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第二章 クラスメイトは吸血鬼

13.狼さんは不良少女④

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「速い……!」

 黄金の狼に変身したナズナが爪で斬りかかってくる。
 その動きは先ほどの狼男よりも遥かに機敏であり、勇者として戦っていた僕でさえ目を見張るものだった。

「八雲君……!」

「大丈夫だ、下がってろ!」

 心配そうに叫ぶ月白さんを後ろに下がらせて、僕はナズナを迎え撃った。
 右側から爪が斬り裂いてくる。アイテムボックスから新しい剣を取り出して受け止める。

「ハアッ!」

「グッ……!」

 重い。強引に力づくで押し込まれて吹き飛ばされた。
 そのまま壁に衝突しそうになるが、天井に剣を突き刺して強引に停止する。

「危なっ……!」

「まだ終わりじゃねえぞ! ガアッ!」

 ナズナが天井からぶら下がった僕の脚に噛みついてくる。
 僕は慌てて膝を曲げて噛みつき攻撃を避け、反対に噛みついてきたナズナの頭部を蹴りつける。

「らあっ!」

「チッ……女の頭を足蹴にしてんじゃねえぞ!?」

「うわあっ!?」

 ナズナが俺の脚を掴み、身体を床に叩きつけてきた。
 一応は女性であるとは思えないようなパワー。受け身をとったのだが、強い衝撃に襲われる。

「痛っ……! 本当に馬鹿力だなあ、もう!」

 僕は何とかナズナの手から逃れ、後方に退いて距離を取った。

「痛たた……驚いたなあ、他の狼男と比べ物にならないじゃないか。もしかして、ドーピングでもしているのかな?」

「人狼にだって種類があるんだよ。赤狼はパワー特化。青狼はスピード特化。灰色はバランス重視で、黒は異能持ち。アタシは金色狼……人狼の長の一族だ! 他の奴より強くて当然だろうが!」

 ナズナが犬歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべた。

 人狼とやらの事情は分からないが……どうやら、黄金の狼というのは特別な存在らしい。
 実際に戦ってみて痛感させられたが、その圧倒的な強さは脅威である。

「向こうの世界にも獣人はいたけど……ここまでの強さの奴はそういなかったかな。これはちょっと気合を入れないとヤバいかもしれないね」

「あん? 何を訳のわからないことを言ってんだよ! まるで手加減でもしてるみたいな言い草じゃねえか」

「そんなつもりはないんだけどね……でも、ちょうどいい。新技の実験相手として十分な強さじゃないか」

「新技……?」

 ナズナが眉をひそめた……ように見える。狼の表情なんてわからないけど。
 警戒しているらしくナズナは攻撃の手を緩め、距離を取ってこちらの出方を窺っている。

「それじゃあ、新技を使わせてもらおうか……女神の加護。拡張祝福オーバードライブ――【独善の短剣】!」

 僕の右手が光を放った。光が収束していき、やがてそれは武器の形状に姿を変える。
 現れたのは淡い光を放つ短剣。【正義の聖剣】――その本来の姿よりもずっと小さく、ナイフほどの長さしかない聖剣であった。

「何だあっ!? それはいったい……!」

 ナズナが驚きに声を荒げる。
 女神から授かった力の召喚を目にし、さすがの人狼も驚愕しているらしい。

「やれやれ……やっぱり不完全な聖剣にしかならなかったようだね。やっぱり条件を満たしていない状態での召喚だと、十分な力を発揮できないみたいだ」

 召喚された聖剣……普段の半分以下の長さしかないそれを見やり、僕はやれやれと首を振った。
 正義の聖剣は本来だと、世界の敵、人類の敵が相手でなければ発動させることはできない。
 だが……そんな不便な制限に苦しめられ、少し前に巻き込まれた事件では大切な人を危険にさらしてしまった。

「あれから……僕は訓練したんだ。発動条件を満たしていない状態でも加護を使えるように。加護の発動条件を拡張解釈・・・・できるようにした」

 僕が授かった女神の加護にはいくつもの発動条件があり、ここぞと思うような場面で使えないことが多かった。
 そのため、精神修行と自己暗示を繰り返し、女神の力をより自由に解釈することによって、発動条件を拡大させることに成功したのである。
『正義の聖剣』は世界の敵が対象となるが、その力を拡張解釈して生み出された『独善の短剣』にはそこまでの縛りはない。威力が大幅に低下した代わりに、わりと簡単に出せるようになったのだ。

 ちなみに……『オーバードライブ』という技名は自動車用語から取っている。
 決して、君が泣くまで殴るのをやめない人は関係ないのである。

「全ての人間は二酸化炭素などを排出して地球を汚している。つまり……広い意味で『世界の敵』と言えなくもない! 人狼だって同じだ。世界を汚している人類の1人、つまりは世界の敵ということになる…………のかもしれない!?」

 そんなふうに『世界の敵』という条件を拡張解釈して、強引に『正義の聖剣』を発動させた結果、生み出されたのが『独善の短剣』である。
 威力も長さも本来の者よりははるかに劣っているだろうが……今はそれで十分。
 僕は短剣を構えて、切っ先をナズナに向けた。

「君に恨みはないけれど……ここで倒させてもらうよ。ケンカを売ってきたのはそっちの方だから恨まないでくれ」

「ッ……!」

 ナズナが「ギリッ!」と奥歯を噛みしめる。どうやら、僕の手に握られているのが恐るべき武器であることに気がついたらしい。
 一方で、僕の頭はどんどんクリアになっていく。集中力が増し、それまでは感じ取れなかったナズナの焦りの感情も読み取れるようになる。

 女神の加護を発動させた目的は強力な武器を得るためだけではない。
 本気を出すため……勇者としてのスイッチを入れることが目的だった。
 聖剣を取り出したことで自分が本気モードに入ったことがわかる。いわゆる『ゾーン』というやつだ。
 今ならばナズナの圧倒的な身体能力にも対応できるだろう。圧倒的な万能感が身体を包み込んでいる。

「降参するのもありだと思うけど……受け入れてくれないよね?」

「当たり前だ! ここまできてイモを引けるかよ!」

 ナズナはやけくそのように叫び、次の瞬間には飛びかかってきた。

「人間ごときが舐めてんじゃねえぞ!」

「舐めてないよ。むしろ、女神の加護を使わせた君に心から敬意を持っている」

 ナズナが爪で斬りかかってくる。
 相変わらず速いし、強い。

 だが……僕だって本気だ。
 全神経を研ぎ澄まし、目の前の黄金の狼を迎え撃つ。

「フッ!」

「ガアッ!」

 僕とナズナの身体が交差する。
 僕が聖剣を、ナズナが爪を振るった体勢のまま停止した。

「…………」

「…………」

 短い静寂。
 時間が凍りついたように僕とナズナが停止する。

 数秒後。
 時間が動き出して、この戦いを制したのは……

「グッ……ア……」

 ナズナがばったりと床に倒れた。
 右手の聖剣には、確かに彼女を斬った手応えがある。

「紙一重だったね。正直、危なかったよ」

 僕の胴体にも爪痕が刻まれているが……薄皮一枚を斬られた程度のダメージである。

「僕の勝ちだよ。悪いね……先輩」

 倒れて人間の姿に戻ったナズナを見下ろして、僕はそう勝利宣言を告げたのである。

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