異世界で勇者をやって帰ってきましたが、隣の四姉妹の様子がおかしいんですけど?

レオナール D

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第一章 日下部さん家の四姉妹

日下部風夏の受難

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 私――日下部風夏がその力に目覚めたのは中学生に上がったばかりの12歳の時だった。

『勇治、私のシャープペンシル見てない? ラッコの人形がついてるやつなんだけど?』

 当時、私は自分の持ち物をよく失くしてしまうことに悩まされていた。
 失くなるのは決まって私が手に触れた後のこと。文房具やノート、時には学校の教科書すら見当たらなくなっている。
 文房具は新しく買えば済むことなのだが……教科書は先生に頭を下げて新しい物をもらわなくてはいけなくて、とても困らされた。

 最初のうちは自分のうっかりだと思っていた。どこかに置き忘れてしまい、そのことを忘れているばかりだと。
 だけど……違った。失くしたと思っていた物は、私が目覚めたばかりの『超能力』によって消してしまっていたのだ。

『え……嘘……』

 書き上げたばかりのマンガの原稿が目の前で消滅したのを見て、私はようやく自分の中に眠っていた異能を自覚した。
 正直、最初は興奮したものだ。マンガ好きだった私にとって、超能力に目覚めたというのはまるで自分が主人公になったような感覚だった。
 選ばれた人間。物語の中心に立ったような、世界が自分中心に回りだしたような感覚を覚えたものである。

 だけど……落ち着いてみると、すぐに怖くなってしまった。
 自分が周囲とは違うこと。特に家族である姉や妹、幼馴染でお隣さんの勇治とも違う存在であるという事に、絶望すら感じてしまう。

 おまけに、私の能力は物体を消滅させるもの。後に『破壊デストロイ』と名付けられるものだ。
 あらゆるものを消し去ることができる。文房具や教科書のような物品も。動物や植物、人間のような生き物でさえも。

 ひょっとしたら……自分はいつか、大切に思っている人間を消してしまうかもしれない。学校の友達や家族を跡形もなく消滅させてしまうかもしれない。
 その事実に気がついたとき、私は自分が化け物になってしまったような恐怖を感じた。

『いっそのこと……私は『私』を消してしまった方がいいのかも。大切な人たちを消してしまう前に、取り返しのつかないことをしてしまう前に……』

 能力を自覚してから持ち物を失くすことは少なくなっていたが……いつまでも力を制御できる保証なんてなかった。

 ひょっとしたら……ラッコのシャープペンシルを消してしまった時のように、無意識に力が漏れて姉や妹、勇治のことだって消してしまうかもしれない。
 誰にも相談なんてできない。家族に相談して拒絶されたら、「化け物」などと呼ばれたら、もう立ち直れる気がしない。感情を爆発させて何もかも消し去ってしまう可能性だってある。

 私は誰にも悩みを打ち明けることができず、淡い自殺願望を抱えながら怯えるように中学生活を送っていた。

『ねえ、あなた。もしかして特別な力を持ってない?』

『ッ……!?』

 そんな時だった。自分の人生を変えることになる運命の出会いが訪れたのは。
 彼女の名前は遠坂都。同じ中学に通っている3年生の先輩で生徒会長をしている女子生徒である。
 私と2つ違いの年齢とはとても思えない大人びた容姿をしており、落ち着いた、周囲の空気まで柔らかくするような雰囲気をまとっている女性だった。

『警戒しなくても大丈夫よ。私もあなたとおんなじ。他の人にはない力を持った人間だから』

『…………!』

『辛かったわよね。誰にも相談できずに苦しんだわよね? でも……もう大丈夫よ。私がついている。私はあなたの味方だから』

 ミヤコ先輩はまるで何もかも見通しているような穏やかな表情で言ってくれた。いや……実際に心の中を読んでいたのかもしれない。
 彼女の能力は『共感シンパシー』。他人の感情を共感する能力だったのだから。

 ミヤコ先輩と、自分の苦しみを理解してくれる『同志』と出会ったことで私の生活は一変した。
 先輩を通じて、他のサイキッカーとも知り合うことができたのが特に大きな変化である。彼らは『ユニオン』という名前の相互補助のための組織を築いており、自分達の存在が世間に知られないよう、誰かに虐げられることがないよう助け合っていたのだ。
 また、他のサイキッカーの監督の下に超能力を使う訓練を積み、自分の力が暴走することのがないように制御できるようになった。
 ユニオンのメンバーは変わった人達ばっかりだったが、私が困っていると必ず手を差し伸べてくれたのだ。

