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第3話 お姉様は意地悪だが私ほどではない
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アンリエッサはヴァイサマー王国にあるアドウィル伯爵家の令嬢であったが、家族からも使用人からも令嬢としての扱いは受けていない。
家族の中の他人として冷遇されており、使用人同然に雑用をやらされ……それでいて正式なメイドや執事のように給料も与えられることなく、奴隷のように扱われていた。
しかし、アンリエッサがアドウィル伯爵家から逃げ出そうとしたことは一度もない。
たとえ家族からネグレクトされようと、使用人に舐められて仕事を押しつけられようと……アンリエッサは少しも気にした様子はなく、マイペースに生きていたのである。
「~~~~♪」
仕事を終えたアンリエッサは鼻歌を口ずさみながら、屋敷の廊下をのんびりと歩いていた。
アンリエッサの手にはハンバーグとレタスをパンに挟んだ、即席のハンバーガーが握られている。
今晩の夕食として伯爵家のシェフが作った物を厨房から盗んできたのである。
「美味しっ。やっぱり、伯爵家のシェフは腕が良いですねー」
廊下を歩きながらハンバーガーをかじり、アンリエッサが満足そうにほっぺを手で撫でた。
使用人以下の扱いを受けているアンリエッサは毎日のように、住み込みの使用人から残飯を与えられている。
薄いスープと固くて古いパン……どちらも食べ盛りの子供に与えるような食事ではない。
そのため、アンリエッサは式神を厨房に送り込んで、伯爵家の家族が食べる用の食事を盗み食いしていた。
シェフも人数分作ったはずなのに無くなる食事を怪訝に思っており、奪われないように注意しているのだが……式神の中には常人に見えないように姿を消せる者もいる。
透明人間による盗難を防ぐことは不可能。アンリエッサは毎日のように美味なる食事にありつくことができていた。
「あら……こんなところをゴミが歩いているわね」
「ん……?」
ちょうどハンバーガーの最後の一口を食べたところに、前方からやってきた人間から気取った声がかけられた。
廊下の曲がり角から現れたのは、二人のメイドを従えた姉……マリアベル・アドウィルである。
マリアベルはセンスの良い紫色のドレスを身にまとっており、実の妹であるアンリエッサに侮蔑の視線を向けてきた。
「これはこれは……お姉様、ごきげんよう」
「貴女に姉と呼ばれる筋合いはないわ……『妖精に取り換えられた平民の子』なんかに話しかけられたら不快だもの」
妖精に取り換えられた。
アンリエッサは伯爵家の人間から、そんなふうに言われていた。
妖精による子供の交換……『チェンジリング』というのはおとぎ話に出てくる妖精の悪戯である。
魔力の多い貴族の両親から生まれながら、魔力を一切持っていなかったアンリエッサは平民と取り換えられた子供であるといわれているのだ。
(私の顔とか髪はお父様とお母様にそっくりだと思うんですけどね……)
アンリエッサが苦笑した。
アンリエッサの顔立ちは母親を幼くしたもの、瞳や髪の色は父親と同じ。
誰の目から見ても、二人の血を引いているとしか思えない容姿である。
つまり、マリアベルの言い分は完全な言いがかりなのだが……そんなことを言ったとしても、受け入れられることはないだろう。
(人間は合理的で疑いようのない事実よりも、自分が信じたい虚構を信じる生き物ですからね。彼女達も私との血のつながりを信じたくないのでしょう)
「これは失礼いたしました。マリアベルお嬢様」
アンリエッサは特に逆らうこともなく、ペコリと頭を下げる。
マリアベルは「フンッ!」と鼻を鳴らして、アンリエッサを突き飛ばして転ばせた。
「ひゃっ!」
「どきなさい、通行の邪魔よ!」
別に邪魔にはなっていなかったのに……わざわざ、意味もなくアンリエッサを転ばせた。
明らかな嫌がらせである。よほどアンリエッサのことが気に入らなかったのだろう。
(……子供の頃はよく一緒に遊んで、本を読んでくれたりしたんですけどね)
アンリエッサは八年前のことを思い出した。
魔力測定が行われるまではマリアベルは優しい姉だった。アンリエッサも姉が大好きだった。
(それなのに……今はこんなふうに私を忌み嫌うようになってしまった……)
アンリエッサが悲しそうな瞳で廊下を歩いていくマリアベルの背中を見つめる。
アンリエッサは姉のことが大好きだった。そんな姉の態度が豹変したことに、とても傷ついていた。
「お姉様……………………急々如律令」
「キャアッ!」
それはそうとして……転ばされたことには仕返しをしておく。
アンリエッサの手から放たれたのは蛇の形をした式神。長くのたうつ白蛇がマリアベルの足首に巻きついた。
マリアベルが派手に転倒して、スカートがまくれ上がってパンツ丸出しの体勢となる。
「お、お嬢様!」
「どうかしましたか、皆さん!」
「み、見ないで! お嬢様を見るんじゃない!」
騒ぎを聞きつけて、男性の使用人までやってきてしまう。
お付きのメイドが慌ててマリアベルのあられもない下半身を隠す。
