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第一章 日下部さん家の四姉妹
5.勇者と姉妹の再会⑤
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美月ちゃんの身体を拭いて服を着てもらい……ようやく、食卓に四姉妹がそろった。
長方形のテーブルには右隣に風夏、左隣に飛鳥姉、正面に華音姉さんと美月ちゃんが並んで座っている。
異世界で5年間の勇者活動を終えて日本に帰ってきて、またこうしてお隣の四姉妹と食卓を囲んでいる……何とも感慨深くなる状況だった。
思わず涙を流しそうになる僕に、華音姉さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あら? 弟くん、泣きそうな顔をしてどうしましたか?」
「いえ……ちょっと目にゴミが入ってしまったみたいで。気にしないでください」
「かわいそうに……ほら、お姉ちゃんに顔を見せてちょうだい。取ってあげるから」
「だ、大丈夫ですって!」
食卓を乗り出して近づいてくる華音姉さんに、慌てて椅子を引いて距離をとる。
『お姉ちゃんモード』を全開にした華音姉さんの愛情は本当に容赦がないのだ。このまま身を任せれば、『指で触ったら爪が危ないから舌で取ってあげるね?』などと言って眼球を舐めてくるかもしれない。
「姉さん、勇治のことを甘やかさないでよ! 私は勇治なんかとご飯を食べたくもないのに、余計に料理が不味くなるでしょ!」
「そんなことを言っちゃダメですよ、風夏ちゃん。弟くんは私達の家族なんだから」
「家族じゃなくてタダのお隣さんでしょ! まったく……」
風夏は憮然とした顔で料理を口に運んでいた。
反抗期を全開にした女子中学生はプリプリと怒っており、時折僕と目が合うと射殺すように睨みつけてくる。
どうやら、さっき部屋で下着姿を見てしまったことをまだ怒っているようだ。
「なーにヤキモチを焼いてるのかなー? ウチの妹は本当に可愛いんだから」
「ヤキモチなんて焼いてない! 飛鳥姉さんは黙ってて!」
「しっと」
「嫉妬なんてしてないってば! 美月も口を挟まないの!」
姉と妹からからかうような言葉をかけられ、風夏はキャンキャンと言い返す。
人見知りの子犬のように鳴きわめいている風夏は確かに可愛らしいものである。からかいたくなる気持ちはよくわかった。
「……そうだねえ。飛鳥姉の言う通り、風夏は今日も可愛いよね」
僕は味噌汁を飲みながらしみじみとつぶやく。
昔の僕であれば、風夏のキツイ言葉に腹を立てたり落ち込んだりしていたのだが……今は刺すような発言を鷹揚に受け止めることができていた。
むしろ、召喚される前と変わらない幼馴染みの態度に安心感すら抱いている。
勇者として戦ってきたことで精神的に成長したのか。
それとも、日本に帰ってきて大切な人達と再会して、心に余裕が生まれているのかもしれない。
「弟くん……」
「ユウ、アンタ……」
「ん?」
おふくろの味というか、義姉の味である味噌汁を堪能していると……四姉妹の目が僕に集中していることに気がついた。
驚いたような、呆れたような視線が僕に突き刺さっている。
美月ちゃんはいつも通りの無表情だが、華音姉さんと飛鳥姉は愕然と目を見開いていた。
極めつきは風夏。1つ年下の幼馴染みが顔を真っ赤に染め、ツリ目の瞳で瞬きを繰り返している。
「ゆ、勇治……あなた、私のこと可愛いって……」
「あ……口に出てた?」
深い意味もなく、思ったことをそのまま口に出してしまったらしい。
照れなのか。それとも怒りなのだろうか。風夏が赤面させてワナワナと唇を震わせている。
……参ったな。
ここで否定したり誤魔化したりするのは簡単だけど、それはちょっと芸がない。
いつも意地悪を言われているお返しも兼ねて、ここはさらなる『攻め』を喰らわせてやろう。
