪が長く、前髪で顔の半分が覆われていて表情がよくわからない。

女は耳を集中して傾けないと聞こえないほど小さな声で話し始めた。
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