12 / 47
第12話
しおりを挟む
邸宅の玄関前に向かい、琴乃は悠然と歩く。銃弾の閃光が飛び交うなかを、散歩でもするように。
彼女は玄関の扉を塞ぐように立つ。迎え撃つ敵に右腕を伸ばして、手のひらを広げる。
瞬間、鏡花が見せた現象と同じく、緑色の粒子が集結する。分厚い本が出現して、周囲に燐光を漂わせる。
琴乃もまた、異能を操る宝典魔術師だった。
足元から吹き上がる魔力の風。琴乃の一つに結った長髪とジャケットの裾が踊る。
邸宅の入口にある格子状の正門が、猛獣に檻を突き破られたかのように開く。暗闇の深奥からは、目深にフードを被った敵が二人先行した。残りの一人は、暢気に歩いて門を跨ぐ。
燦然と緑色の光を放つ琴乃は、邸宅を包む暗闇において恰好の的だ。
先行した侵入者はライフルを構え、彼女に照準を合わせる。
《第四宝典魔術――》
琴乃のマイクが幾重にもなる銃声を拾う。その直前、慧は鏡花が自動車を谷底から救済した際と似た宣言を耳にした。
凶弾は無慈悲に琴乃を襲撃する。
かわせるはずのない乱射。
だから彼女は避けなかった。
無数の弾丸は、例外なく彼女の手前で弾かれる。展開する宝典が、主の命を奪わんとする銃弾を拒絶しているのだ。
宝典魔術は強力ではあるが、発動までに時間を要する。集中の際に間抜けな隙をさらすとなれば、見過ごせない欠点だ。そんな当たり前の問題を、宝典魔術という異能力を生み出した魔人・エスメラルドは欠点としなかった。
魔人は宝典自体に極めて強い盾の効力を与えることで、弱点を解消した。
数百発程度の銃弾では、宝典の防御は崩せない。
「無駄なことを」
慧は唇を小さく動かす。彼は過去に見たことがあった。宝典魔術師が、ライフルの弾丸を悉く弾く光景を。
観念したのか、侵入者は銃撃を中止する。そのまま逃げたほうが賢明と慧は思うが、敵に踵を返す素振りはない。侵入者たちは引き金に指をかけたまま、ジッと琴乃に銃口を向け続ける。
敵の思考が、慧にはなんとなく想像がついた。
闇に溶けている敵がフリーフロムならば、宝典の持つ盾の効力は知っているはずなのだ。だとすれば、発動までの過程も理解している。
宝典の発する燐光が、徐々に緑色から青紫に変化する。
光は宝典から拡散した。
本の放つ燐光が、十個の濃い輝きを放つ発光体に分裂したのだ。
琴乃は伸ばした手で拳を握り、勢いのままに薙ぎ払う。
《――ノーブル・タンザナイト・ガーディアンッ!》
魔術名の絶叫。十の発光体は凝固し、青紫の宝石に変貌を遂げる。
美しい輝きを放つ宝石。琴乃を取り囲むよう密集する。まるで衛星だ。宝石は様々な軌道で、彼女を軸に忙しくまわる。
魔術発動の役割を果たした宝典は、空気に溶けるように霧散した。
それが、侵入者の待ち望む〝隙〟だった。
その一瞬に限れば、殺意の雨から魔術師を守る防壁は介在しない。
銃口が鋭く吠える。
――まさかな。
かつての仲間の判断を慧は疑った。
そんな楽観視をしているとしたら、琴乃の言うとおりだ。彼女と対峙した時点で勝敗は決している。
凶弾が弾着する間際、耳を劈かんばかりの雷が鳴った。琴乃を守護する衛星が発したのだ。
雷鳴は繰り返し轟き、その度に鮮やかな稲光で夜空を青紫色に染め上げる。
ぴたりと轟音が止み、深閑とした景観が邸宅に戻った。
庭が嘘のように静かになった。夜の静寂を邪魔していた二人の侵入者が、うつ伏せで芝生に倒れている。傍らには、弾倉が空になったと思しきライフルが転がっていた。
琴乃は飛来した弾丸すべてを焼き払い、同時に雷撃を食わせたのだ
