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第一章 日下部さん家の四姉妹

日下部華音の愛情

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 私――日下部華音にとって、弟くん――八雲勇治くんは夫の忘れ形見であり命よりも大切な男の子です。

 私が彼と出会ったのは5年前のこと。私と妹達が住んでいた家の隣家に、八雲兄弟が引っ越してきました。
 元々、その家には老夫婦が住んでいたのですが、彼らがそろって亡くなった際に親戚の兄弟が家を相続することになったとのことです。
 兄妹は両親を失って親戚をたらい回しにされており、タイミング良く誰も住んでいない空き家ができたから押し込められた――そんな形であると聞きました。

『ゆうじです。よろしくお願いします』

 可愛らしく頭を下げてくるその少年に、当時高校生だった私は胸がキュンキュンと高鳴るのを感じました。
 私には3人の妹がいましたが、実は弟も欲しかったのです。隣に住んできた可愛らしい男の子は、まさに私の理想の弟くんだったのです。

『君は時々、不安になるくらいのショタコンだよね。色々な意味で心配になってしまうのだが』

 などとボヤいてきたのは、後に私の夫となる男性。勇治くんのお兄さんである八雲玲一さんでした。
 玲さんはずっと弟くんと2人で生活していたこともあり、とてもしっかりした性格をしています。私が妹を、玲さんが弟を守らないといけないという共通点もあって、彼とはすぐに仲良くなりました。

 玲さんと親しくなったのには兄・姉というシンパシー以外にも理由があります。
 彼は私と同じく……この世のものではないものが見えたのです。

 あまり声を大にして言えることではありませんが……日下部家は安土桃山時代から続いている『陰陽師』の家系なのです。
 さかのぼれば名門である賀茂家に連なるそうですが、分家のそのまた分家なので、我が家は別に名家というわけではありません。
 実際、たまたま私は才能に恵まれましたが、妹達は霊力をほとんど持っていません。7年前に山での事故で亡くなった母親も才能がなかったそうですし……陰陽師の家系としては没落寸前の有様でした。

 そんな中、ただ1人才能を持って生まれた私は祖母から陰陽師としての訓練を受けています。
 妹の面倒を見ながらの鍛錬は決して楽なものではありませんでしたが、高校生になった頃には一通りの術を修めて陰陽師として仕事を受けるようになっていました。
 表には出ていませんが、日本には陰陽師などの退魔師を統括する組織が存在するようです。私はそこから仕事を受注して、悪霊や妖怪変化と戦っていました。

 どうして私が陰陽師として活動するようになったかというと……身も蓋もない動機ですが、お金のためです。
 両親の遺産のおかげで生活に困らない程度の収入はありましたが、3人の妹を大学に通わせ、不自由のない将来を保障するとなると貯蓄が心もとない。
 高校生の私が大きな収入を得るとなると選択肢は多くありません。身体を売ったりするよりは、ずっと健全な仕事のはずです。

『日下部、君の仕事を俺にも手伝わせてもらえないか?』

 そして、私が陰陽師として活動するようになってわかったのですが……玲さんもまた悪霊などを視る力を持っていることがわかりました。
 私が悪霊退治などをしていることに気がついた玲さんは、私にその手伝いを申し出てきたのです。

 正直に言うと……私は玲さんの提案が非常にありがたかったです。
 私も所詮は高校生の女子。この世のものではない怪物と戦うことに恐怖がありました。
 妹達のためにと必死に堪えてきましたが……孤独に戦い続けていては、いずれは限界を迎えていたことでしょう。
 私は玲さんの申し出を受け入れ、一緒に戦うようになったのです。

 共に戦ううちに私達の絆は深まっていきました。
 高校卒業と同時に籍を入れ、夫婦になったのも必然的なことなのです。
 玲さんのことは愛していたし、頼りにもしていました。勇治くんの本当のお姉ちゃんになれるのだって、最高のご褒美です。
 結婚してから玲さんの隠れた性癖が明らかになったのは驚きましたけど……わりと嫌いではない趣味なので、私も素直に楽しむようになりました。

 そうやって玲さんと夫婦の絆を深めていった私ですが……後にその選択を後悔することになります。
 私は玲さんを巻き込むべきではなかった。手伝いを申し出てきたときに、キッパリと拒絶するべきだったのです。
 そうしていれば……勇治くんはたった1人の肉親を失わずに済んだのに。



 高校卒業して夫婦になってからも、2人で悪霊や妖怪変化と戦っていました。
 玲さんは高卒で就職しましたが、夜間などの空いた時間に陰陽師としての仕事を手伝ってくれています。
 ですが……そんな折に、私達はとんでもなく強力な怪異に遭遇してしまいました。

『アア……弱イ。オ前ラ、弱イナア……!』

『カ、ハ……!』

『玲さん! お願い、しっかりして!』

 その怪異は人間の形をしていました。実体はありませんが、悪霊なのか妖怪なのかも判然としません。
 少年の姿をしており、頭には牛の頭蓋骨のようなものを被っています。

『退魔師ノ魂ハ大好物ダケド……コンナ雑魚ジャア。腹ノ足シニモナラナイヨ』

 私達が遭遇した『牛首の怪異』は戦闘開始から数秒で玲さんの胸を斬り裂き、致命傷を与えました。
 私はまだ怪我を負ってはいませんが……『牛首』の圧倒的な霊力に打ち据えられ、恐怖で身動きすらできません。

『女……君ハ生カシテオイテアゲルヨ』

『ッ……!』

『ソノ男ハツマラナカッタケド、君ハマダ期待デキソウダカラネ。モット美味シク成長スルカ、サモナクバ強イ男ノ仔ヲ孕ンデオクレ』

『な、何を言って……!』

『ソレジャアネ』

『牛首』はそう言い残して、どこかに消えていってしまいました。

 後から知ったことですが、その怪異は『退魔師殺し』と呼ばれており、退魔師を殺害してその魂を喰らい続けていた怪物でした。
 30年ほど前に高名な退魔師が相討ち覚悟の自爆技で仕留めたそうですが……どうやら、まだ生きていたようです

 私は夫を失ってしまった。
 玲さんを、勇治くんのたった1人のお兄さんを死なせてしまった。

 玲さんの死は表向きは事故として処理されましたが……そうでないことを、私は知っています。
 仇討ちをしたいという気持ちはありましたけど、それ以上に勇治くんのために何かをしなければという気持ちが強かった。

『弟くん、大丈夫だからね。お姉ちゃんが一緒にいてあげるからね?』

 私はそれまで以上に勇治くんに構うようになり、積極的に家に招いて面倒をみるようになりました。

 絶対に、何があってもこの子のことは守ってみせる。
 そう心に決めた私だったけど……玲さんの死から1年後、勇治くんとの関係は一変することになります。

 まさか……弟くんがあんなに強くなっているだなんて。
 そして、私が弟くんに対してあんな感情・・・・・を抱くことになるなんて。

 その時の私は、まだ少しも予想していないのでした。

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