「風夏はいつも可愛いけど? 24時間365日。出会ってからこれまで可愛くなかった日なんて1日もなかったよ? チューして顔を舐め回したくなるくらい可愛いね!」
「なっ……なななななななななっ!?」
「さっきの下着姿もエロくて可愛かったよ。風夏は小柄で愛らしい顔つきをしているからピンク色がよく似合うし、フリルとリボンの飾りもセンスが良いね。ただ……ちょっとサイズがキツそうだったというか、もう1カップ大きめを買ったほうがいいじゃない? 風夏は成長期だし、少し大きめを買う方が買い直さなくていいかもしれないね!」
「~~~~~~~~~!」
ホメ殺しからのセクハラ発言を受けて、風夏がパクパクと口を開閉させる。
おお、長年一緒にいるけれど初めて見る顔だ。
激怒しながらも照れもあり、言い返したいのに言葉が全然出てこない……そんな不可思議かつ感情を処理しきれない表情になっている。
うんうん、面白い。非常に愉快。
異世界に召喚される以前は怒りっぽい風夏に戦々恐々としていたが、これからは時々からかってやるのも面白そうだ。
「……弟くん、いつ風夏ちゃんの下着姿を見たんですか?」
「ユウー、ちょーと詳しく話を聞かせてもらおうかなー」
「あ……」
声の方に視線を向けると、いつの間にか華音姉さんと飛鳥姉が立ち上がっていた。
2人とも顔は笑顔なのだが……妙に凄味があるというか、背後に獅子と虎の幻影を背負っている。
「弟くん! お姉ちゃん以外の下着を見たらダメでしょ! お姉ちゃんのおっぱいは吸わなかったのに、風夏ちゃんのおっぱいを吸うつもりですか!?」
「姉さんも何言ってんの!? っていうか、姉さんも下着を見られたの?」
「飛鳥ちゃんも見られたんですか!? え、いつ!?」
「美味しい。しょうが焼き」
「さっきアタシも部屋を覗かれたんだけどねー。うわ、まさか着替え中だってわかってて覗いたの? ユウってば超思春期じゃん!」
「弟くんは覗きなんてしません! 弟くんが興味があるのはお姉ちゃんの裸だけだもん!」
「~~~~~~~~! 勇治が私を可愛いって。エロいって……! 嘘でしょう、これってほとんど告白じゃない……!」
「あげる。たくあん」
日下部さんちの四姉妹は食卓を囲みながら、キャーキャーと姦しく騒いでいる。
それは僕にとって見慣れた光景であり、涙が出そうになるほど懐かしい光景だった。
「……これだよ。このために帰ってきたんだよ」
四姉妹に聞こえないように、口の中でつぶやく。
アチラの世界で勇者として、救世の英雄として生きていくこともできた。
その気になればお姫様と結婚したり、大勢の女性を囲ってハーレムを築くことだってできた。
それなのに、僕が日本に帰ってくることを選んだのはこの光景が見たかったから。
お隣の四姉妹とこうやって食卓を囲むために帰ってきたのだ。
この騒がしく、ありふれた日常の中に僕の幸福の全てがある。
僕にとってお隣の四姉妹は愛すべき人であり、守ってあげたい人、恩返ししたい人、見守ってあげたい人なのだ。
◇ ◇ ◇
こうして――異世界で勇者として魔王を倒した僕は、再び日本に帰ってきた。
平穏な日常を取り戻し、幸福を噛みしめる僕であったが……この時はまだ重要なことを知らなかったのだ。
僕が異世界で勇者をやっていたことを隠しているように、四姉妹もそれぞれ特別な事情を抱えていることに気がついていなかった。
僕は知らない。
長女である華音姉さんが実は霊能力者で、呪術を使って人間を苦しめる悪霊や妖怪変化と戦っていることを。
僕は知らない。
次女である飛鳥姉が実は魔法少女で、宇宙からやってくるインベーダーから地球を守るために変身して戦っていることを。
僕は知らない。
三女である風夏が実は超能力者で、日本征服を企んでいる悪のサイキック組織と熾烈な超能力バトルを繰り広げていることを。
僕は知らない。
四女である美月ちゃんが実は悪魔で、山で事故に遭った際に悪魔に身体を憑依され、魔界から侵略してくる悪魔軍から人々を守るために戦っていることを。
