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幕間 花咲く乙女
西方の向日葵①
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「ヤアアアアアッ!」
カラッと晴れ渡った日差しの下、褐色肌の少女が鋭い気合の声とともに木剣を振りきった。
十二、三歳ほどに見える少女は半袖のシャツとズボンを身に着けている。剥き出しになった手足には玉の汗が浮かんでいて、陽光を弾いてキラキラと輝いている。
「むんッ!」
木剣の一撃を受け止めたのは、少女と同じ肌の色をした壮年の男性である。
同様に木剣を持った男性は、幼い少女とは思えないような鋭い剣撃にわずかな驚きの表情を浮かべて、控えめに反撃を繰り出した。
「脇が甘いですぞ、ナームお嬢様!」
「うっ・・・!?」
横合いからの反撃に少女が慌てて後ろに飛ぶ。しかし、男性は少女の逃走を許すことなく素早い足さばきで間合いを詰める。
休む間もなく放たれる男性の攻撃を、少女は年相応に可愛らしい顔つきを歪めて必死に木剣で受け続ける。
「ほら、ほらほら! まだまだいきますぞ!」
「くっ、うっ、んっ・・・このっ!」
終わりの見えない男性からの攻撃に辟易して、少女が苦し紛れに剣先を突き出した。
いかに刃のついていない木剣とはいえ、喉を正確に突かれれば致命傷にもなりうる刺突である。
しかし、男性は軽く鼻を鳴らして両手で木剣を打ち下ろし、喉をえぐらんとする剣先を叩き落とした。少女の手から木剣が離れ、乾いた音を立てて地面に転がる
さらに返す刀で放たれた男の剣先が、逆に少女の首へと突きつけられた。
「あっ・・・!」
「はい、一本。少しばかり勝負をあせりましたな。ナームお嬢様」
「うー・・・」
剣を失った両手と喉元に突きつけられた男性の剣先を交互に見やり、少女――ナーム・スフィンクスが悔しそうに唸った。
観念したように地面に座り込み、草の絨毯の上にコロリと仰向けになった。
「あーあ、負けちゃった。強くなったと思ったのに・・・」
「ハハハッ、簡単に負けてしまっては私も立つ瀬がありませんよ! 私が何年、剣を振っていると思っているのですか!」
快活に笑う壮年の男性。彼の名前はサイード・カイロ。
ナームの兄バロン・スフィンクスの婚約者だった女性の父親であり、父ベルト・スフィンクスの腹心の部下である。
少し前まで家督を息子に譲って隠居していたサイードであったが、その息子が『恐怖の軍勢』との戦いで戦死してしまったため再び表舞台へと出ることになった。
ナームが生まれる前から西方辺境伯であるベルトに仕えているサイードにとって、ナームはもう一人の娘のような存在である。
「落ち込むことはありませんよ。お嬢様は着実に力をつけております。ゆっくりと、一歩ずつ進んでいけばよいのです」
「それはそうかもしれないけど・・・」
「なにを焦っているのかは存じ上げませんが、私の見立てではお嬢様にはバロン様と同等以上の才能がございます。自信をお持ちなさい」
「・・・・・・」
サイードの励ましの言葉に、ナームは唇を引き締めて目を伏せた。
地面に向けられた視線に彼女がなにを思っているのかはわからないが、サイードはそれが良い兆候であると感じた。
(兄君がお亡くなりになってまだ一ヶ月。よくぞここまで立ち直られた)
ナームの兄であるバロン・スフィンクスが『恐怖の軍勢』との戦いで戦死したのは、まだ記憶に新しいことである。
それは幼いナームの心に消えない傷となって刻みつけられたかと思われたが、サイードの目に映るナームの姿は予想外に明るいものである。
サイードもまた息子を喪っていたため、ナームが兄の死を乗り越えて前を向いていることは他人事とは思えないほど嬉しかった。
(いったいなにがお嬢様をここまで変えたのやら。興味がないことはないのだが・・・)
ナームの父親であるベルトの態度を見る限り、どうやらナームが立ち直った背景には「男の影」があるようである。
ナームもまた女である以上、いずれは通る道には違いない。しかし、あまり関わり合いになりたくないものだとサイードはしみじみと思った。
「さて、まだ立てますかな? よろしければもう一本、いかがかな?」
「もちろん! 私はもっともっと強くならないと!」
ナームは目を怒らせて立ち上がり、むんっと両手で握りこぶしをつくった。
「あの方についていくためには、足手まといになるわけにはいかない! もっと腕を磨いて、いつかあの人のところへ・・・」
「それ以上は御当主様が泣かれますぞ。願いとは内に秘め、意志を薪に燃やすもの。安易に口に出せば軽いものとなりましょう」
「う・・・そうなのかな?」
たじろいだ様子のナームに、サイードは微笑ましげに頷いた。
「そういうものです。さあ、剣をお取りくだされ。お嬢様の覚悟が虚飾でないことを見せていただきましょうか!」
「望むところ! 行きます!」