 新しい生活に慣れて、家族に秘密を隠すことにも慣れてきた私であったが……またしても生活を大きく変えてしまうような出来事が勃発した。それも、今度は悪い方向に。
 ユニオンと敵対している組織――『キングダム』との抗争が始まったのである。

 キングダムは元々、ユニオンに所属していたサイキッカーが作り出した組織らしい。10年ほど前にユニオンの一部のメンバーが脱退して、新しい組織を立ち上げたのだ。
 ユニオンが相互補助を目的とした組織であるのに対して、キングダムは極左の過激派閥。特別な力を持ったサイキッカー中心の世界を創り出すことを目的としている。

 サイキッカーが世界を支配する。もっと極端に言えば、超能力を持たない人間を1人残らず粛清して、サイキッカーだけの世の中を生み出す。
 そんな過激な派閥が受け入れられるわけもなく、ユニオンは何年も前から彼らの説得を試みていた。キングダムのほうもまた、ユニオンを説得して自分達の目的に協力するように訴えかけている。

 そんな平行線の両者の関係は最悪の形で爆発することになった。 組織間の抗争の勃発である。

 キングダムはよりにもよって、ユニオンに所属する小・中学生の子供を拉致しようとした。
 洗脳して味方に引き入れようとしたのか、それとも人質にしてユニオンを脅迫する材料にしようとしたのか……それはわからない。
 問題は、中学生だった私も彼らの標的になってしまったということである。

『風夏ちゃん! 逃げて!』

『きゃあっ!?』

 私がユニオンの集まりに参加している最中、その事件は起こってしまった。
 武装したキングダムのメンバーが集会場に乗り込んできて、私達を拉致しようとしたのだ。

『やあ、君が日下部風夏だね? 話には聞いているよ、すさまじい能力を持っているってね』

『…………!』

 その時、目の前に現れたのは、顔は整っているのにどこか不気味な雰囲気を湛えた青年だった。
 まるで蛇がチロチロと舌を出しているような……酷く不気味で恐ろしい男である。

『ボクの力の対になるであろう君の力は新世界のイヴにふさわしい! ボクのものになり、ボクと一緒に世界を創りなおそうじゃないか!』

『い、いやあっ! やめて、離して!』

 このときのことは今でも鮮明に思い出せる。激しい悲しみと後悔と共に。
 もしも、私がこのときに躊躇うことなく力を使っていたら……大切な人の命を失わずに棲んだかもしれない。

『風夏ちゃんを離しなさい!』

『ぐうっ!?』

 気味の悪い男に捕まってしまった私を助けようと、ミヤコ先輩が飛びついてきた。相手の腕に触れると、男の顔面がこれでもかと引きつる。
 おそらく、『共感』の能力によってショックイメージを脳に叩き込んだのだろう。男の顔が怒りと苛立ちに歪み、先輩に向かって手をかざす。

『このっ……ボクの邪魔をするな!』

『ああっ……!』

 瞬間、男の手から飛び出してきた銀色の槍がミヤコ先輩の胸を貫いた。
 敬愛する先輩が、大好きだった先輩が、胸から大量の血を流して倒れていく。

『あ、ああっ、いやああああああああああああああああっ!!』

『グウッ……!?』

 その時、私は初めて自分の能力を人間に対して使った。
 男の右腕が跡形もなく消滅した。出血すらしない。

「す、素晴らしい……! まさに選ばれた力、私の能力と対になる旧人類を滅亡させる力だ……!」

 男は風夏から距離を取り、クチャリと笑った。

「まさにボクの花嫁にふさわしい! しかし、今はまだ手に入れる時ではないようだ。口説く準備もできていない状態では、ボクまで消されてしまいそうだからね! いつか迎えに来るから待っていてくれたまえよ!」

 男は一方的に言い残して、銀色の飛行機のようなものを呼び出して去っていった。

 私は胸を貫かれて倒れたミヤコ先輩に縋りつくが……すでに彼女は息がなかった。

「私のせいだ。私があんな奴に捕まりそうになったからこんなことに……!」

 もっと言うのであれば、迷わずに力を使って倒していたら先輩は死なずに済んだかもしれない。
 私が躊躇ったせいで、私を救ってくれた敬愛する先輩が命を落としてしまった。

「うわああああああああああああああああああっ!」

 私はミヤコ先輩の身体に縋りついて絶叫した。
 ユニオンに所属しているサイキッカーが私を保護してくれたが……心に刺さった刃は決して抜けることはない。

 絶対に、先輩を殺した男を許さない。仇を討つ。
 そんな私の決意を後押しするように、ユニオンとキングダムの抗争は激化していくことになる。

 その果てに私が隠していた秘密が幼馴染みの少年にバレることになり、さらに彼の秘密にも触れることになるのであった。

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