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第8話 兄は常識人みたいです
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「ハア……面倒臭い……」
父親との話し合いを終えたアンリエッサは、憂鬱そうな溜息を吐きながら廊下を歩いていく。
婚約者ができてしまった。望んでもいないのに。
別に家から出たいという願望も持っていないのに、明日には出ていかなくてはいけなくなった。
(抵抗するのは超簡単。父親をボコボコにして、婚約を撤回させれば良いだけだから)
いかに王族との婚姻とはいえ、そもそもが無茶な婚約である。
政略結婚とはいえ完全に本人の意思を無視して、病弱でベッドから起きられない王子の介護役を押しつけようというのだ。
完全に道理に背いた婚約である。なかったことにすることもできるし、家を出て逃げ出すことだって容易だった。
(だけど……そのためには、私が力を見せつけなくてはいけません)
父親を倒すにせよ、家から出て自立するにせよ……その選択を取るのであれば何らかの形で力を見せつける必要がある。
(それは嫌ですね……絶対に嫌)
力を発揮すれば、誘蛾灯のようにトラブルが舞い込んでくる。それは前世で経験してきたこと。
多くの人間が力を求めてアンリエッサの周囲に集まってきて、利用しようとすることだろう。
(今生では余計なことはしないで、自分のためだけに力を使うって決めましたから。国を救うために大妖怪と戦ったりはしない。仕事をさぼって、ムカつく奴に嫌がらせする以上の力は使いません!)
前世では少なからず、力を持つ者としての責任感を持っていた。
自分は生まれつき偉大な呪術の才能を有しているのだから、それを人のために使うべきだと思っていたはず。
だけど……今回の人生にそれはない。
家族から裏切られ、利用されるだけされて殺されたことにより、もう他人のために力を使う意思は無くなっている。
(全員が全員、悪い人じゃないってことはわかっています。私に助けられて、純粋に感謝してくれた人だっているはず。だけど……)
それでも、家族から裏切られたことはそれなりに憂鬱な感情として残っている。
同じ轍を踏むつもりはなかった。
「あ」
「うっ……」
などと考えながら歩いていると、またしても家族と出くわしてしまった。
前方から歩いてきたのは兄……ルークスタン・アドウィルである。
先日の姉とは異なり、兄は従者を連れることなく一人で歩いてきた。
「ごきげんよう、お兄様」
「……そういうお前は機嫌が悪そうだな。アンリエッサ」
ルークスタンが渋面になって言う。
こうして真っ正面から会話をしているというのに、少しも目が合わない。
明らかに意図的に視線を避けられていた。
(さすがはお兄様。父や姉とは違うということですね)
ルークスタンは家族の中では唯一、アンリエッサに一目置いている部分があった。
認めているというわけではない。むしろ、必要以上に敬遠しており、関わりにならないように避けられているのだ。
『キュウ……』
小さな影がルークスタンの背中に隠れた。
ルークスタンの後ろに隠れて、怖々とこちらを窺ってくるのは背中から羽を生やした掌サイズの小人である。
それは精霊と呼ばれる存在。ルークスタンと契約を交わしているのだ。
アンリエッサが兄から避けられている原因がこの精霊。彼女が必要以上にアンリエッサを恐れているため、ルークスタンもまた警戒していた。
(釘を刺しているから、私のことをバラしはしないだろうけど……少しだけ、鬱陶しいですね)
精霊は妖怪に近い存在のため、アンリエッサの呪力を感じ取ることができるのだろう。
いっそのこと、銀嶺あたりに食べてもらおうかと考えていると……妖精はビクリと身体を震わせて、どこかに消えていった。
(霊界に逃げましたか……まあ、別に良いでしょう。どうしても殺したかったわけではありませんから)
「……あまりルルをイジメないでくれ」
「何のことでしょうか。お兄様」
アンリエッサがしらばっくれて、首を傾げた。
ルークスタンは苦々しい表情のまま、「まあいい……」と話題を変える。
「婚約したと聞いた。明日には出発するそうだな」
「……はい、そうなってしまいました」
「そう嫌そうな顔をするな。お前の待遇については王宮側に頼んである」
ルークスタンはアンリエッサと目を合わせないまま、説明をする。
「父上は『奴隷のように扱ってくれていい』などと話したそうだが……心配せずとも、国王陛下はまともな御方だ。むしろ、お前が魔力無しであることで冷遇されていることに同情しているらしい。病弱なウィルフレッド殿下を任せることを申し訳なく思っているし、待遇は可能な限り良いものにしてくれるとのことだ。食事も上等な物がでるし、自由時間には書庫で好きなだけ本を読んで良いそうだ」
「それはそれは……お気遣い、ありがとうございます」
「…………」
アンリエッサが頭を下げるが、ルークスタンの表情は苦いままだった。
「……お前にはすまないことをしていると思っている」
「はい?」
「お前が原因で母上がおかしくなってしまったが、それはお前のせいではない。だから、一応は謝っておく……すまない」
アンリエッサは目を白黒とさせる。
家族から謝罪されたのは初めてだ。ルークスタンも自分のことを嫌っていると思っていたのだが。
「……好き嫌いと道理は別物だ。お前のことを一方的に虐げているのは悪いと思っている」
「お兄様からイジメられた覚えはありませんから、どうかお気になさらず」
「……達者で暮らすように」
ルークスタンがアンリエッサの横をすり抜けて、廊下の向こう側に歩いていった。
アンリエッサは何ともいえない表情で兄の背中を見送るのであった。
父親との話し合いを終えたアンリエッサは、憂鬱そうな溜息を吐きながら廊下を歩いていく。
婚約者ができてしまった。望んでもいないのに。
別に家から出たいという願望も持っていないのに、明日には出ていかなくてはいけなくなった。
(抵抗するのは超簡単。父親をボコボコにして、婚約を撤回させれば良いだけだから)
いかに王族との婚姻とはいえ、そもそもが無茶な婚約である。
政略結婚とはいえ完全に本人の意思を無視して、病弱でベッドから起きられない王子の介護役を押しつけようというのだ。
完全に道理に背いた婚約である。なかったことにすることもできるし、家を出て逃げ出すことだって容易だった。
(だけど……そのためには、私が力を見せつけなくてはいけません)
父親を倒すにせよ、家から出て自立するにせよ……その選択を取るのであれば何らかの形で力を見せつける必要がある。
(それは嫌ですね……絶対に嫌)
力を発揮すれば、誘蛾灯のようにトラブルが舞い込んでくる。それは前世で経験してきたこと。
多くの人間が力を求めてアンリエッサの周囲に集まってきて、利用しようとすることだろう。
(今生では余計なことはしないで、自分のためだけに力を使うって決めましたから。国を救うために大妖怪と戦ったりはしない。仕事をさぼって、ムカつく奴に嫌がらせする以上の力は使いません!)
