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第一章 日下部さん家の四姉妹

日下部美月の苦悩(後編)

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 八雲勇治は変わった少年だった。
 ただの隣人でありながら、姉達と同じように私に構ってきて世話を焼くのだ。
 姉妹の長女である日下部華音が八雲勇治の兄と親しく、交際していたこともあって、まるで家族の一員のように日下部家に出入りした。

 後から知ったことだが……八雲勇治もまた兄以外の家族がおらず、愛情に飢えていたのかもしれない。
 日下部家に暮らしている四姉妹を実の姉のように慕い、実の妹のように可愛がってきた。
 そして、そんな勇治をいつしか姉達も実の家族のように扱うようになり、私達は八雲家の兄弟を迎えて6人家族のようになっていった。

『美月ちゃん、こっちにおいで! 一緒に遊ぼうよ!』

『…………』

 最初は戸惑っていた私であったが……いつしか、八雲勇治のことを受け入れていた。
 もっと言うと、彼の存在に救われるようになっていた。

 私が勇治から教わったことは、家族というのは必ずしも血のつながりではないということ。
 血がつながらない勇治や玲一が家族の一員になったのを見て、偽物である私も家族になっていいのだと知ることができた。
 姉達は八雲兄弟に構うようになって私といる時間が減ってしまったが……嫉妬などはない。そうしてできた欠落を、それ以上のもので勇治が埋めてくれたから。

 気がついた時には、私は八雲勇治を兄として、あるいはそれ以上の存在として慕うようになっていた。
 悪魔であった頃の凍りついた心が氷解していき、代わりに温かな人間の感情が胸を満たしていく。

『これが家族。私達、悪魔が持っていない心の絆なのですね』

 それに気がついた時、私は覚悟を決めた。
 このかけがえのない日常を守ることを。家族を助けるために全力で戦うことを。

 人類を滅亡させるために『裏世界』から送り込まれてくる、邪悪な同胞と戦う決意を固めたのであった。


     〇          〇          〇


「お兄様!」

 兄――八雲勇治の身体が倒れていく。
 兄の胸には黒い短剣が突き刺さっており、傷口から溢れ出た血液が制服の上着を赤黒く染めていった。
 それは悪夢のような光景だった。現実を受け入れることができずに首を振るも、地面に仰向けに倒れた兄の姿は消えてなくなることはない。

「フン……どうやら、死んだようだな。我々の邪魔をするからこんなことになるのだ」

「あなたは……!」

 襲撃者はすぐ近くにいた。
 振り返ると……どうしてここまで接近を許してしまったのか、数メートル先に若い男性が立っている。

 外見は人間である。美男子といっていいほど容姿は整っている。
 だが……男の中に確かに同胞の気配があるのが感じられた。おまけに、それは知っている気配。絶対に会いたくない相手のものだった。

「悪魔王……ジャークオン・ルシファー!」

「ほう、我のことをちゃんと覚えていたようだな。裏切り者のアスモデウス。悪魔軍を裏切るんなんて、てっきり悪魔の心と記憶を失っているかと思ったぞ」

「最悪です……まさか、貴方が表世界に出てくるなんて……!」

 悪魔王ジャークオン・ルシファー。
 彼は『裏世界』の支配者であり、悪魔軍の総帥。
 表世界への侵略を決定して指揮している最強の悪魔だった。

 裏で悪魔を操っていたこの男が、まさか自ら表世界に乗り込んでくるなんて……完全に予想外のことである。

「よくもお兄様を……! 司令官として裏世界に引っ込んでいた貴方が、どうしてここにいるのです!?」

「フフッ……我は別に好きで表に出てこなかったわけではない。ようやく我にふさわしい器が見つかったもので、こちらに来ることができたのだ!」

 ジャークオンは両手を広げ、宝物でも自慢するような口調で言ってくる。

「見るがいい! この器……表世界における異能者の肉体! 至高の器、まさしく二つの世界の支配者になるであろう我にふさわしいものだと思わぬか!?」

「知りません。そんなことよりも……!」

 私は地面に倒れている八雲勇治――お兄様の身体を見下ろした。
 胸を貫かれたお兄様はグッタリと力なく横たわっている。何もない場所から出現した刃は心臓を貫いており、蘇生は不可能だろう。

 私は生まれてから初めて抱く激怒の感情に表情を歪めて……これまで日下部美月を演じるために隠していた力を解放させる。

「よくもお兄様を……許しません! 貴方はここで殺します!」

 力を解放させたことで肉体が変貌する。
 12歳という年齢と比しても小さかったからだが180センチほどまで成長して、白い髪が伸びてヤギのような巻き角が頭部の左右から生えてきた。
 みなぎる邪力によってぺったんこだった胸部が膨らんでいき、上の姉である華音すらも凌ぐ魔乳に変わった。

 絶世にして傾国の美貌。
 かつて裏世界で『至高の魔花』と呼ばれた美の悪魔――ルーナブレイナ・アスモデウスの顕現である。

「美しいな。受肉をして改めて君の美貌に気づかされる。裏切りのことは見逃してやる、我の愛人になるがいい」

「死んでもごめんです! 私の身体を好きにしても良い殿方はただ1人……ゴキブリ以下のゴミクズでしかない貴方ではありませんわ!」

「フム……上位者に逆らうとは、完全に悪魔の心を無くしているようだ。どうやら、1から躾をしてやる必要がありそうだな!」

「やれるものなら……死になさい!」

 私は邪力を振り絞り、目の前の男に向けて攻撃した。

 圧倒的格上である実力者に向けて、決死の戦いを挑んだのである。
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