俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 花咲く乙女

西方の向日葵⑦

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side ナーム・スフィンクス

 天幕を出ようとした私は、見覚えのある男とぶつかりそうになった。

「あら?」

「おっと!」

 ぶつかりそうになった男の顔を見て、思わず顔が引きつりそうになる。
 その男は討伐部隊の指揮官であり、私の剣の師であるサイード・カイロであった。

「ごめんなさい、失礼しました」

「ああ、こちらこそすまない。おじょうさ・・・」

 私は軽く頭を下げて、そそくさとその場を立ち去る。
 いかに指輪で姿を変えているとはいえ、相手は私の剣の師匠。父の配下の中でも最強の一人であり、兄に剣を教えた人物である。
 戦士の直感かなにかで気づかれないとも限らない。
 慌ててその場を離れる私の背に、サイードの視線が突き刺さってくるのがわかった。

(ううっ・・・見てる、先生にバレちゃう!)

 私の背中にぶわっと冷たいものが噴き出した。先ほど、天幕の中で見せた大立ち回りとは打って変わって、不安の影が心に差してくる。
 幸いなことにサイードから呼び止められることはなく、私はその場を離れることに成功した。
 別の天幕の影に隠れて、大きく息を吐きだした。

「ハアッ・・・! き、緊張したあ・・・!」

【未来天人】を装着している間は別人のように気が大きくなる。それでも、根っこの部分は内気で臆病なナーム・スフィンクスのままである。
 予想外の師匠との対面は、精神を細く削るには十分な要因だった。

「うう・・・いけない、こんなことで動揺していたら、戦いどころじゃなくなっちゃう!」

 私が屋敷を抜け出して、わざわざこんな山間までやって来たのは、魔物との実戦経験を重ねることで成長して、ディンギルさまに少しでも近づくためである。
 まだ戦いも始まっていないというのに正体がバレて、屋敷に送り戻されたら本末転倒である。

「気を引き締めないと・・・! これも修行。ディンギルさまのところに行くための試練なんだから!」

 私は改めてむんっと両手に握りこぶしをつくり、天に向けて突き上げる。
 不世出の英雄であるディンギル・マクスウェルという人物の隣に立つというのならば、か弱いナーム・スフィンクスではいられない。
 修羅場の一つや二つを乗り越えて見せなければ、愛しい殿方とともに歩む資格などない!

(そうだ、負けない! 絶対に勝って、もっともっと成長するんだから・・・あれ?)

 決意を込めて北の空を睨みつけた私だったが、そこに広がる異変に気がついて目を見開く。

 青い空には白い雲が魚のように泳いでいる。
 しかし、その雲にはあちこちに虫が喰ったような黒い点々があったのだ。
 黒点は次第に数を増していき、やがて空が黒く染まっていく。

「あ・・・!」

「敵襲! 敵襲だぞおおおおおっ!」

 私がその正体に気がつくのと、物見の兵士が声を張り上げるのは同時のことだった。
 カンカンと甲高い警鐘が鳴らされて、あちこちから兵士の怒号が響いていく。

「魔物の襲撃だ! あっちから来やがった!」

「すごい数だぞ! すぐに武器を用意しろ!」

「至急、火を起こせ! 昆虫型の魔物の弱点は・・・ぐぎゃあっ!?」

 松明に火を点そうとした兵士の首筋に、恐るべき速さで陣地に突っ込んできた甲虫が食らいつく。
 冗談のように大量の血しぶきが高々と天に上がり、真っ赤な水柱が戦いの始まりを告げたのであった。

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