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 その後、怪物の仲間入りをした僕は生まれ育った星とは違う世界――いわゆる異世界と呼ばれる場所に送られた。
 目的はその世界を制圧すること。魔王とも魔物とも異なる侵略者として、その世界を手に入れることである。

「だけど……僕はあらがったよ。僕を怪物にした存在――『邪神』の命令に逆らい、自分の中の怪物を押さえ続けた。この世界で大切な人ができたから。愛する家族と巡り合ったから」

『転生』という形で異世界にやってきた僕だったが、『邪神』の思惑通りに世界を侵略することはしなかった。
 それどころか……怪物の力を全力で抑え込んで、表に出てこないようにしたのだ。

 全ては家族のため。
 優しい姉のため。甘えん坊の妹のため。そして、将来を約束した幼なじみのためだった。

「だけど……もうそんな我慢は必要ないよね! 君達は僕を裏切ったんだから! 『僕』が裏切ったんだじゃない。『君達』が僕を裏切ったんだ!」

「…………!」

 僕は全身から触手を生やし、怪物の力を解放して勇者パーティーの前に立ちふさがる。
 この世界に生まれてからずっと抑え込んできた力の解放。心をずっと苛んできた暴力的な衝動の放出だった。

「りゅ、リュー……あなた、その姿はいったい……!?」

「離れろ、ウェンディ! そいつは人間じゃねえ。モンスターだ!」

「下等な魔物ごときと一緒にされるのはさすがに不愉快だね。僕は邪神の眷族……あるいは、邪神そのものさ!」

 今の僕は人間の価値をした触手そのもの。とても人間には見えないことだろう。
 だけど……もうどうだっていい。この世界に僕の大切な人間はいない。護る価値のある人間もいない。
 だったら、自分の果たすべき役割を遂行するだけ。
 大いなる「父」の意志のまま、人類を滅ぼして世界を制圧するだけである。

「さあ、決闘の続きをやろうじゃないか! 楽しい楽しい一騎打ちの続きを……」

「滅びなさい! ホーリーレイ!」

「消えちゃえ、バーニングストライク!」

 後方で決闘を観戦していたアリアンナとイーナが動いた。
『聖女』であるアリアンナが光の神聖魔法を、『賢者』であるイーナが炎の攻撃魔法をそれぞれ撃ち込んできた。

「あれ? 決闘というのは1対1でやるものじゃなかったのかな? どうして2人まで参戦してきているのかな?」

「そんなっ!?」

「嘘っ! 無傷だなんて!」

 2人が愕然とした表情になる。
 渾身の一撃であろう魔法を受けながら、触手の1本すらも焼き切れることなくノーダメージだった。

「馬鹿だね、CoCにおいて戦いは厳禁。神様相手に勝てるわけがないんだから、まずは逃げることを優先して考えるのが基本だよ? アリアンナ……姉さんは大馬鹿だ。『神聖魔法』が神である僕に利くわけがないのに」

「か、神……?」

「嘘でしょ……お兄ちゃん?」

「あははは、久しぶりにお兄ちゃんって呼ばれちゃったな。可愛い妹達にはサービスだ」

 瞬間、僕の触手が音を置き去りにするスピードで閃いた。
 2本の触手が一瞬で姉と妹の首を切断して、わけもわからないままに絶命させる。
 ピューピューと噴水のように血しぶきが上がり……そこでようやく、放心していた村人が動き出す。

「う……うわあああああああああああああっ!?」

「化け物だ! 逃げろ、逃げろおおおおおおおおっ!」

 さっきまで勇者の勝利を称賛していたはずの村人が、蜘蛛の子を散らすようにして逃げ去っていく。
 その背中を突き刺すのは簡単だけど……あえてやめておく。
 今は決闘の最中。ルール違反を犯して横やりを入れてきた2人にペナルティを与えるならまだしも、無関係なギャラリーには手を出さない。

「さて……それじゃあ、決着をつけようか。勇者」

「お前は……何なんだよ! よくも2人を……どうして自分の実の姉妹にそんな酷いことができるんだよっ!?」

「その言葉、そっくりそのままお返しするけどね。どうして2人は兄弟である僕に攻撃できたのかな? そして、君はどうして3人を奪うだけじゃ飽き足らず、わざわざ命まで奪いにきたのかな?」

「そ、それは……」

「言いづらいなら説明しなくていいよ。どっちにしても……殺すから」

「ッ……!」

 勇者は恐怖から1歩後ろに下がるが……すぐに精神を持ち直して剣を構えた。
 そして、魔王すらも打ち滅ぼしたであろう聖剣を振りかざして襲ってくる。

「う……うおおおおおおおおおおおおっ!」

「恐怖を乗り越えたか……さすがは勇者。勇敢なものだね」

 おそらく、勇者の強さは決して見せかけではなかったのだろう。
 僕の大切な女性を奪うことがなければ、それを見せつけるために村に訪れなければ。
 そして……僕に決闘を挑んで殺そうとしなれば、きっと目の前の勇者は救世の英雄として未来の教科書にだって載ったはず。

「だけど……残念だったね」

「あひゅっ……」

 僕の触手が勇者の身体を貫いた。
 数十本の触手が全身を串刺しにして、勇者の身体を空中に縫い留める。
 強いといってもしょせんは人間レベルの話。邪神の眷族、邪神そのものとなった僕にとっては蠅を叩くように簡単に倒せる相手でしかなかった。

「ガハッ……」

 全身を穴だらけにした勇者がバタリと地面に落ちる。
 地面に赤黒い血液が広がっていく。どんな魔法を使っても治すことなどできないだろう。

「はい、これで決闘は僕の勝ち。あとは……君だけになっちゃったね、ウェンディ」

「…………」

 ウェンディは仲間3人の死にざまを見て、呆然と座り込んでいる。
 逃げる様子も戦う様子もない。無抵抗のまま、こちらに虚ろな視線を向けてきた。

「リュー……わたしは、間違えちゃったのね……」

「かもしれないね」

 震える唇からつぶやかれた問いに、僕は素直に答えた。

「人生には取り返しのつかない選択ってのがあるよね。僕がこんな姿になってるのも、君達がここで死ぬのも。そして……この世界の人類が滅ぶのもそういう理由。ウェンディ、君は僕との約束を守る必要なんてなかった。ただ一言だけ謝ってくれれば、それで全部丸く収まったんだ」

「そっか……」

 ウェンディは首を傾げて……虚ろな表情に小さな笑みを浮かべた。

「ごめんね、リュー。お嫁さんになってあげられなくて」

「いいよ、ウェンディ。僕は君を許そう」

 言って……触手の1本がウェンディの胸を貫いた。

 僕が愛した女性。一生の伴侶として選んだ女性は、微笑みを浮かべたまま息絶えたのである。
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