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第5章 聖地崩落編
7.野望とひらめき
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side サクヤ
「やれやれ、やっぱり兄上はなにも知りませんでしたか」
憂さ晴らし………もとい、兄上への首領適性検査を終えて、私は手に付いた赤い液体を水で丁寧に洗い流します。
兄がご主人様の居場所を知らないのは、実のところ予想通りです。
あの聡明なご主人様が、これから私に捕まることになるであろう兄上に重要な情報を握らせるわけがありません。
「まったく、ご主人様も逃げなくてもいいのに。私が怒っているとでも思っているのでしょうか」
水を手拭いで拭き取りながら、私は唇を尖らせて愚痴を吐きました。
ご主人様がシャナさんを始めとした帝国人女性数人を孕ませた事実には、正直、心穏やかではいられません。
しかし、それは別にご主人様に責任があることではありませんし、ある種の自然の摂理です。腹は立ってはいますが、納得しています。
「問題があるとすれば……私だけチャンスを逃したことですね」
帝国で避妊薬を飲むことなくご主人様とまぐわい、御子を孕むチャンスがあったにもかかわらずそれを逃してしまった。
私が怒っているとすれば、それはご主人様に対してではなく運命を司る神々に対してです。
マクスウェル家に仕えている他のメイドもご主人様に執拗に尋問をされていたようですが、彼女達も怒っていたというよりは拗ねていたといったほうがいいでしょう。
メイドは使用人という立場ゆえにご主人様の子を産むことは許されていません。
しかし、ご主人様に雇われた用心棒という立場にあるシャナさんが、自分達に許されていない幸運を手にした。
そのことに拗ねて、八つ当たりをしていただけなのです。
(人間は手に届かない宝石を持つ者に嫉妬はしません。だけど、その宝石を手に入れるチャンスを自分が持っていたとなれば、話は別です)
きっとメイド達はこぞってご主人様の御子を産むことを望むでしょう。
強い男の子供を産みたい。それは女の本能なのですから。
「うむむ……これからは競争ですね。負けるわけにはいきません!」
シャナさんに先を越されたのはハラワタが煮えくり返りますが、これはチャンスでもあります。
配下や使用人という立場でもご主人様の子を孕むことができるという前例ができましたし、すでに四人も孕ませているとなれば他の女性を妊娠させることへのハードルも下がっているに違いありません。
すでに新参者のシャナさんに先を越されているのです。これ以上、後れを取るわけにはいきません。
たとえ愛人筆頭のエリザさんが相手であっても、必ずご主人様の子種を手に入れて見せる!
「そのためにも早くご主人様を見つけなければ………本当に、どこに行ってしまったのでしょうか?」
ご主人様が隠れそうな場所にはいくつか心当たりがありますが、私が知っている隠れ家に潜むような愚は犯さないでしょう。
となれば私の知らない場所。普段のご主人様が行かないような場所に隠れている可能性が高い。
「おそらく、あのクラウンという詐欺師から話を聞いたのでしょうが………さすがにアレを探すのは骨が折れますね」
ご主人様と親交のある詐欺師クラウンは変装の名人です。やすやすと見つかりはしないでしょう。
「ううん、ご主人様が行きそうな場所………いえ、裏をかいて行かなさそうな場所? ううん………」
私は苛立ってぶんぶんと首を振りました。長く伸ばした黒い髪が視界の隅ではらはらと舞っています。
私はご主人様との付き合いは五年ほどで決して長くはありませんが、それでもいくつもの戦場や修羅場を共にした絆があります。
その絆にかけても、誰よりも先にご主人様を見つけたいのですが………。
「あれ? 戦場……修羅場……?」
ふと、私の頭に天啓が舞い降りてきました。絶妙ともいえるひらめきに両手を上げて喝采します。
「そうです! ご主人様の足取りなど追う必要はないのです! 騒動が起こっている場所に向かえば、そこにご主人様はいるはずです!」
私の魂の主人であるディンギル・マクスウェル様は、戦乱と闘争の神に愛されたようなお方。
まるで引き寄せられたかのように様々なトラブルに巻き込まれて、自然とそれを解決する立ち位置になってしまうお人なのです。
ご主人様を追いかけるのであればわざわざ足跡をたどる必要などない。トラブルが起こっている場所に行ってみれば、そこに必ずご主人様もいるはずです!
「そうと決まれば、『鋼牙』の情報網を使って騒動の火種を探しましょう。カンナに占ってもらってもいいかもしれませんね」
主人を探し出すめどが立ち、私はウキウキとした足取りでその場を去りました。
ああ、私の愛しいご主人様。今すぐお傍に参ります。
どうか首を………いえ、色々なところを洗って待っていてください!