「それでは、お姉様……また、明日」
アンリエッサは姉の醜態に小声で言って、廊下を歩いて自室に戻るのであった。
家族の中の他人として冷遇されており、使用人同然に雑用をやらされ……それでいて正式なメイドや執事のように給料も与えられることなく、奴隷のように扱われていた。
しかし、アンリエッサがアドウィル伯爵家から逃げ出そうとしたことは一度もない。
たとえ家族からネグレクトされようと、使用人に舐められて仕事を押しつけられようと……アンリエッサは少しも気にした様子はなく、マイペースに生きていたのである。
「~~~~♪」
仕事を終えたアンリエッサは鼻歌を口ずさみながら、屋敷の廊下をのんびりと歩いていた。
アンリエッサの手にはハンバーグとレタスをパンに挟んだ、即席のハンバーガーが握られている。
今晩の夕食として伯爵家のシェフが作った物を厨房から盗んできたのである。
「美味しっ。やっぱり、伯爵家のシェフは腕が良いですねー」
廊下を歩きながらハンバーガーをかじり、アンリエッサが満足そうにほっぺを手で撫でた。
使用人以下の扱いを受けているアンリエッサは毎日のように、住み込みの使用人から残飯を与えられている。
薄いスープと固くて古いパン……どちらも食べ盛りの子供に与えるような食事ではない。
そのため、アンリエッサは式神を厨房に送り込んで、伯爵家の家族が食べる用の食事を盗み食いしていた。
シェフも人数分作ったはずなのに無くなる食事を怪訝に思っており、奪われないように注意しているのだが……式神の中には常人に見えないように姿を消せる者もいる。
透明人間による盗難を防ぐことは不可能。アンリエッサは毎日のように美味なる食事にありつくことができていた。
「あら……こんなところをゴミが歩いているわね」
「ん……?」
ちょうどハンバーガーの最後の一口を食べたところに、前方からやってきた人間から気取った声がかけられた。
廊下の曲がり角から現れたのは、二人のメイドを従えた姉……マリアベル・アドウィルである。
マリアベルはセンスの良い紫色のドレスを身にまとっており、実の妹であるアンリエッサに侮蔑の視線を向けてきた。
「これはこれは……お姉様、ごきげんよう」
「貴女に姉と呼ばれる筋合いはないわ……『妖精に取り換えられた平民の子』なんかに話しかけられたら不快だもの」
妖精に取り換えられた。
アンリエッサは伯爵家の人間から、そんなふうに言われていた。
妖精による子供の交換……『チェンジリング』というのはおとぎ話に出てくる妖精の悪戯である。
魔力の多い貴族の両親から生まれながら、魔力を一切持っていなかったアンリエッサは平民と取り換えられた子供であるといわれているのだ。
(私の顔とか髪はお父様とお母様にそっくりだと思うんですけどね……)
アンリエッサが苦笑した。
アンリエッサの顔立ちは母親を幼くしたもの、瞳や髪の色は父親と同じ。
誰の目から見ても、二人の血を引いているとしか思えない容姿である。
つまり、マリアベルの言い分は完全な言いがかりなのだが……そんなことを言ったとしても、受け入れられることはないだろう。
(人間は合理的で疑いようのない事実よりも、自分が信じたい虚構を信じる生き物ですからね。彼女達も私との血のつながりを信じたくないのでしょう)
「これは失礼いたしました。マリアベルお嬢様」
アンリエッサは特に逆らうこともなく、ペコリと頭を下げる。
マリアベルは「フンッ!」と鼻を鳴らして、アンリエッサを突き飛ばして転ばせた。
「ひゃっ!」
「どきなさい、通行の邪魔よ!」
別に邪魔にはなっていなかったのに……わざわざ、意味もなくアンリエッサを転ばせた。
明らかな嫌がらせである。よほどアンリエッサのことが気に入らなかったのだろう。
(……子供の頃はよく一緒に遊んで、本を読んでくれたりしたんですけどね)
アンリエッサは八年前のことを思い出した。
魔力測定が行われるまではマリアベルは優しい姉だった。アンリエッサも姉が大好きだった。
(それなのに……今はこんなふうに私を忌み嫌うようになってしまった……)
アンリエッサが悲しそうな瞳で廊下を歩いていくマリアベルの背中を見つめる。
アンリエッサは姉のことが大好きだった。そんな姉の態度が豹変したことに、とても傷ついていた。
「お姉様……………………急々如律令」
「キャアッ!」
それはそうとして……転ばされたことには仕返しをしておく。
アンリエッサの手から放たれたのは蛇の形をした式神。長くのたうつ白蛇がマリアベルの足首に巻きついた。
マリアベルが派手に転倒して、スカートがまくれ上がってパンツ丸出しの体勢となる。
「お、お嬢様!」
「どうかしましたか、皆さん!」
「み、見ないで! お嬢様を見るんじゃない!」
騒ぎを聞きつけて、男性の使用人までやってきてしまう。
お付きのメイドが慌ててマリアベルのあられもない下半身を隠す。
「それでは、お姉様……また、明日」
アンリエッサは姉の醜態に小声で言って、廊下を歩いて自室に戻るのであった。
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