俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 花咲く乙女

南洋の紫蘭⑧

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side スー

 何者かによって拉致された私は、袋詰めにされたままどこかに連れられていった。
 目の前が真っ暗になっていて周囲を伺うことはできないが、ガタガタと断続的に地面が揺れる気配がする。どうやら馬車に乗せられているようだった。
 馬車は一時間ほど進んでから停まり、私は再び自分をさらった誰かに抱えられて馬車から降ろされた。

 その人物は私を抱えたままどこかの建物の中へと入っていき、やがて私の身体を床に置いた。

「・・・こういうのはこれっきりにしてくださいよ」

「わかっている。金はくれてやるから、さっさと失せろ!」

「へいへい・・・ご愁傷様です」

 麻袋ごしに、二人の男性の会話が耳に入ってくる。どちらも若い男性で、聞き覚えのない声である。

 やがて私を捕らえた袋の口が解かれて、一時間ぶりに光が射し込んできた。
 燭台に灯された蝋燭の明かりに浮き彫りになったのは、どこかの屋敷の一室である。

「おお、おおっ・・・! スーレイア・・・僕の天使よ!」

「へ?」

 すぐ近くに男性の顔があった。
 見覚えのあるような、ないような。どこか記憶の琴線にひっかかるものがある同年代の男性である。

「会いたかった! ああ、ようやく今日、君と一つになれる!」

「ひゃあ! なんですか!」

 記憶を探っていると、男性が満面の笑みで抱きついてきた。
 私は思わず男性の身体を両手で突き飛ばし、床の上で後ずさる。

(なんででしょう・・・初めて会ったはずの人なのに、すごくこう・・・)

 気持ち悪い。
 思わずそう口にしそうになり、私は慌てて口をつぐんだ。

(いくらなんでも、初対面の方に失礼ですね・・・いけない、いけない)

 私は深呼吸をして心を落ち着かせ、突き飛ばされて尻餅をついている青年に問いかけた。

「ええっと、貴方はどちら様でしょうか? どうして私を連れてきたんですか?」

「なっ・・・ぼ、僕のことがわからないのか!?」

 青年はお腹を殴られたように表情を歪める。
 どうやら知り合いだったようです。悪いことを言ってしまいました。

(身なりからして貴族の方でしょうか? ラウロス家に戻ってからは大勢の人と会いましたし・・・)

 青年は平民ではとても手に入れることができないような高級感ある服を身につけている。
 ひょっとしたら貴族令嬢に戻ってから顔を合わせた、父と懇意にしている貴族かもしれません。

「どこかでお会いしましたか? ごめんなさい、ちょっと思い出せなくて・・・」

「う、ぐ・・・そ、そうか! 何年も顔を合わせてなかったからな! うむ、無理もない!」

 青年は目を輝かせて、自分を納得させるようにうんうんと頷いた。

「僕の名前はアリオテだ! 覚えているだろう?」

「アリオテ・・・?」

 たしかに、聞き覚えのある名前です。
 この国の王太子殿下がそんな名前だったような・・・。

「あ・・・」

 私の脳裏に、ふと子供の頃の記憶が甦った。
 そういえば、幼少時に王宮で国王陛下から紹介された少年がいたような。あの少年を根暗そうな雰囲気をそのままに成長させたら、こんな顔立ちになるかもしれない。

「思い出しました。アリオテ王太子殿下ですね?」

「そうとも! よかった、思い出してくれたんだね!?」

「は、はあ・・・?」

 殿下が親しげな笑みを浮かべて距離を詰めてくる。
 私はなんとなく背筋にゾワゾワと鳥肌が立つのを感じて、近づかれた距離だけ後ずさる。

(ど、どうしてこんなに慣れ慣れしいのでしょうか? 私は殿下とはほとんどお話をしたことはなかったはずですけど・・・?)

 私がアリオテ殿下とお会いしたのは七つの時。その時に二、三言葉を交わしたただけで、以後は挨拶すらしたことはなかった。

 王妃様に招かれたお茶会。殿下は庭園の草木に隠れてこちらを見ていた。

 社交界デビューの夜会。殿下は料理が乗ったテーブルに隠れてこちらを見ていた。

 お友達と町へショッピング。殿下は誘ってもいないのになぜかそこにいて、店の柱に隠れてこちらを見ていた。

(・・・なぜでしょう。昔は変な男の子だとしか思ってませんでしたけど、改めて思い返すとすごく気持ちが悪いような・・・)

 自分はひょっとしたら、ものすごい恐怖体験をしていたのではないだろうか?
 そもそも、どうして殿下は私をここに連れてきたのでしょう? こんな夜更けに、わざわざ人を使って誘拐するような真似までして、とてもではないが正気の沙汰とは思えません。
 背筋に虫が這うような怖気を感じながら、私は顔に無理矢理よそ行きの笑顔をつくって殿下に尋ねました。

「それで・・・殿下はいかなる用件で私を招いたのでしょうか?」

 私はあえて『招かれた』という部分を強調しました。
 一応は貴族令嬢、それも筆頭貴族である宰相の娘である私を拉致したとなれば、ただでさえ戦後で不安定となっている治世が吹き飛びかねないスキャンダルです。

「う・・・それは・・・その・・・」

 なぜかアリオテ殿下は言葉を濁し、言いづらそうに顔を伏せました。両手の指先を合わせてもじもじと擦り合わせ、上目遣いになってこちらをちらちらと伺ってきます。

「・・・・・・」

(かっこう悪いです・・・言いたいことがあるのならはっきりと言えばいいのに)

 成人男性とは思えない軟弱なしぐさを見て、私は気づかれないように嘆息しました。
 ディンギル・マクスウェルという素晴らしいご主人様に出会ってからというもの、どうしても周りの男性に対する評価が辛口になってしまいます。
 子供の頃は尊敬の念を持っていた父に対してさえ「ご主人様と比べたらそれほどでもない」と低い点数で見積もってしまっているのだから、目の前でうじうじしている王太子殿下にはなおさらです。

「申し訳ありませんが、用事がないのなら帰させてください。明日も復興作業で早いのです」

「ま、待ってくれ・・・!」

 私が立ち上がって帰ろうとすると、アリオテ殿下は慌てて両手を振り回しました。
 だったら早くしてくれ――半眼になって睨んで言外に訴えると、ようやく殿下は意を決したように声を張り上げた。

「そ、その・・・! スーレイア、ぼ、ぼぼぼぼ・・・僕と、結婚してくれ!」

「は・・・?」

 予想外の言葉に唖然としてしまい、私はぽっかりと口を開いたまま肩を落とした。

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