雷撃は彼女を軸にくるくると回る衛星が放った。魔術の電圧がどれほどか慧は知らない。ただ、本物の落雷の威力を考えると、彼は身をもって知りたいとは思わなかった。
魔術名に含まれる宝石――タンザナイトの石言葉は〝誇り高き人〟。
扱える魔術は術者の内面に左右される。琴乃の普段の振る舞いを鑑みれば、納得のできる魔術だった。
強力すぎる異能力を前に、侵入者は瞬く間に掃討された。
残り、一人を除いて。
生き残った敵もフードで顔を隠していた。だが今は、雷光の衝撃波により脱げている。
敵は右手を伸ばしていた。
琴乃の対極をなすように、邸宅の玄関に向けていた。
手のひらでは、青紫の光を帯電した宝典が浮遊していた。
「ほう、驚いたね。慧くん、君はあの子を知っているんじゃないかい?」
二階の窓から庭を見下ろす慧。彼の隣には、いつの間にか悠司が立っていた。
悠司の後ろには、寝間着姿の鏡花も控えている。
「そうだな。あいつのことを、俺はよく知っている」
「どうしますか?」
鏡花から投げられた漠然とした質問。
慧は、即答できなかった。
――もう、来てしまったのか。
しかし、予想より早かろうが遅かろうが、彼のやるべきことは変わらない。
いつかこうなることを、アジトで彼女と別れた瞬間から覚悟していたのだ。
「決まっている」
短く答え、慧は窓際から離れた。
エントランスホールに続く廊下に向く。
睡眠欲など、見る影もなく失われていた。
「俺を殺しにきたのなら、相手をしてやらなきゃ失礼だろ?」
慧の人生で最も長い一日は、まだ終わってくれなかった。
誰にも引き止められることなく階段を降りて、彼は邸宅の玄関扉に手をかけた。
彼女は玄関の扉を塞ぐように立つ。迎え撃つ敵に右腕を伸ばして、手のひらを広げる。
瞬間、鏡花が見せた現象と同じく、緑色の粒子が集結する。分厚い本が出現して、周囲に燐光を漂わせる。
琴乃もまた、異能を操る宝典魔術師だった。
足元から吹き上がる魔力の風。琴乃の一つに結った長髪とジャケットの裾が踊る。
邸宅の入口にある格子状の正門が、猛獣に檻を突き破られたかのように開く。暗闇の深奥からは、目深にフードを被った敵が二人先行した。残りの一人は、暢気に歩いて門を跨ぐ。
燦然と緑色の光を放つ琴乃は、邸宅を包む暗闇において恰好の的だ。
先行した侵入者はライフルを構え、彼女に照準を合わせる。
《第四宝典魔術――》
琴乃のマイクが幾重にもなる銃声を拾う。その直前、慧は鏡花が自動車を谷底から救済した際と似た宣言を耳にした。
凶弾は無慈悲に琴乃を襲撃する。
かわせるはずのない乱射。
だから彼女は避けなかった。
無数の弾丸は、例外なく彼女の手前で弾かれる。展開する宝典が、主の命を奪わんとする銃弾を拒絶しているのだ。
宝典魔術は強力ではあるが、発動までに時間を要する。集中の際に間抜けな隙をさらすとなれば、見過ごせない欠点だ。そんな当たり前の問題を、宝典魔術という異能力を生み出した魔人・エスメラルドは欠点としなかった。
魔人は宝典自体に極めて強い盾の効力を与えることで、弱点を解消した。
数百発程度の銃弾では、宝典の防御は崩せない。
「無駄なことを」
慧は唇を小さく動かす。彼は過去に見たことがあった。宝典魔術師が、ライフルの弾丸を悉く弾く光景を。
観念したのか、侵入者は銃撃を中止する。そのまま逃げたほうが賢明と慧は思うが、敵に踵を返す素振りはない。侵入者たちは引き金に指をかけたまま、ジッと琴乃に銃口を向け続ける。