「やれやれ、やっぱり兄上はなにも知りませんでしたか」
憂さ晴らし………もとい、兄上への首領適性検査を終えて、私は手に付いた赤い液体を水で丁寧に洗い流します。
兄がご主人様の居場所を知らないのは、実のところ予想通りです。
あの聡明なご主人様が、これから私に捕まることになるであろう兄上に重要な情報を握らせるわけがありません。
「まったく、ご主人様も逃げなくてもいいのに。私が怒っているとでも思っているのでしょうか」
水を手拭いで拭き取りながら、私は唇を尖らせて愚痴を吐きました。
ご主人様がシャナさんを始めとした帝国人女性数人を孕ませた事実には、正直、心穏やかではいられません。
しかし、それは別にご主人様に責任があることではありませんし、ある種の自然の摂理です。腹は立ってはいますが、納得しています。
「問題があるとすれば……私だけチャンスを逃したことですね」
帝国で避妊薬を飲むことなくご主人様とまぐわい、御子を孕むチャンスがあったにもかかわらずそれを逃してしまった。
私が怒っているとすれば、それはご主人様に対してではなく運命を司る神々に対してです。
マクスウェル家に仕えている他のメイドもご主人様に執拗に尋問をされていたようですが、彼女達も怒っていたというよりは拗ねていたといったほうがいいでしょう。
メイドは使用人という立場ゆえにご主人様の子を産むことは許されていません。
しかし、ご主人様に雇われた用心棒という立場にあるシャナさんが、自分達に許されていない幸運を手にした。
そのことに拗ねて、八つ当たりをしていただけなのです。
(人間は手に届かない宝石を持つ者に嫉妬はしません。だけど、その宝石を手に入れるチャンスを自分が持っていたとなれば、話は別です)
きっとメイド達はこぞってご主人様の御子を産むことを望むでしょう。
強い男の子供を産みたい。それは女の本能なのですから。
「うむむ……これからは競争ですね。負けるわけにはいきません!」
シャナさんに先を越されたのはハラワタが煮えくり返りますが、これはチャンスでもあります。
配下や使用人という立場でもご主人様の子を孕むことができるという前例ができましたし、すでに四人も孕ませているとなれば他の女性を妊娠させることへのハードルも下がっているに違いありません。
すでに新参者のシャナさんに先を越されているのです。これ以上、後れを取るわけにはいきません。
たとえ愛人筆頭のエリザさんが相手であっても、必ずご主人様の子種を手に入れて見せる!
「そのためにも早くご主人様を見つけなければ………本当に、どこに行ってしまったのでしょうか?」
ご主人様が隠れそうな場所にはいくつか心当たりがありますが、私が知っている隠れ家に潜むような愚は犯さないでしょう。
となれば私の知らない場所。普段のご主人様が行かないような場所に隠れている可能性が高い。
「おそらく、あのクラウンという詐欺師から話を聞いたのでしょうが………さすがにアレを探すのは骨が折れますね」
ご主人様と親交のある詐欺師クラウンは変装の名人です。やすやすと見つかりはしないでしょう。
「ううん、ご主人様が行きそうな場所………いえ、裏をかいて行かなさそうな場所? ううん………」
私は苛立ってぶんぶんと首を振りました。長く伸ばした黒い髪が視界の隅ではらはらと舞っています。
私はご主人様との付き合いは五年ほどで決して長くはありませんが、それでもいくつもの戦場や修羅場を共にした絆があります。
その絆にかけても、誰よりも先にご主人様を見つけたいのですが………。
「あれ? 戦場……修羅場……?」
ふと、私の頭に天啓が舞い降りてきました。絶妙ともいえるひらめきに両手を上げて喝采します。
「そうです! ご主人様の足取りなど追う必要はないのです! 騒動が起こっている場所に向かえば、そこにご主人様はいるはずです!」
私の魂の主人であるディンギル・マクスウェル様は、戦乱と闘争の神に愛されたようなお方。
まるで引き寄せられたかのように様々なトラブルに巻き込まれて、自然とそれを解決する立ち位置になってしまうお人なのです。
ご主人様を追いかけるのであればわざわざ足跡をたどる必要などない。トラブルが起こっている場所に行ってみれば、そこに必ずご主人様もいるはずです!
「そうと決まれば、『鋼牙』の情報網を使って騒動の火種を探しましょう。カンナに占ってもらってもいいかもしれませんね」
主人を探し出すめどが立ち、私はウキウキとした足取りでその場を去りました。
ああ、私の愛しいご主人様。今すぐお傍に参ります。
どうか首を………いえ、色々なところを洗って待っていてください!
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