俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 花咲く乙女

西方の向日葵②

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「ナームもずいぶんと明るくなったな・・・」

 屋敷の庭で剣術の稽古をしている娘の姿を二階から見下ろして、私は感慨深く溜息をつく。
 幼少時に誘拐事件の被害者となったことがきっかけで内向的な性格となっていたナームであったが、今は驚くほど活発な少女となっていた。
 少し前まで前髪を伸ばして目元を隠していたナームだったが、今はバッサリと前髪を切り落として両の眼を露わにしている。

(あの子が明るくなってくれたのは素晴らしいことだ・・・もっとも、そのきっかけがあの男であるのは気に食わないが・・・)

 私の名前はベルト・スフィンクス。
 ランペルージ王国西方辺境を預かるスフィンクス家の当主だ。

 スフィンクス家は先の『恐怖の軍勢』との戦いによって嫡男であった息子を亡くし、いくつかの村や町を壊滅させられてしまった。
 幸いにまとまった復興費用が手に入り、破壊された町村は立て直すことができている。しかし、それでも流れた血が戻るわけではない。いまだスフィンクス辺境伯領には分厚い雲に覆われたように暗い陰が差していた。
 そんな中、残された娘がああして立ち直り明るく振る舞っているのを見るのは数少ない救いである。

「いったい、私はいつまで娘の成長を見届けられるのだろうか・・・ぐっ!」

 私は締め付けられるように痛む腹部を押さえて、弱々しく唸った。
 数年前から肝臓を煩っている私は、すでに医師から一年か二年だろうと余命宣告を受けていた。
 このままでは、遠からずナームを残して先に逝くことになる。それが不安で不安で仕方がなかった。

「まだ死ぬわけにはゆかん! 私がここで倒れたらナームが一人になってしまう・・・!」

 幼少時に母を失い兄までなくしたナームにとって、自分は残された最後の肉親だ。私まで死んでしまえば、本当にナームは一人残されることになってしまう。

(それに・・・まだスフィンクス家の敵は残っている・・・!)

 私は奥歯を噛みしめ、血がにじむほどに拳を握り締めた。
 スフィンクス家と敵対関係にあった『白肌』貴族の大部分はナーヒブ・マッサーブとともに没落して地位も財産も失っている。
 しかし、全ての政敵が沈んだというわけではなく、いまだ西方辺境で暗躍をしている者もいた。
 彼らはこのまま『白肌』が西方から淘汰されることを恐れており、苦し紛れに反撃を目論んでいるのだ。

「まったく・・・私は別に、彼らを迫害などする気はないというのに、どうしてそれがわからないのだ!」

 スフィンクス家が流れてくる以前からこの地にすんでいる『白肌』の者達は『黒肌』の者達を侵略者として敵視しており、両者の軋轢は百年以上も続いている。
 歴代のスフィンクス家の当主は幾度も融和のために歩み寄っているのだが、彼らはいっこうに『黒肌』に胸襟を開くことはなかった。

(まあ、気持ちがわからないわけではないが・・・私とて故郷を理不尽に奪われれば相手を憎みたくもなる)

 西方の地を巡る『白肌』と『黒肌』の対立関係、その原因となった加害者は間違いなく自分達『黒肌』が砂漠から難民として流れてきたことである。
 得体の知れない異種族が自分たちの故郷を奪ったことに、『白肌』が憎しみを抱くのも無理はない。

(だからといって、こちらも大人しく殺されてやるわけにはいかぬ。奴らがつまらん暗躍を繰り返すのであれば、もはや容赦はすまい)

 あちらの言い分は理解できるが、こちらだって息子を失っているのだ。
 いくら根本の原因がこちらにあるとしても、いつまでも譲ってやるわけにはいかない。

「・・・『白肌』には残らず消えてもらう。あの子に引き継ぐ領地を、これ以上奴らに汚させはしない」

 私は頑健たる決意を決めて、再び窓の下に視線を向ける。
 眼下ではナームが振るった木剣が見事に指南役の腕をとらえ、相手の武器を叩き落としていた。先ほどやられてしまったのとは一変、見違えるほど見事な動きでナームが一本をとって見せた。
 娘の快挙に拳を握り締めて、私は相貌を緩めた。

「もう少し、もう少しだけ見守らせてくれ。私の可愛い娘。そのためにも・・・」

 私は執務室の机から小さな木箱を取り出した。フタを開くと、そこには鈍い銀色の指輪が入っている。

「【無窮菩薩ヴェルダンディ】・・・これだけは使うまいと思っていたのだがな」

 私は手の中で小さな指輪を握り締めて、細く溜息をついた。
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