敵の思考が、慧にはなんとなく想像がついた。
闇に溶けている敵がフリーフロムならば、宝典の持つ盾の効力は知っているはずなのだ。だとすれば、発動までの過程も理解している。
宝典の発する燐光が、徐々に緑色から青紫に変化する。
光は宝典から拡散した。
本の放つ燐光が、十個の濃い輝きを放つ発光体に分裂したのだ。
琴乃は伸ばした手で拳を握り、勢いのままに薙ぎ払う。
《――ノーブル・タンザナイト・ガーディアンッ!》
魔術名の絶叫。十の発光体は凝固し、青紫の宝石に変貌を遂げる。
美しい輝きを放つ宝石。琴乃を取り囲むよう密集する。まるで衛星だ。宝石は様々な軌道で、彼女を軸に忙しくまわる。
魔術発動の役割を果たした宝典は、空気に溶けるように霧散した。
それが、侵入者の待ち望む〝隙〟だった。
その一瞬に限れば、殺意の雨から魔術師を守る防壁は介在しない。
銃口が鋭く吠える。
――まさかな。
かつての仲間の判断を慧は疑った。
そんな楽観視をしているとしたら、琴乃の言うとおりだ。彼女と対峙した時点で勝敗は決している。
凶弾が弾着する間際、耳を劈かんばかりの雷が鳴った。琴乃を守護する衛星が発したのだ。
雷鳴は繰り返し轟き、その度に鮮やかな稲光で夜空を青紫色に染め上げる。
ぴたりと轟音が止み、深閑とした景観が邸宅に戻った。
庭が嘘のように静かになった。夜の静寂を邪魔していた二人の侵入者が、うつ伏せで芝生に倒れている。傍らには、弾倉が空になったと思しきライフルが転がっていた。
琴乃は飛来した弾丸すべてを焼き払い、同時に雷撃を食わせたのだ
雷撃は彼女を軸にくるくると回る衛星が放った。魔術の電圧がどれほどか慧は知らない。ただ、本物の落雷の威力を考えると、彼は身をもって知りたいとは思わなかった。
魔術名に含まれる宝石――タンザナイトの石言葉は〝誇り高き人〟。
扱える魔術は術者の内面に左右される。琴乃の普段の振る舞いを鑑みれば、納得のできる魔術だった。
強力すぎる異能力を前に、侵入者は瞬く間に掃討された。
残り、一人を除いて。
生き残った敵もフードで顔を隠していた。だが今は、雷光の衝撃波により脱げている。
敵は右手を伸ばしていた。
琴乃の対極をなすように、邸宅の玄関に向けていた。
手のひらでは、青紫の光を帯電した宝典が浮遊していた。
「ほう、驚いたね。慧くん、君はあの子を知っているんじゃないかい?」
二階の窓から庭を見下ろす慧。彼の隣には、いつの間にか悠司が立っていた。
悠司の後ろには、寝間着姿の鏡花も控えている。
「そうだな。あいつのことを、俺はよく知っている」
「どうしますか?」
鏡花から投げられた漠然とした質問。
慧は、即答できなかった。
――もう、来てしまったのか。
しかし、予想より早かろうが遅かろうが、彼のやるべきことは変わらない。
いつかこうなることを、アジトで彼女と別れた瞬間から覚悟していたのだ。
「決まっている」
短く答え、慧は窓際から離れた。
エントランスホールに続く廊下に向く。
睡眠欲など、見る影もなく失われていた。
「俺を殺しにきたのなら、相手をしてやらなきゃ失礼だろ?」
慧の人生で最も長い一日は、まだ終わってくれなかった。
誰にも引き止められることなく階段を降りて、彼は邸宅の玄関扉に手をかけた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった
根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる