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第5章 聖地崩落編
10.狂母の友人
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「アリガトウゴザイマシタ」
「うむ、また何かあればいつでも参られよ」
棒読みで口を動かしながら頭を下げる俺に、アレクシアは豪快に頷いた。
ある意味ではとんでもなく貴重な体験をしたような気がしないでもないが、とにかく全身の倦怠感がひどい。
美貌の巫女がいるからとやって来たのに、それとは正反対のボディビルダーに遭遇したのだから無理もないことであった。
アレクシアのあまりのインパクトの強さに、シロガネとコガネという二人の女の姿すらもかすれてしまったくらいである。
(というか、さっき見たシロガネの素顔も吹っ飛んだな。すごい美人だったと思うんだが……)
まるで心を洗濯されたかのように毒気が抜け落ちてしまっており、もはや不意打ちで目にした美女への欲望すらも洗い流されていた。
(……よくわからんが、色々なことがどうでもよくなってきたな。しばらくこの町を観光したら、家に帰って妊娠問題についてちゃんと話し合おう)
あまりの衝撃体験のせいで、自分が抱えている悩みが些細な事のように思えてきた。
そういう意味では、あのお祓いの効果はちゃんとあったのかもしれない。
「ああ、そうだ。御母堂は息災かね」
「あ?」
そのまま部屋から出て行こうとする俺だったが、思い出したように背中にかけられた言葉に足を止めた。
「母……俺のか?」
「うむ、グレイス殿は健在だろうか。まあ、あの御仁はなにがあっても死ぬようなことはないのだが」
「……母を、グレイスを知っているのか?」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
母――グレイス・D・O・マクスウェルの名前に、俺は眉根を寄せて聞き返した。
「うむ……グレイス殿とは古い仲だ。一匹狼を貫いていたあの方が結婚をして子を成したと聞いた時にはなんの冗談かと思ったが……なるほど、貴殿のような英傑を子に持ったのだから、親としてさぞや鼻が高いだろうな」
「……どうだかな」
俺はあまり気が進まない話題に目線を逸らした。
あの狂母と豪傑巫女との関係は気になるものの、どうしても母親の話をすると背中に鳥肌が立ってしまう。
俺は早めに話を切り上げるべく扉に手をかけた。
「興味深い話ではあるが……今日のところは失礼しよう。積もる話はまたいずれ」
「うむ? それは残念だ。是非もない」
「ああ、今日は突然、お邪魔して申し訳なかったな。次はきちんと使いをやってから来よう」
「気に召されるな。グレイス殿の御子息ならばいつでも歓迎しよう……ところで、貴殿はアストライアー山に行く予定はあるかな?」
「アストライアー……?」
耳慣れない言葉にしばし頭の中を探る。
アストライアー山。それはたしか東方辺境と北方辺境を分け隔てている山地のことだ。
この町からはそれほど離れてはいなかったが……どうして今、そんな単語が出てくるのだろうか。
「予定はないが……それがどうかしたか?」
「ないのならば構わない。しかし……忠告させてもらいたい。これから何があってもその山には行かないようにしていただきたい」
「…………」
最初から行くつもりはなかったのだが……そんな言い方を去れると無性に気になってしまう。
はたして、アストライアー山に何があるというのだろうか?