僕は知らない。
異世界から帰還して平和な日常が訪れると思いきや、四姉妹を巡るさまざまな問題に巻き込まれていくことになることを。
この時は、まだ何も知らなかったのである。
長方形のテーブルには右隣に風夏、左隣に飛鳥姉、正面に華音姉さんと美月ちゃんが並んで座っている。
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思わず涙を流しそうになる僕に、華音姉さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あら? 弟くん、泣きそうな顔をしてどうしましたか?」
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「だ、大丈夫ですって!」
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『お姉ちゃんモード』を全開にした華音姉さんの愛情は本当に容赦がないのだ。このまま身を任せれば、『指で触ったら爪が危ないから舌で取ってあげるね?』などと言って眼球を舐めてくるかもしれない。
「姉さん、勇治のことを甘やかさないでよ! 私は勇治なんかとご飯を食べたくもないのに、余計に料理が不味くなるでしょ!」
「そんなことを言っちゃダメですよ、風夏ちゃん。弟くんは私達の家族なんだから」
「家族じゃなくてタダのお隣さんでしょ! まったく……」
風夏は憮然とした顔で料理を口に運んでいた。
反抗期を全開にした女子中学生はプリプリと怒っており、時折僕と目が合うと射殺すように睨みつけてくる。
どうやら、さっき部屋で下着姿を見てしまったことをまだ怒っているようだ。
「なーにヤキモチを焼いてるのかなー? ウチの妹は本当に可愛いんだから」
「ヤキモチなんて焼いてない! 飛鳥姉さんは黙ってて!」
「しっと」
「嫉妬なんてしてないってば! 美月も口を挟まないの!」
姉と妹からからかうような言葉をかけられ、風夏はキャンキャンと言い返す。
人見知りの子犬のように鳴きわめいている風夏は確かに可愛らしいものである。からかいたくなる気持ちはよくわかった。
「……そうだねえ。飛鳥姉の言う通り、風夏は今日も可愛いよね」
僕は味噌汁を飲みながらしみじみとつぶやく。
昔の僕であれば、風夏のキツイ言葉に腹を立てたり落ち込んだりしていたのだが……今は刺すような発言を鷹揚に受け止めることができていた。
むしろ、召喚される前と変わらない幼馴染みの態度に安心感すら抱いている。
勇者として戦ってきたことで精神的に成長したのか。
それとも、日本に帰ってきて大切な人達と再会して、心に余裕が生まれているのかもしれない。
「弟くん……」
「ユウ、アンタ……」
「ん?」
おふくろの味というか、義姉の味である味噌汁を堪能していると……四姉妹の目が僕に集中していることに気がついた。
驚いたような、呆れたような視線が僕に突き刺さっている。
美月ちゃんはいつも通りの無表情だが、華音姉さんと飛鳥姉は愕然と目を見開いていた。
極めつきは風夏。1つ年下の幼馴染みが顔を真っ赤に染め、ツリ目の瞳で瞬きを繰り返している。
「ゆ、勇治……あなた、私のこと可愛いって……」
「あ……口に出てた?」
深い意味もなく、思ったことをそのまま口に出してしまったらしい。
照れなのか。それとも怒りなのだろうか。風夏が赤面させてワナワナと唇を震わせている。
……参ったな。
ここで否定したり誤魔化したりするのは簡単だけど、それはちょっと芸がない。
いつも意地悪を言われているお返しも兼ねて、ここはさらなる『攻め』を喰らわせてやろう。
「風夏はいつも可愛いけど? 24時間365日。出会ってからこれまで可愛くなかった日なんて1日もなかったよ? チューして顔を舐め回したくなるくらい可愛いね!」
