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第5章 聖地崩落編
1.人生最大の危機
しおりを挟む俺の名はディンギル・マクスウェル。
ランペルージ王国東方辺境伯であるディートリッヒ・マクスウェルと、千年の齢を重ねる不死身の大海賊グレイス・D・O・マクスウェルを両親に持つ男だ。
自分で言うのもなんなのだが、俺はこれまでいくつもの修羅場を潜り抜けてきた。
十三歳の初陣では帝国の英雄であるベイオーク・ザガンと戦った。
それから先の人生では、逆恨みをした帝国からの暗殺者や暴走する中央の貴族などを相手にして、剣一本で降りかかる危機を斬り払ってきた。
最近になってからはさらにトラブル続きでほとほと困り果てている。
王国の至宝を身に着けた元・王太子サリヴァン。
古代兵器を呼び覚まして帝国を支配したグリード・バアル。
死を望んで南海に災厄を振りまく大海賊キャプテン・ドレーク。
そして――ミイラとなって甦ったバロン・スフィンクスと、彼を操っていた古の邪神。
これほどの戦い、これほどの死闘を経験してもなお生き残っている人間がどれほどいるだろうか?
若い頃は『剣鬼』などと呼ばれて恐れられていた父でさえ、これほどまでに闘争に愛された生涯は送っていないはずである。
「我ながら呪われていやがる。一度、神殿にお祓いに行ったほうがいいんじゃねえか?」
というのは最近の口癖なのだが、その日、俺は自分が神殿に行くのが遅かったことを悟ることになった。
西方辺境を『恐怖の軍勢』から救い、俺は東方のマクスウェル辺境伯家まで帰ってきた。
マクスウェル家で俺を待っていたのは、それまで俺が一度も経験したことがない、人生最大ともいえる危機だった。
「・・・・・・戻ったか。ディン」
「お? ああ。ただいま」
マクスウェル家の屋敷に戻ってきた俺は、玄関でわざわざ出迎えてくれた人物の姿に思わずたじろいだ。
玄関で待ち構えていたのは、まさかの父親。ディートリッヒ・マクスウェルである。
仮にも屋敷の主であり辺境伯である父親が、わざわざ玄関まで自分を迎えに来てくれるなど滅多にないことである。
婚約者であったセレナ・ノムスに婚約破棄されて怒りと屈辱に震えながら王都から戻ってきたときでさえ、こんなふうに出迎えてくれはしなかった。
「親父、わざわざどうした? 少し合わないうちに子煩悩にでも目覚めたか?」
「・・・そうだな。労わってやりたい気持ちだよ。お前のことを心からな」
揶揄うように言ってやると、親父はなんとも言えない表情をしながら首肯する。
無事に帰ってきたことを喜ぶでもなく、帰りが遅くなったことを責めるでもない。そんな微妙な態度にさすがに怪訝を覚えて眉根を寄せた。
ちなみに、この場にいるのは俺と親父の二人きりである。
サクヤは連れ帰ってきた砂漠の少女ネフェルティナを『鋼牙』に預けるために別荘に向かっているし、本来であれば俺を出迎えなければいけないはずの使用人達は息をひそめたように姿を見せない。
「・・・本当にどうした? 俺がいない間になにかあった?」
「そうだな・・・色々あった。いや、もう。本当にな」
親父は頭痛を堪えるように眉間を手で押さえて、親指で玄関横の部屋を示す。
「・・・口で説明するよりも自分の目で見たほうが早いな。さっさと行け」
「おう?」
俺は同情したような目で見てくる父親の横をすり抜け、部屋の扉を開けた。
中には十人ほどの人間――いずれも女性がいて、扉をくぐって入ってきた俺に視線が集まる。
「あら? ディンギル坊ちゃま。おかえりなさいませ」
最初に口を開いたのは俺の専属メイドであり、幼い頃は養育係もしていたエリザである。
包容力のある母性的な顔立ちにいつもの柔らかな笑顔を向けてくるエリザであったが、その背後にはなぜか二本の角を持つ大鬼のような幻影が浮かんでいた。
「お、おお・・・」
あまりにも迫力のある笑顔にドアノブを握ったまま凍りついてしまう俺であったが、すぐに部屋の中の異変に気がついた。
「おかえりなさいませ。若様」
「ご無事の御帰還なによりです。若殿さま」
部屋にいる女性――この屋敷で働いているメイド達がそろって俺に頭を下げてくるのだが、彼女達の表情が妙に冷たいのだ。
幽鬼のように恨めしい顔をしている者もいれば、あからさまに侮蔑の眼差しをしている者もいる。なぜか一部、情愛に満ちた熱い眼差しを向けてくる少女までいて、部屋は混沌の態となっている。
「お、お前らどうかしたのか?」
「どうかしたか・・・? 違いますね、私達はどうもなってはいませんよ?」
顔を引きつらせながら尋ねると、メイド達を代表してエリザが答えた。
その顔には相も変わらず底冷えのする笑顔が浮かんでおり、並の男であればなにも悪いことをしていなかったとしても土下座をしてしまうに違いない。
「どうかしたのは坊ちゃま。あなたと、そして彼女ですよ」
「か、彼女?」
「久しぶりだな。主殿」
涼しげな声が部屋に響き、ソファに腰かけていた人物が立ち上がった。
部屋の異様な雰囲気にのまれて気がつかなかったが、どうやら部屋にはメイド以外にもう一人女性がいたようである。
立ち上がった女性が振り向き、こちらに顔を向ける。
「おお、シャナじゃないか!」
ソファから立ち上がったのは俺の配下の一人であり、帝国との騒動がきっかけで故国に帰っていた槍使いのシャナ・サラザールであった。
愛人でもある美貌の女性との数ヵ月ぶりの再会に俺は一瞬だけ口元を緩めてしまうが、すぐに顔面の筋肉を引きつらせた。
「会いたかったぞ、主殿。私もこの子もな」
「は・・・あ・・・しゃ、シャナ、お前・・・」
「さて、ディンギル坊ちゃま。言い訳をしていただきましょうか?」
立ちすくんでいる俺の後方にいつの間に回り込んだのか、逃げ場をふさぐようにエリザが両肩に手を置く。
彼女の言葉に他のメイドもうんうんと頷いている。
数ヵ月ぶりに再会した美貌の戦士、シャナ・サラザール。
彼女の腹部は大きくぽっこりと膨らんでいたのであった。
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お知らせ
新作小説『レイドール聖剣戦記』を投稿しています。どうぞこちらの作品もよろしくお願いします。
『俺もクズだが』ですが、今後は不定期での更新になります。1週間以上は間を開けないように頑張って執筆していきますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。
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