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第5章 聖地崩落編
9.破魔の巫女
しおりを挟む「男…………………いや、『漢』か?」
カーテンの向こうから現れた巨人を見上げて、俺は茫然とつぶやいた。
見るからに屈強そうな筋肉を纏ったその人物はまるで終末の世界に現れた救世主のような姿をしており、いったいどれほど代謝が良いのか肌からはうっすらと湯気まで立ち上っている。
「ふっ……よく言われるな」
俺のつぶやきが耳に届いたのか、巨人はニッと口をもとに笑みを浮かべた。
こんなナリをしているくせに声だけは高い女性のものなのが、余計に気持ちが悪かった。
「しかし、私は生まれたときより女以外の性別になったことはない。心も身体も正真正銘の女人だよ」
「……そう、なのか?」
「疑うようならば脱いで見せるが?」
「結構だ」
俺はきっぱりと断言して、腰の剣に伸びていた手を下ろした。
別になにかされたわけではないのだが、危うく剣を抜いて斬りかかるところだった。
「改めて……私が星神教で巫女をしているアレクシアという」
「そうか……なんというか、色々と突っ込みたいところなんだが……」
「シアと愛称で呼んでもらっても構わん。ちなみに、趣味は編み物とパッチワークだ」
「…………呼ばねえよ」
俺は目の前の大男……もとい体格の良い女性が手芸をしている場面を頭に描き、ガックリと肩を下ろした。
なぜだろうか、物凄く力が抜ける。
己の存在意義というか――自分がどうしてここに来て、どうして存在しているのかがわからなくなった気分だ。
このままいくと何かの悟りを開いてしまうような気さえする。
「ふむ? 本当に疲れ切っているようだな。まるで悪霊に憑りつかれているようではないか。さっそくお祓いをして進ぜよう」
そんな俺の落胆やら絶望やらをどう受け止めたのか、アレクシアはふむふむと頷いた。
「…………まあ、なんだ。頼む。一刻も早く終わらせて宿に行って眠りたい」
「そうか、それでは始めるとしよう」
アレクシアは絨毯の上に座っている俺の前に仁王立ちして、バシリと柏手を打つ。
その左右に金髪と銀髪の二人の女が膝をついて座り、金属の棒の先端に鈴をつけた楽器らしきものを振る。
シャラン、シャランと軽やかな音が鳴った。その音に合わせて、アレクシアが両手で拳を握る。
「牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、魚座。逆しにおこないおこせば向こうは血花に咲かすぞ! 微塵と破れ! カアアアアアアアアアアアアアアアア!」
アレクシアが握り締めた拳を突き出す。その正拳突きのあまりの勢い、圧力に部屋の中の空気が激しく揺さぶられる。
「う、おお…………」
ビリビリと震える空気に俺はたじろぎながら、目の前で繰り広げられる厄払いの光景に目を奪われていた。
「悪鬼、邪見、羅刹、邪霊、去りたまえ! 散りたまえ!」
アレクシアが立て続けに拳を突き出す。隣で二人の女がシャランシャランと鈴を鳴らす。
岩を素手で砕くことができるであろう拳の連撃と、ミスマッチな高い音色。まるで別世界で繰り広げられているような二つが合わさって一つになっていく。
その圧倒的な光景を前にすれば、確かにどんな悪霊や鬼だって裸足で逃げ出してしまうだろう。
「カアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
筋骨隆々とした腕が盛り上がり、ひときわ強く正拳が突き出される。
まるで手の先から衝撃波でも放たれたかのように俺の髪がぶわりと舞って、後方へと流された。
「ふっ……これにて大厄払い、成し遂げられたり。貴殿の身に巣くっていた邪悪な怨念、悪しき煩悩は打ち払われた」
「…………そうか」
俺は胡乱に首肯して、それだけつぶやいた。
『星神教の巫女は美しい女性だ』
なるほど、たしかに嘘はついていない。
アレクシアの完成された肉体。造形美ともいえる筋肉美は、ある意味では多くの男を虜にする完璧なスタイルだろう。
(……俺が求めてたのはそういうことじゃないんだけどな)
求めていたのは鮮やかに咲き誇る花の美しさであって、不変・不動の山脈の美しさではない。
俺は色んな邪念を抜き取られた心持ちになって、大きく息を吐いた。
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