「なっ……なななななななななっ!?」
「さっきの下着姿もエロくて可愛かったよ。風夏は小柄で愛らしい顔つきをしているからピンク色がよく似合うし、フリルとリボンの飾りもセンスが良いね。ただ……ちょっとサイズがキツそうだったというか、もう1カップ大きめを買ったほうがいいじゃない? 風夏は成長期だし、少し大きめを買う方が買い直さなくていいかもしれないね!」
「~~~~~~~~~!」
ホメ殺しからのセクハラ発言を受けて、風夏がパクパクと口を開閉させる。
おお、長年一緒にいるけれど初めて見る顔だ。
激怒しながらも照れもあり、言い返したいのに言葉が全然出てこない……そんな不可思議かつ感情を処理しきれない表情になっている。
うんうん、面白い。非常に愉快。
異世界に召喚される以前は怒りっぽい風夏に戦々恐々としていたが、これからは時々からかってやるのも面白そうだ。
「……弟くん、いつ風夏ちゃんの下着姿を見たんですか?」
「ユウー、ちょーと詳しく話を聞かせてもらおうかなー」
「あ……」
声の方に視線を向けると、いつの間にか華音姉さんと飛鳥姉が立ち上がっていた。
2人とも顔は笑顔なのだが……妙に凄味があるというか、背後に獅子と虎の幻影を背負っている。
「弟くん! お姉ちゃん以外の下着を見たらダメでしょ! お姉ちゃんのおっぱいは吸わなかったのに、風夏ちゃんのおっぱいを吸うつもりですか!?」
「姉さんも何言ってんの!? っていうか、姉さんも下着を見られたの?」
「飛鳥ちゃんも見られたんですか!? え、いつ!?」
「美味しい。しょうが焼き」
「さっきアタシも部屋を覗かれたんだけどねー。うわ、まさか着替え中だってわかってて覗いたの? ユウってば超思春期じゃん!」
「弟くんは覗きなんてしません! 弟くんが興味があるのはお姉ちゃんの裸だけだもん!」
「~~~~~~~~! 勇治が私を可愛いって。エロいって……! 嘘でしょう、これってほとんど告白じゃない……!」
「あげる。たくあん」
日下部さんちの四姉妹は食卓を囲みながら、キャーキャーと姦しく騒いでいる。
それは僕にとって見慣れた光景であり、涙が出そうになるほど懐かしい光景だった。
「……これだよ。このために帰ってきたんだよ」
四姉妹に聞こえないように、口の中でつぶやく。
アチラの世界で勇者として、救世の英雄として生きていくこともできた。
その気になればお姫様と結婚したり、大勢の女性を囲ってハーレムを築くことだってできた。
それなのに、僕が日本に帰ってくることを選んだのはこの光景が見たかったから。
お隣の四姉妹とこうやって食卓を囲むために帰ってきたのだ。
この騒がしく、ありふれた日常の中に僕の幸福の全てがある。
僕にとってお隣の四姉妹は愛すべき人であり、守ってあげたい人、恩返ししたい人、見守ってあげたい人なのだ。
◇ ◇ ◇
こうして――異世界で勇者として魔王を倒した僕は、再び日本に帰ってきた。
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僕が異世界で勇者をやっていたことを隠しているように、四姉妹もそれぞれ特別な事情を抱えていることに気がついていなかった。
僕は知らない。
長女である華音姉さんが実は霊能力者で、呪術を使って人間を苦しめる悪霊や妖怪変化と戦っていることを。
僕は知らない。
次女である飛鳥姉が実は魔法少女で、宇宙からやってくるインベーダーから地球を守るために変身して戦っていることを。
僕は知らない。
三女である風夏が実は超能力者で、日本征服を企んでいる悪のサイキック組織と熾烈な超能力バトルを繰り広げていることを。
僕は知らない。
四女である美月ちゃんが実は悪魔で、山で事故に遭った際に悪魔に身体を憑依され、魔界から侵略してくる悪魔軍から人々を守るために戦っていることを。
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