俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第5章 聖地崩落編

2.酒精への逃避

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「それで・・・逃げてきちゃったんですか?」

「おう・・・」

 マクスウェル辺境伯領、領都アヴァロン。
 その郊外にある小さな飲み屋のカウンターに突っ伏して、俺はぐったりと息を吐いた。

 あれから屋敷の女性陣から厳しい尋問を受けた俺は、隙を見て窓を破って屋敷を脱出した。
 幸いなことにその場にサクヤがいなかったこともあって追いすがってくるメイドを振り切ることができ、行きつけの飲み屋の一つへ避難することに成功した。

「いやあ、まさか旦那もとうとう父親とは・・・ヒヒッ!」

「うむ、主君に世継ぎができるのは喜ぶべきことなのである!」

 ちなみに、俺と同じカウンター席についているのは顔なじみの男が二人。
 東方辺境の裏社会をねぐらにしている詐欺師のクラウン。そして、俺専属の諜報機関である『鋼牙』の次期首領・オボロであった。
 年齢、経歴、人種さえもまちまちな俺達はカウンター席に並んで座り、チビチビと酒を舐めていた。

「跡継ぎって言ってもなあ・・・シャナにそのつもりはないみたいだぜ?」

「そうなのであるか?」

「ああ、あいつは帝国で産んで育てると言ってたからな。マクスウェル家には報告がてら挨拶に来ただけみたいだ」

 その言葉に不覚にも安心してしまった俺は、女性陣から極寒の視線で睨まれることになってしまった。
 何度となくねやを共にしてきた屋敷のメイド達からのあからさまな軽蔑の視線には、さすがの俺も本気で背筋が凍ったものである。

「ヒヒッ! こういう時の女の結託には驚かされるものがありますからなあ! 私も若い頃、家内の友人らからとっちめられたことがあります」

「そうか・・・というか、お前に家庭があることが驚きなのだが」

「ガキだって二人おりますよ、ヒヒヒッ!」

 この胡散臭さの塊のような男でさえ結婚して子供がいるのか。
 俺は喉に苦々しいものがせり上がっているのを感じて、グラスの酒を一気にあおる。

(いや・・・俺もいい加減に身を固めなければいけないとはわかっているんだが・・・)

 セレナ・ノムスから婚約破棄されたことで俺の縁談話はお流れになっていたが、遅かれ早かれ新しい伴侶を見つけて跡継ぎを作る必要がある。
 子供を作り、家と血を残すことだって貴族の立派な義務なのだから。

(忘れていたことを・・・いや、あえて考えないようにしていたことを突きつけられた気分だな。縁談・・・来てないわけないよな)

 俺の元までは縁談話は届いていないが、おそらく当主である父の下へは他の貴族から話が来ているはずである。
 あえて俺に聞かせないようにしていたのは、親父なりに気を利かせていたのかもしれない。

「まあ、やることをやったら子供ができるのは自然なことであるな。むしろ、あれだけ多くの女を抱いてこれまでできなかったことが不思議なのである!」

「メイドを抱くときには、サクヤが調合した避妊薬を飲んでもらってるからな・・・」

 そのサクヤは本日、西方から連れ帰ったお人形の少女の世話のために姿を見せなかったが、彼女がシャナの妊娠のことを知ったらどんな顔をするだろうか?

 時期的に考えて、シャナが俺の子を孕んだのは帝国の騒動の直後だろう。

 あの時には、帝国皇女――女帝となったばかりのルクセリア・バアルが一緒だった。
 避妊薬というのは一種の毒物である。命に障ることはないにしても、どうしても副作用が顕れる危険性はある。
 そのため、女帝であるルクセリアは避妊薬を飲むことはなく、一緒になって俺に抱かれた女達もまた薬は飲まなかったのだ。

「それで妊娠させてしまったのであるな・・・ん? 帝国ではサクヤも一緒ではなかったのであるか?」

「一緒だったとも。あいつは外れたらしいな」

「それは・・・不機嫌になるのであるな、確実に」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 冷徹、冷酷を絵に描いたような暗殺少女が機嫌を損なっている姿を思い浮かべて、俺とオボロはそろって黙り込んだ。
 特に八つ当たりの被害を受けるであろうオボロは盛大に顔を蒼褪めさせており、唇は小刻みに震えている。

「ヒヒッ・・・薬を飲んでいようといまいと、当たる時は当たるし外れるときは外れる。そんなに気にすることではないと思いますがね」

「・・・妊娠したのはシャナだけじゃない」

「ヒヒッ?」

「帝国の宮廷で俺が抱いた女・・・シャナとエスティア、ルーナ、それにルクセリアの四人が妊娠している。当たらなかったのはあいつだけだ」

 正確に言うと他にもルクセリアの侍女を何人か抱いたのだが、他の四人ほど繰り返し抱いたわけではないのでノーカウントである。

「つ、つまりサクヤ以外はみな孕んだということであるか? それはさすがに・・・」

「確実に機嫌を損ねるだろうな。ああ、それはもう苛烈に鮮烈に・・・」

「・・・・・・おっと、我は用事を思い出したのである。ここで失礼を」

「逃がすわけねえだろうが」

 俺はオボロの後頭部をつかみ、カウンターに顔面を叩きつけた。
 二度、三度と繰り返し頭部に打撃を加えると、若き密偵は白目を剥いて昏倒してしまった。

「お前が姿をくらませたら、誰がサクヤのガス抜きをするんだよ。今こそ忠義を見せるときだろうが。俺の安全のために生け贄になれ」

「ヒヒッ・・・むごいことを」

 額から血を流して気絶しているオボロを見て、クラウンが引きつった顔でつぶやいた。
 俺はそのセリフを聞かなかったことにしてグラスに酒を注ぐ。

「まあ、こいつをサクヤに差し出すのは決定事項として、俺もしばらくどこかに身を潜めたほうがいいな。どこかいい隠れ場所を知らないか?」

 俺がクラウンをわざわざ呼んだのは、そのためである。
 密偵であるサクヤは俺の隠れ家などを知り尽くしているため、どこに隠れようといずれ確実に見つけ出すだろう。
 彼女から逃げ延びるためには、彼女が知らない場所に身を潜める必要がある。
 隠密集団である『鋼牙』でさえ把握していない隠れ家を得るため、サクヤやオボロとは違う意味で裏社会の住人であるクラウンを招いたのだ。

「私も野宿ばかりの根なし草ですので、申し訳ないですけど期待にはこたえられそうにないですぜ。ヒヒヒッ!」

「む・・・そうか」

「ああ、そうだ。隠れ家とは違いますけど、面白い話を仕入れたんですが・・・」

「ん、なんの話だ?」

 俺はつまみの干し肉を齧りながら話の先を促した。
 クラウンは酒を一口飲んだ後で、もったいぶったように口を開いた。

「ご存知ですかい? ここから北にあるリーブラの町に『星読みの巫女』が来ているそうですぜ?」

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