前世では少なからず、力を持つ者としての責任感を持っていた。
自分は生まれつき偉大な呪術の才能を有しているのだから、それを人のために使うべきだと思っていたはず。
だけど……今回の人生にそれはない。
家族から裏切られ、利用されるだけされて殺されたことにより、もう他人のために力を使う意思は無くなっている。
(全員が全員、悪い人じゃないってことはわかっています。私に助けられて、純粋に感謝してくれた人だっているはず。だけど……)
それでも、家族から裏切られたことはそれなりに憂鬱な感情として残っている。
同じ轍を踏むつもりはなかった。
「あ」
「うっ……」
などと考えながら歩いていると、またしても家族と出くわしてしまった。
前方から歩いてきたのは兄……ルークスタン・アドウィルである。
先日の姉とは異なり、兄は従者を連れることなく一人で歩いてきた。
「ごきげんよう、お兄様」
「……そういうお前は機嫌が悪そうだな。アンリエッサ」
ルークスタンが渋面になって言う。
こうして真っ正面から会話をしているというのに、少しも目が合わない。
明らかに意図的に視線を避けられていた。
(さすがはお兄様。父や姉とは違うということですね)
ルークスタンは家族の中では唯一、アンリエッサに一目置いている部分があった。
認めているというわけではない。むしろ、必要以上に敬遠しており、関わりにならないように避けられているのだ。
『キュウ……』
小さな影がルークスタンの背中に隠れた。
ルークスタンの後ろに隠れて、怖々とこちらを窺ってくるのは背中から羽を生やした掌サイズの小人である。
それは精霊と呼ばれる存在。ルークスタンと契約を交わしているのだ。
アンリエッサが兄から避けられている原因がこの精霊。彼女が必要以上にアンリエッサを恐れているため、ルークスタンもまた警戒していた。
(釘を刺しているから、私のことをバラしはしないだろうけど……少しだけ、鬱陶しいですね)
精霊は妖怪に近い存在のため、アンリエッサの呪力を感じ取ることができるのだろう。
いっそのこと、銀嶺あたりに食べてもらおうかと考えていると……妖精はビクリと身体を震わせて、どこかに消えていった。
(霊界に逃げましたか……まあ、別に良いでしょう。どうしても殺したかったわけではありませんから)
「……あまりルルをイジメないでくれ」
「何のことでしょうか。お兄様」
アンリエッサがしらばっくれて、首を傾げた。
ルークスタンは苦々しい表情のまま、「まあいい……」と話題を変える。
「婚約したと聞いた。明日には出発するそうだな」
「……はい、そうなってしまいました」
「そう嫌そうな顔をするな。お前の待遇については王宮側に頼んである」
ルークスタンはアンリエッサと目を合わせないまま、説明をする。
「父上は『奴隷のように扱ってくれていい』などと話したそうだが……心配せずとも、国王陛下はまともな御方だ。むしろ、お前が魔力無しであることで冷遇されていることに同情しているらしい。病弱なウィルフレッド殿下を任せることを申し訳なく思っているし、待遇は可能な限り良いものにしてくれるとのことだ。食事も上等な物がでるし、自由時間には書庫で好きなだけ本を読んで良いそうだ」
「それはそれは……お気遣い、ありがとうございます」
「…………」
アンリエッサが頭を下げるが、ルークスタンの表情は苦いままだった。
「……お前にはすまないことをしていると思っている」
「はい?」
「お前が原因で母上がおかしくなってしまったが、それはお前のせいではない。だから、一応は謝っておく……すまない」
アンリエッサは目を白黒とさせる。
家族から謝罪されたのは初めてだ。ルークスタンも自分のことを嫌っていると思っていたのだが。
「……好き嫌いと道理は別物だ。お前のことを一方的に虐げているのは悪いと思っている」
「お兄様からイジメられた覚えはありませんから、どうかお気になさらず」
「……達者で暮らすように」
ルークスタンがアンリエッサの横をすり抜けて、廊下の向こう側に歩いていった。
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