ナームが右手に剣を握り、猛然と振りかぶる。
獅子のように斬りかかってくる小柄な少女を、サイードは口元に笑みを浮かべて迎え撃った。
カラッと晴れ渡った日差しの下、褐色肌の少女が鋭い気合の声とともに木剣を振りきった。
十二、三歳ほどに見える少女は半袖のシャツとズボンを身に着けている。剥き出しになった手足には玉の汗が浮かんでいて、陽光を弾いてキラキラと輝いている。
「むんッ!」
木剣の一撃を受け止めたのは、少女と同じ肌の色をした壮年の男性である。
同様に木剣を持った男性は、幼い少女とは思えないような鋭い剣撃にわずかな驚きの表情を浮かべて、控えめに反撃を繰り出した。
「脇が甘いですぞ、ナームお嬢様!」
「うっ・・・!?」
横合いからの反撃に少女が慌てて後ろに飛ぶ。しかし、男性は少女の逃走を許すことなく素早い足さばきで間合いを詰める。
休む間もなく放たれる男性の攻撃を、少女は年相応に可愛らしい顔つきを歪めて必死に木剣で受け続ける。
「ほら、ほらほら! まだまだいきますぞ!」
「くっ、うっ、んっ・・・このっ!」
終わりの見えない男性からの攻撃に辟易して、少女が苦し紛れに剣先を突き出した。
いかに刃のついていない木剣とはいえ、喉を正確に突かれれば致命傷にもなりうる刺突である。
しかし、男性は軽く鼻を鳴らして両手で木剣を打ち下ろし、喉をえぐらんとする剣先を叩き落とした。少女の手から木剣が離れ、乾いた音を立てて地面に転がる
さらに返す刀で放たれた男の剣先が、逆に少女の首へと突きつけられた。
「あっ・・・!」
「はい、一本。少しばかり勝負をあせりましたな。ナームお嬢様」
「うー・・・」
剣を失った両手と喉元に突きつけられた男性の剣先を交互に見やり、少女――ナーム・スフィンクスが悔しそうに唸った。
観念したように地面に座り込み、草の絨毯の上にコロリと仰向けになった。
「あーあ、負けちゃった。強くなったと思ったのに・・・」
「ハハハッ、簡単に負けてしまっては私も立つ瀬がありませんよ! 私が何年、剣を振っていると思っているのですか!」
快活に笑う壮年の男性。彼の名前はサイード・カイロ。
ナームの兄バロン・スフィンクスの婚約者だった女性の父親であり、父ベルト・スフィンクスの腹心の部下である。
少し前まで家督を息子に譲って隠居していたサイードであったが、その息子が『恐怖の軍勢』との戦いで戦死してしまったため再び表舞台へと出ることになった。
ナームが生まれる前から西方辺境伯であるベルトに仕えているサイードにとって、ナームはもう一人の娘のような存在である。
「落ち込むことはありませんよ。お嬢様は着実に力をつけております。ゆっくりと、一歩ずつ進んでいけばよいのです」
「それはそうかもしれないけど・・・」
「なにを焦っているのかは存じ上げませんが、私の見立てではお嬢様にはバロン様と同等以上の才能がございます。自信をお持ちなさい」
「・・・・・・」
サイードの励ましの言葉に、ナームは唇を引き締めて目を伏せた。
地面に向けられた視線に彼女がなにを思っているのかはわからないが、サイードはそれが良い兆候であると感じた。
(兄君がお亡くなりになってまだ一ヶ月。よくぞここまで立ち直られた)
ナームの兄であるバロン・スフィンクスが『恐怖の軍勢』との戦いで戦死したのは、まだ記憶に新しいことである。
それは幼いナームの心に消えない傷となって刻みつけられたかと思われたが、サイードの目に映るナームの姿は予想外に明るいものである。
サイードもまた息子を喪っていたため、ナームが兄の死を乗り越えて前を向いていることは他人事とは思えないほど嬉しかった。
(いったいなにがお嬢様をここまで変えたのやら。興味がないことはないのだが・・・)
ナームの父親であるベルトの態度を見る限り、どうやらナームが立ち直った背景には「男の影」があるようである。
ナームもまた女である以上、いずれは通る道には違いない。しかし、あまり関わり合いになりたくないものだとサイードはしみじみと思った。
「さて、まだ立てますかな? よろしければもう一本、いかがかな?」
「もちろん! 私はもっともっと強くならないと!」
ナームは目を怒らせて立ち上がり、むんっと両手で握りこぶしをつくった。
「あの方についていくためには、足手まといになるわけにはいかない! もっと腕を磨いて、いつかあの人のところへ・・・」
「それ以上は御当主様が泣かれますぞ。願いとは内に秘め、意志を薪に燃やすもの。安易に口に出せば軽いものとなりましょう」
「う・・・そうなのかな?」
たじろいだ様子のナームに、サイードは微笑ましげに頷いた。
「そういうものです。さあ、剣をお取りくだされ。お嬢様の覚悟が虚飾でないことを見せていただきましょうか!」
「望むところ! 行きます!」
ナームが右手に剣を握り、猛然と振りかぶる。
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