エスメラルドの宝典

のーが

文字の大きさ
上 下
6 / 47

第6話

しおりを挟む
 慧はテーマパークのアトラクションにも勝るスリルを体験した。その後は何事もなく、平穏なドライブを経て車は目的地に到着した。俊平がエンジンを切ってドアロックを解除する。
 車が格納されたのは、刑務所を彷彿とさせる高い外壁と鉄条網に囲われた敷地内。紹介された際にも、広大な敷地面積と、奥にそびえる立派な西洋館に慧はひどく驚いた。AMYサービスとは、彼が想像した以上に儲かっているらしい。中型の自動車が五台も並んでいる車庫も、隣接する本館と比べれれば犬小屋程度に錯覚する。
 AMYサービスのような治安維持組織においては、稼ぎ具合が実力の証左だ。慧は改めて、AMYサービスの側についた自分の判断が間違いではなかったと感じた。
 車庫から出る。急ぐように歩く琴乃を先頭に、一行は芝生が敷き詰められた庭を進む。
 無駄に大きい両開きの扉が、西洋館の玄関だった。琴乃が片手で押し込む。鉄製に見える扉が、意外なほど軽そうに、内側に開いた。

「あたしは先に休ませてもらうから。ホント、とんでもない目に遭ったわ。ずぶ濡れになるし殺されかけるし。おまけに変な奴が仲間になるし」
「わるかった。世話になったな、琴乃」
「はぁ。世話になるのはこれからでしょ? もうつかれたわ。慣れないだろうけど、アンタもゆっくり休みなさい」

 疲労困憊といった様子で肩を落とした琴乃は、それだけ残して邸宅に入っていった。
 慧は残された面々に顔を向けた。

「さっきまで俺を敵視していたくせに、存外に早く認めてくれたな」
「油断しないほうがいい。彼女は猫のように気まぐれだからね。だけど同じく、すぐに愛想を尽かす性格でもない。どうやら君のことが気に入ったらしいよ」
「どう解釈したらそうなるのか、皆目見当もつかんな」
「それが彼女の魅力ってわけさ。さて、それじゃあ僕も一旦休もう。社長への挨拶は、天谷さん一人で充分だろう?」

 目配せされた鏡花が、短く首肯する。

「唐沢くんは運転で疲れてるでしょう。どうぞあとは私に任せてください」
「お言葉に甘えさせていただくよ」

 律儀に許可を得てから、俊平も玄関の奥に消えていった。
 邸宅に入る前に、慧は庭を見回した。絵に描いたような豪邸の庭だ。草木の深い色ばかりに目がいくが、敷地の端は花で彩られている。物騒な事業を営むわりに、華やかなことだ。

「よく整備されている。庭師でも雇っているのか?」
「いいえ。庭に限らず、この家は従業員である私たちが管理、清掃しています。常に仕事がある職種ではないですから、手が空いている間は邸宅の整備に従事しているんです」
「基本的というと、一応は小間使いもいるのか?」
「食事だけは専門の方を雇っています。私たちのなかに、料理ができる者がいないので」
「残念ながら、俺も料理はしたことがない」
「大丈夫ですよ。上倉くんにもきっと、できる仕事がありますから」

 よくわからないフォローをされる。早速、慧にも家事を手伝わせるつもりらしい。
 玄関の脇に立った鏡花が、邸宅のなかに手招きする。

「どうぞお入りください。社長のところに案内します」
「楽しみだな」

 素直な感想を漏らして、彼は敵対していた組織の活動拠点に足を踏み入れた。
 
   ◆
   
 玄関の先に広がるエントランスホールは、圧巻の構造だった。二階まで吹き抜けた高い天井、その二階へと続く階段が広間の中央にある。巨大な部屋のなかに、一階と二階と、それを繋ぐ階段があるのだ。
 階段の折り返し地点には、向日葵の絵画が飾られている。一階には、見るからに高級そうな造形の応接セットがふたつ。広間の両端からは、長い廊下が伸びる。さらには視界にある全ての床に、赤色の絨毯が敷き詰められていた。
 まるで異世界。あまりに豪奢な内装に、慧は思わず足を止める。
 背後の鏡花が、不思議そうに横から彼を覗いた。

「どうしたんですか? 遠慮せずに入ってください」
「い、いや、見たところ絨毯が敷かれているようだが、靴はどうすれば?」
「土足で構わないですよ。洋館ですから、靴を脱ぐ必要はないんです」
「そういうものなのか……しばらく慣れそうにないな」

 家にあがるときは靴を脱ぐものと思っていた慧は、どこか釈然としない気持ちのままエントランスホールを歩く。
 邸宅内の空気から、埃を感じなかった。汚れも見当たらず、潔癖症の人物でも満足のいく完全無欠の清潔さに保たれている。慧は広すぎる部屋の中央で、大きく深呼吸をした。

「上倉くん、社長の執務室はこちらです」
「ああ。ここの清掃も、お前たちが?」
「はい。エントランスホールは私が担当しています。任務がないときしかできませんけどね」
「よほど仕事が少ないようだ」
「それでいいんです。平和な証拠ですからね」

 純真な微笑みを浮かべて、鏡花は廊下を進む。慧は彼女のあとについていきながら、等間隔に並ぶ窓から庭を観察した。
 そういえば、邸宅の大きさに反して人の気配がほとんどない。
 廊下の突き当たりで立ち止まった鏡花は、茶色の扉を三回ノックした。

「はいっていいよー」

 間を置かずに返ってきたのは、男性にしては高めの声。いや、声色はともかくとして、その言葉遣いが気になった。およそ組織のトップが使う文句ではない。

「失礼します」

 鏡花は丁寧な所作で、執務室の扉を開いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

処理中です...