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幕間 花咲く乙女
南洋の紫蘭⑩
しおりを挟むside アリオテ・フォン・ガーネット
その場の勢いに任せてスーレイアを押し倒してしまった。すぐそばにずっと思い続けてきた愛しい女性の顔がある。
(そうだ・・・最初からこうすればよかったのだ。僕はこの国の王太子。どこの馬の骨ともわからぬ奴よりも、絶対にスーレイアのことを幸せにできるはずだ!)
元々、スーレイアはラウロス家を追放されることがなければ自分と結婚するはずだったのだ。
このまま手籠めにしてしまったとしても、それは元の鞘に収まるだけ。なんの非難を受ける筋合いもないはずだ。
「離していただけませんか。アリオテ殿下」
僕の身体の下でスーレイアが非難の声を上げる。
彼女の目を近距離からのぞき込むと、金色の瞳は不自然なほど冷静な色を湛えている。落ち着いた声音が僕の鼓膜を震わせて、ぞわぞわと背筋が震えてしまう。
「スーレイア・・・お願いだ。僕と結婚してくれ。君は僕と結婚しなければならない。君を誰よりも幸せにしてあげられるのは、僕なんだ・・・・・・そうだろう?」
「・・・離してください。そう言ったのですけど?」
スーレイアは再度、拒絶の言葉を繰り返す。
僕はギリッと音がなるほど奥歯を噛みしめて、噛みつくような調子で言い募る。
「なぜだ! どうしてわかってくれないんだ! 君は僕と一緒にいるべきなんだ! 僕が誰よりも君を愛している! だから・・・君もその思いに応えるべきなんだ!」
「殿下・・・貴方はご自分のことばかりなのですね?」
「へ・・・?」
スーレイアは普段の彼女からは想像もできないほど冷めた眼差しで僕を見返し、ふっと呆れたような溜息をつく。
「ご自分の意志を、思いを断じて貫き通す。それはあの方と一緒です・・・だけど、不思議ですね。貴方からはなんの魅力も感じません。心を芯から震わせるような、すべての感情を奪われるような男の人の格好良さを、まるで感じない」
「な・・・あ・・・」
スーレイアがなにを言っているのかわからない。
しかし、自分がここにはいない誰かと比べられており、劣っていると断定されていることはなんとなく理解できた。
怒りと屈辱に自分の顔が歪んでいくのがわかった。いっそのこと、この怒りを拳に込めて、目の前の端正な顔にぶつけてしまいたい。
そうしてやったら、彼女は自分のものになってくれるだろうか?
「ぼ・・・僕はこの国の王太子だぞ!?」
「そうですか、私はあの方の奴隷です。それがどうかしたのですか?」
「き、君は・・・」
僕は拳を握り締めて目の前の女性に振り下ろそうとして・・・・・・やめた。
代わりに、彼女の胸元へと目線を向ける。
「スーレイア・・・」
薄手のワンピースに包まれたスーレイアの胸は形よく盛り上がっている。
僕はゴクリと生唾を飲んで、振り下ろそうとしていた右手の矛先を変える。
「スーレイア・・・好きだ、愛してる・・・」
「貴方に触れられたくありません。やめてください」
乳房に触れようとする僕の手を睨み、スーレイアが制止の言葉をかける。
またしても拒絶。だが・・・彼女に僕の手を止める力などない。スーレイアはもう、僕のものだ。
「僕は、愛してるんだ。君のことを・・・ずっと、ずっと、愛してるんだ」
「三度は言いません。これが最後です。や・め・て・く・だ・さ・い!」
「・・・・・・」
もはやなにも言うまい。
スーレイアが僕を受け入れないというのなら、僕がどれだけ彼女を愛しているのか身体に教えてやるだけだ。
僕は無言で右手を伸ばして、指先で彼女の胸に触れようとする。
「・・・・・・忠告はしましたからね。まったく」
困ったような、呆れたようなスーレイアの声。
同時に、窓ガラスが割れる甲高い音が部屋に響き、僕の右手を鋭いなにかが切り裂いた。
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