「……理由も聞かずに頷くことはできないが、一応は心に留めておこう」
「ふっ……それでよい。どうせ貴殿の未来は誰にも見ることはできぬのだ。運命に流されるのではない。ただ貴殿の思うがままに己の舟を漕ぐといい。私の忠告など、心の片隅にでも置いてもらえればよいのだ」
「…………」
「シロガネ、客人を送って差し上げよ」
「承知いたしました。こちらへどうぞ」
取っ手をつかんだまま考え込む俺に代わり、シロガネが扉を開いて廊下に先導する。
銀髪の女に促されて、俺は仕方がなしに部屋から出た。
「……君の行く末に星神の加護があらんことを」
巫女殿の言葉を最後に、蝶番がギシリと軋む音とともに扉が閉ざされた。
「うむ、また何かあればいつでも参られよ」
棒読みで口を動かしながら頭を下げる俺に、アレクシアは豪快に頷いた。
ある意味ではとんでもなく貴重な体験をしたような気がしないでもないが、とにかく全身の倦怠感がひどい。
美貌の巫女がいるからとやって来たのに、それとは正反対のボディビルダーに遭遇したのだから無理もないことであった。
アレクシアのあまりのインパクトの強さに、シロガネとコガネという二人の女の姿すらもかすれてしまったくらいである。
(というか、さっき見たシロガネの素顔も吹っ飛んだな。すごい美人だったと思うんだが……)
まるで心を洗濯されたかのように毒気が抜け落ちてしまっており、もはや不意打ちで目にした美女への欲望すらも洗い流されていた。
(……よくわからんが、色々なことがどうでもよくなってきたな。しばらくこの町を観光したら、家に帰って妊娠問題についてちゃんと話し合おう)
あまりの衝撃体験のせいで、自分が抱えている悩みが些細な事のように思えてきた。
そういう意味では、あのお祓いの効果はちゃんとあったのかもしれない。
「ああ、そうだ。御母堂は息災かね」
「あ?」
そのまま部屋から出て行こうとする俺だったが、思い出したように背中にかけられた言葉に足を止めた。
「母……俺のか?」
「うむ、グレイス殿は健在だろうか。まあ、あの御仁はなにがあっても死ぬようなことはないのだが」
「……母を、グレイスを知っているのか?」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
母――グレイス・D・O・マクスウェルの名前に、俺は眉根を寄せて聞き返した。
「うむ……グレイス殿とは古い仲だ。一匹狼を貫いていたあの方が結婚をして子を成したと聞いた時にはなんの冗談かと思ったが……なるほど、貴殿のような英傑を子に持ったのだから、親としてさぞや鼻が高いだろうな」
「……どうだかな」
俺はあまり気が進まない話題に目線を逸らした。
あの狂母と豪傑巫女との関係は気になるものの、どうしても母親の話をすると背中に鳥肌が立ってしまう。
俺は早めに話を切り上げるべく扉に手をかけた。
「興味深い話ではあるが……今日のところは失礼しよう。積もる話はまたいずれ」
「うむ? それは残念だ。是非もない」
「ああ、今日は突然、お邪魔して申し訳なかったな。次はきちんと使いをやってから来よう」
「気に召されるな。グレイス殿の御子息ならばいつでも歓迎しよう……ところで、貴殿はアストライアー山に行く予定はあるかな?」
「アストライアー……?」
耳慣れない言葉にしばし頭の中を探る。
アストライアー山。それはたしか東方辺境と北方辺境を分け隔てている山地のことだ。
この町からはそれほど離れてはいなかったが……どうして今、そんな単語が出てくるのだろうか。
「予定はないが……それがどうかしたか?」
「ないのならば構わない。しかし……忠告させてもらいたい。これから何があってもその山には行かないようにしていただきたい」
「…………」
最初から行くつもりはなかったのだが……そんな言い方を去れると無性に気になってしまう。
はたして、アストライアー山に何があるというのだろうか?
「……理由も聞かずに頷くことはできないが、一応は心に留めておこう」
「ふっ……それでよい。どうせ貴殿の未来は誰にも見ることはできぬのだ。運命に流されるのではない。ただ貴殿の思うがままに己の舟を漕ぐといい。私の忠告など、心の片隅にでも置いてもらえればよいのだ」
「…………」
「シロガネ、客人を送って差し上げよ」
「承知いたしました。こちらへどうぞ」
取っ手をつかんだまま考え込む俺に代わり、シロガネが扉を開いて廊下に先導する。
銀髪の女に促されて、俺は仕方がなしに部屋から出た。
「……君の行く末に星神の加護があらんことを」
巫女殿の言葉を最後に、蝶番がギシリと軋む音とともに扉が閉ざされた。
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