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第5話 逃げちゃダメだけど学校には行きたくない
しおりを挟むその日の夜、琥珀は父親から呼び出された。
同じ家に暮らしながら『呼び出された』などと他人行儀な言い方をするのは、琥珀が部屋に引きこもっており、食事の時もダイニングに下りてこないからである。
「……何だよ、話って」
「今日、学年主任の先生から電話があった」
リビングのイスに座った琥珀に、対面のイスに腰かけた父親が単刀直入に口を開く。
「お前も警察の人から事情聴取を受けたそうだが、クラスメイトが行方不明になったらしい。誰も見つかっていなくて手掛かりもないそうだ」
「…………」
「学年主任の先生の話では、しばらく様子を見てから彼らを休学扱いとするらしい。もちろん、早期発見された場合にはそんなことにならないし、彼らの保護者の意見も十分に聞いてからになるそうだが」
「……それがどうしたんだ?」
「ここからが本題だが……先生から退学を勧められたよ。このままお前が学校に行かないのであれば、退学扱いにさせて欲しいと」
「…………」
驚きはしない。
週に一度程度、様子を見にきていた担任教師からもそんなふうに勧められていた。
『学校に来ないならやめてくれ』
『退学が嫌なら、さっさと登校しろ』
『クラスメイトと仲良くできないお前にも原因がある』
クラスで行われているイジメを見て見ぬふりをしてきた無責任な男性教師は、そんな言葉を琥珀に向けて吐きつけた。
琥珀が引きこもりながらも退学という道を選ばなかったのは、遠回しに『自分に迷惑をかけるな』と言ってくる担任教師に対する意趣返しという意味もあったのだ。
自分が退学することでイジメていた奴らが笑い、担任教師が楽になるのが許せなくて学校に籍を置き続けていたのである。
「……お前が辛い目に遭っていたのは知っている。だから、無理に学校に行けとは言わなかった」
父親はわずかに顔を伏せて、暗い表情で言う。
「だけど……できれば学校はやめないで欲しい。学費が無駄になるという話じゃない。高校にも卒業できなかったら、これからの将来が危ぶまれる。学歴が良ければ安心という社会ではなくなっているが……それでも、人を学歴で左右する人間は多いからな」
「父さん……」
「学校に通う意思があるのであれば、別のクラスに編入させてくれるそうだ。自分の将来のことだ……よく考えてくれ」
「…………」
それは話し合いというよりも、学年主任の先生からの言葉を伝える連絡だったのだろう。
琥珀はほとんど自分の意見を口に出すことはなかった。
(だけど……それが父さんなりの優しさだったんだろうな)
良い父親だと思う。
無理に学校に行けとは言わずに、最終的には自分で決めて良いと言ってくれるのだから。
話し合いには母親は同席しなかったが、そちらも琥珀のことを尊重してくれているのは、普段の生活からわかっている。
二人を悲しませていることが辛い。
イジメに屈してしまい、逃げ出した自分が恥ずかしかった。
「はあ……どうしようかな……」
父親との話し合いが終わって、自室に戻ってきた琥珀は頭を抱える。
イスに座って、勉強机に突っ伏して項垂れた。
イジメていた連中がいなくなったのだから学校に行けばいいじゃないかと、何も知らぬ人は言うだろう。
だが……そんな簡単な問題じゃない。
イジメられた経験は、他人から虐げられた記憶は、トラウマになるのだ。
わけもわからぬままに迫害を受けた人間が、心から他者を信頼するのは難しい。
新しいクラスでも同じような目に遭うのではないかと思ってしまうのは、自然なことである。
「だけど……このままじゃダメだよな」
それでも、このまま引きこもっていても何も変わらないことは理解できている。
状況が悪くなることはあっても、良い方向に好転していくことはないだろう。
もしも高校に復帰をするとしたら、これが最後の機会だ。
ここでヒキニートを卒業して家から出られないのであれば、琥珀はずっとヨレヨレのジャージを着て狭い部屋で生きていくことになるだろう。
「逃げちゃダメだ。だけど……」
だけど、恐い。
人と関わるのが、閉じこもった殻から出るのが恐ろしくて堪らない。
「どうすればいいんだろう。誰かに背中を押して欲しい……」
家族でも教師でもない。
事情を知らない第三者に背中を押してもらいたい。
もしも誰かがあと一押ししてくれたのであれば、学校に行くか引きこもるかで釣り合っている天秤が傾いてくれるのに。
「どうしよう……どうしたら……」
机で懊悩する琥珀であったが……そのまま机に置いた両腕を枕にして眠ってしまった。
悩み、苦しみ……泥に沈むようにして眠りにつく琥珀であったが、その視界が白く染まって明るくなる。
(へ……?)
「キュウッ?」
「あ……アンバー、来た」
明るくなった視界の中、その光景が映し出される。
琥珀の前に広がっているのは以前のような教室ではない。
大理石の床と壁に囲まれ、あたり一面が白い湯気に包まれた光景であった。
そこが広々とした浴室であると気がつくのと同時に、『彼女』の姿が目に飛び込んでくる。
「アンバー……こっちにおいで」
「キュイイイイイイイイッ!?」
目の前にいたのは裸の女性。
しっとりと肌を濡らして、一糸まとわぬ姿をしたヘリヤ・アールヴェントの裸身だったのである。
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