俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

文字の大きさ
上 下
313 / 317
第5章 聖地崩落編

12.北の極楽

しおりを挟む

「ふう……」

 カポーン、と広い浴場に澄んだ音が鳴り響いた。
『鹿殺し』などと物騒な名前を付けられたその仕掛けは、流れる水によって竹を動かして石にぶつけて音を鳴らすというシンプルなもので、はるか東国から伝わってきたらしい。
 しかし、不思議と落ち着くその音色は自然と耳に入ってきて、身体の芯までしみこんでいくようだった。

「いい風呂だ。浴場が外にあるってのはどうかと思ったが、なかなか粋なもんじゃねえか」

 俺は広い湯船に肩まで浸かりながらしみじみとつぶやいた。

 東方辺境最北の町である交易都市リーブラは、山地の多い北方辺境と近いこともあって、東方では数少ない温泉地となっていた。
 平地と低い山ばかりの東方ではあまり味わえない温泉に浸かっていると、身体が芯から洗われていくような清々しい気持ちになってしまう。

「お若いの、温泉は初めてかね?」

 裸で露天風呂に浸かる俺へと同じく裸の老人が尋ねてきた。

「この町の温泉は初めてだな。ガキの頃に南のほうのには入ったことがあるが」

「ほほう、南方のご出身かね? ここではお仕事かい?」

「ま、そんなところだな」

 話好きの老人の言葉に軽い相槌を返しながら、俺は湯に浸かったまま頭上へと目を向けた。

 星空を観察して未来を予知するという星神教が聖地に定めるだけあって、この町から見る星空は驚くほどに澄んでいる。

(星を眺めて風呂に浸かれるとは贅沢だことだ)

 これで隣にいるのが老人ではなく、若い女性ならばなおよかったのだが。
 俺はエリザやサクヤの裸体を思い出して、やれやれと首を振った。

「はっ、あいつらと一緒じゃあ身体を清めるどころじゃなくなっちまうな。逆に汗をかいちまうぜ」

「おや、どうかされましたかのう?」

「いや、なんでもない。爺さんはこの町の生まれかい?」

「生まれは北のほうじゃよ。まあ、この町には何度も湯治に来ておるからどちらが故郷かわからんがの」

 老人はほのぼのと両目を閉じた。ひょっとしたら、昔を思い出しているのかもしれない。

「この温泉は家内が生きているときに二人でよく来ておってのう。温泉に入った後は美味い地酒をたっぷりと飲んで朝までハッスルしたもんじゃわい。ほほっ、そういえば一番上のせがれを授かったのもこの宿じゃったかの?」

「……その話は最後まで聞かなきゃダメか?」

「二人目を授かったのはここではなくてもう少し北の町での。あの町の温泉も見事じゃったわい。春じゃから花が見事に咲いていて湯船に白い花びらが浮かんでいてのう。真っ白な花が見える部屋でワシは家内を押し倒して……ありゃ、あれは三番目の愛人じゃったか?」

「……勘弁してくれよ」

 誰がジジイの武勇伝など聞きたいというのだ。
 俺はさりげなく湯船の端へ端へと移動していき、風呂から出るタイミングをうかがった。
 しかし、老人の次の言葉に動きを止めた。

「そういえば……この温泉はもちろん良いが、やはりこの辺りで最高の湯はあの秘湯じゃな。脚が悪くなってからは行っておらんが、あれほどの湯は大陸中探してもめったにあるまい」

「秘湯?」

「うむ、知る人ぞ知る湯で、疲労回復に肩こり腰痛。男が入らば精力増強。女が入らば子宝に恵まれると言われておる。あの湯に入らずして温泉は語れまいて」

「ほう? そりゃ興味深いな。東方辺境に俺の知らない名所があったとはな」

 勘違いしないで欲しいのだが、別に精力増強に引かれたわけではない。
 そもそも精力は衰えていない。むしろ有り余っていることに困っているくらいだ。
 しかし、この見るからに温泉を知り尽くした顔をしている老人がそこまで称賛する秘湯とやらには興味が引かれてしまう。

(そんな温泉があるのならエリザとサクヤを連れてきてやろうか? いっそ屋敷のメイド全員を連れてきて一緒に旅行をすれば、あいつらの機嫌も少しは収まるかもしれないな)

「それで? その秘湯とやらはどこにあるんだ?」

「ええっと、あれは……どこじゃったかのう?」

「おいおい、ここまできて忘れちまったとかやめてくれよ。さすがに興ざめだぜ?」

 俺は濡れた髪をかき上げながら尋ねた。
 老人はしばらくうんうんと唸っていたが、やがて記憶を引っ張り出すようにペシリと禿げ頭を叩いた。

「そうじゃ! あの場所はたしかこの近くの…………そう、アストライアー山じゃ!」

「はあ? アストライアー?」

「うむうむ、間違いない。あの山奥の温泉は見事じゃったのう!」

 つい最近聞いたばかりの地名を耳にして、俺は思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
 そんな俺の困惑をよそに、老人はのんきな顔で若かりし頃の思い出話を語りはじめた。
しおりを挟む
感想 1,043

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています

もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。 使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。