俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 花咲く乙女

西方の向日葵⑩

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「ふう・・・」

 魔物の討伐を終えて、ナーム・スフィンクスは深々と息を吐いた。
 多くの昆虫型の魔物を斬ったせいで彼女の服も髪も、べったりと虫の体液で汚れてしまっている。しかし、それでも【未来天人】の力によって大人の身体となったナームの美しさには一片の曇りは見られない。
 それどころか、粘性の高い液体で全身が濡れたことによって身体のラインが浮き彫りになり、奇妙な色気のようなものまで醸し出されている。
 男を危ない趣味に走らせる退廃的な魅力を放つ美女の熱い溜息に、周囲で彼女を見ていた兵士達がなぜか前かがみになってしまう。

「君は・・・いったい何者なんだ?」

 そんなナームに声をかけたのは、この場で数少ない彼女の色香から逃れた人物。討伐部隊の指揮官であるサイード・カイロである。
 サイードの目にははっきりと疑念の色が浮かんでいる。それは得体の知れない人物を怪しむものというよりも、顔見知りの人間の変装を疑っているような目つきである。

「あ・・・えっと、私は・・・」

 剣の師である人物に声をかけられて、ナームがビクリと肩を震わせる。
 先ほどまでの戦乙女のごとき奮戦ぶりから一変、妙にキョドリだした女性の姿に、サイードは目を細めてなにかを確信していく。

「なるほど・・・どうやら貴女からはいろいろと聞かなければならないことがあるようですね。とりあえず、私の天幕まで来ていただきたいのですが、よろしいか?」

「えーと、それはその・・・」

 ナームは頭をひねらせて言い訳の言葉を考える。
 サイードはどうやら半信半疑ながらもナームの正体に感づき始めているようである。深く突っ込んで話を聞かれれば、そのまま正体が露見してしまうかもしれない。

(そうなったら、勝手に戦場に出てきたことを責められて破門にされてしまうかも・・・! まだ先生には教わらなければいけないことがあるのに!)

「わ、私は旅の剣士で、指揮官殿に招かれるような身分では決して・・・」

「カアアアアアアアアアアッ!」

「っ・・・⁉」

 ナームの絞り出した拙い言い訳を斬り裂いて、怪鳥の鳴き声のような叫びが討伐部隊の陣地に響き渡る。
 慌てて声がした方角に目を向けると、魔物が大量発生した町の方角から恐るべき速さでなにかが迫ってきていた。
 あまりの速さに姿ははっきりと見れないが、大きさは三メートルほど。一見したところでは馬や牛に乗った人間のようなフォルムにも見える。

「敵だ! 矢を放て!」

 すぐさまサイードが驚きから立ち直って部下に指示を飛ばす。指揮官の鋭い指示を受けて兵士達が慌てて弓を構え、迫り来るなにかに向けて弓を放つ。

「カアアアアアアアアアアッ!」

「くっ・・・速い!」

 しかし、迫り来る『なにか』は左右に飛びながら走ることで弓の狙いを逸らし、降り注ぐ弓矢をことごとく躱してしまう。
 それでも数本がその身体を捉えるものの、『なにか』が腕らしきものを振って叩き落とされてしまった。

「武器を構えろ! 飛び込んでくるぞ!」

 再度、サイードが指示を飛ばす。それと同時に『なにか』が高々と跳躍して、恐るべき脚力をもって陣地の中央へと着地した。

「ぐぎっ・・・」

「くっ・・・!」

 グシャリと湿った音が鳴り、落ちてきた『なにか』に兵士の一人が踏みつぶされる。
 虫の死骸が転がる地面を赤い血と臓腑が汚し、生臭い臓物の香りが辺りに広がっていく。

「カ、カカカカカカカカッ!」

 陣地の中央に降り立った『なにか』が嘲弄するように笑い声を放つ。
 ようやく『なにか』の姿がはっきりと露わになり、討伐部隊の兵士達の目にさらされる。

「貴様は・・・」

 それは巨大な蜘蛛であった。
 馬ほどの体躯の大蜘蛛。ふさふさと体毛に覆われた身体の色は血のように赤い。胸腹部からは人間の大腿ほどの太さがある脚が八本伸びており、とがった先端が地面に突き刺さっている。
 複眼の目玉は周囲をギョロリと睨みつけている。その眼は周囲の兵士を獲物とみなしたのか、牙の生えた口から唾液のような液体が滴り落ちる。

 そして――なによりも特筆すべきはその背中である。
 牛ほどの大きさの大蜘蛛の背中から、生きた男性の裸の上半身が生えていたのだ。

「なぜだ・・・なぜ貴様がそんな姿になっている! ライシャ・トルク!」

「トルク・・・まさか!」

 サイードが乾いた声でその男の名前を呼ばう。その名前に聞き覚えがあったナームが信じられないとばかりに目を見開く。
 大蜘蛛の背中から生えた男。その男こそが行方不明となっていたこの土地の領主――ライシャ・トルクだったのだ。

「・・・・・・」

 己の名前を呼ばれて、蜘蛛の背中と腰の部分でつながるトルクがサイードへと振り向く。

「ばあ」

「っ・・・!」

 トルクが悪さをする子供のような声を出して口を開く。
 開かれた口からポトリと地面に落ちたのは、明らかに人間の赤子のものと思われる手の指であった。
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