上 下
19 / 37

第18話 王宮の朝

しおりを挟む
 朝日がカーテンの隙間から差し込んでくる。
 全身を包み込みのは柔らかく、温かな感触だ。
 まどろみを誘われ、二度寝したくなる強い欲求が襲ってくる。
 それでも……ふとした違和感から瞼を強引に開けると、見知らぬ天井が瞳に飛び込んでくる。

「……知らない天井だ」

 ぼんやりと寝ぼけた顔でアンリエッサがつぶやいた。
 そのまま思考停止すること三十秒。状況に理解が追いついてきて、ベッドから上半身を起こす。

「そうだ……王宮に引っ越してきたんでした……」

 フカフカのベッドも温かい毛布も、実家にいた頃にはありえないものである。

「ふあ……最高の寝心地でした。とても心地好かったです……」

「お目覚めですか、お嬢様」

「ああ、いたんですね。銀嶺」

 白髪ロングのメイドが声をかけてくる。
 式神にして専属メイドの銀嶺だった。

「いるに決まっているではありませんか。私はお嬢様の式神ですよ?」

「そうでしたね……ベッドが最高過ぎて忘れていました」

 こんなに気持ち良く眠ったのは、何年ぶりだろうか。
 実家から王宮に移ってきて、環境も大きく変わったというのに……よくぞここまで安眠できたものだと自分でも驚いていた。

「ベッドの力も偉大ですけど……やっぱり、安眠に大事なのは適度なストレス解消ですよね」

 アンリエッサが自分の頬を両手でフニフニと触る。
 頬は柔らかく、肌もツヤツヤ。
 昨晩、性格の悪そうな女が破滅するところを見学に行ったのが、良いストレス解消になったようである。

「趣味が悪いですよ、お嬢様」

「仕方がないではありませんか……愛しい男性を呪った女です。もしも破滅していなかったら、もっと酷い死に方をさせていましたよ」

 無表情で窘める銀嶺に、アンリエッサがフフンと鼻を鳴らす。
 銀嶺はやれやれとばかりに首を振り、扉から外に出ていった。
 しばらくすると、ワゴンを押して戻ってくる。

「朝食をお持ちいたしました。紅茶も淹れますので、少々お待ちください」

「ええ、お願い。ミルクもタップリ入れて頂戴ね」

「かしこまりました」

 要望通り、ミルクを大量に投入した紅茶を淹れてくれた。
 アンリエッサは寝間着のネグリジェ姿のまま、テーブルについて紅茶に口を付ける。

「美味しいわ……いつもよりも、コクがあるんじゃないかしら?」

「王宮の紅茶ですから、当然ですよ」

「ああ、そうだったわね……もしかすると、朝食のメニューも豪華なのかしら?」

「はい、もちろんです」

 続いて、朝食の皿が並べられる。
 カリカリベーコンとスクランブルエッグ、白パン、カボチャのスープだった。
 メニューそのものは決して珍しい物ではない。
 しかし……何だろう。スープから立ち昇ってくる芳醇な香りは。ベーコンと卵の食欲を誘う色彩は。指でいとも容易く割くことができる白パンは。

「美味しい……!」

 スープを口に運び……極上の甘味と旨味が舌の上に広がった。

「さすがは王宮のシェフ……味付けが絶妙です!」

 美味い。美味過ぎる。
 もしも淑女でなければ、アンリエッサは床を転がり回って悶絶していたに違いない。

「やはり王宮のシェフはすごいですね……こんなに美味しい料理を作れるだなんて、まるで魔法ではありませんか」

 アドウィル伯爵家のシェフも決して無能ではなかった。
 それは式神に料理を盗ませ、秘かに食べていたアンリエッサもよく知っている。
 だが……やはり、王宮のシェフは格が違う。
 王族の食事を作っているだけあって、国内屈指の腕前を持ったエキスパートだった。

「ンクッ……モグモグ……」

「お嬢様……はしたないですよ」

「おっと……失礼」

 思わず、料理をかっ込んでしまったアンリエッサは恥じらいに頬を染めて、ナプキンで口を拭いた。

「本日のご予定は決まっていますか?」

「もちろん、ウィルフレッド様に会いにゆきますよ。着替えたら、さっそく行きましょう」

「かしこまりました。すぐに着替えを準備いたしますね」

「せっかくですから、とびきりオシャレしていきましょうか。姉から盗んで……いや、拝借してきたペンダントがありましたね。アレも付けていきましょうか」

 アンリエッサが笑顔で言うと、銀嶺がまぶしそうに目を細める。

「……お嬢様、変わりましたね。以前よりも明るくなられました」

「当然じゃありませんか。私は恋する乙女ですよ」

 銀嶺の言葉に、アンリエッサが不敵な笑みを浮かべた。

「ウィルフレッド様が生きているというだけで、世界が輝いて見えます。私はとても幸せです」

「それはようございます」

 いつにない笑顔のアンリエッサに、銀嶺が微笑ましそうに頷いたのであった。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

聖女に選ばれなかったら、裏のある王子と婚約することになりました。嫌なんですけど。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「エミュシカ、君は選ばれなかった」 ほぼ確定だったはずの聖女に選ばれず、王太子の婚約者になってしまった。王太子には愛する人がいて、おまけに裏表が激しい。エミュシカだけに聞こえるように「君を愛することはないだろう」と囁いた。なるほど……?

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

処理中です...