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幕間 花咲く乙女

南洋の紫蘭⑦

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side とある侍従

「ったく・・・勘弁してくれよ!」

 俺は袋詰めの少女を道に停めていた馬車の中へと放り込み、うんざりと鬱屈した感情を吐き捨てた。

 俺の名はベイム・サーベルス。この国の王太子であるアリオテ・フォン・ガーネットに仕える侍従をしている。
 この国の下級騎士の息子――それも妾腹の子として生まれた俺は、本来であれば王太子の側付きとして仕えることができるような身分ではない。
    にもかかわらず、俺が侍従としてアリオテの側に侍ることになったのは、単純な人手不足が原因である。

 ガーネット王国は少し前まで敵国の支配下に置かれており、王も王太子も虜囚の身となっていた。
 騎士の中でも腕に覚えのある者、あるいは忠誠心の高い者は王族を救出するためにドレークを名乗る簒奪者に挑み、ことごとく命を散らせていった。
 また、それなりに身分が高く小賢しさを有した連中はさっさと国を売ってドレークに膝を屈してしまうか、あるいは他国に亡命してしまった。
 そのため、現在の王宮に仕えているのは、俺のように貴族とも平民ともつかない中途半端な身分の者ばかりとなってしまった。

 王太子の侍従に任じられた最初の頃こそ降って湧いた名誉ある仕事にらしくもなく忠義を燃やしたものの、ふたを開けてみればとんだ汚れ仕事であった。

「ストーカーの手伝いとかやってられんぞ・・・マジで」

 王太子の侍従となった俺がやっていたのは、スーレイア・ラウロス嬢の後をついて回る王太子のお守・・・もとい護衛ばかり。
 さすがに転職を決意したものの、王太子の側近という名誉ある仕事を蹴ってしまえば王宮での居場所もなくなってしまう。
 ただでさえ、実家では愛人の子供ということで立場が悪いのだ。家を出て、なにもかも捨てて新天地を目指す以外に道はなくなる。

「そうなると・・・先立つものがいるよな。はあ・・・」

 あの変態皇子に付き合うのもこれが最後だ。そう自分に言い聞かせながらも、ため息が出てしまうのを抑えられなかった。

 主人であるアリオテが俺に命じたのは、こともあろうにスーレイア嬢の誘拐であった。
 少し前まで追放されていたとはいえ、宰相の娘を拉致するなんて王太子の地位すら吹き飛びかけない大不祥事である。

(はたして、あの変態馬鹿王子がそれを理解しているのか・・・いや、加担している俺が言えることじゃないんだが)

 この最後の仕事が終われば、報酬として多額の金銭を得ることができる。そうなれば、あの変態のお守りともおさらばである。
 俺はむーむーと唸っている麻袋を同情を込めて見やり、馬車へと乗り込む。先に乗っていた御者の男に命じて馬車を走らせた。

「・・・悪いな、スーレイアさん。貴女は全く悪くはないが、あの馬鹿皇子に付き合ってくれよ」

「むー?」

「あれでもこの国の次期国王だ。そんなに悪いようにはならないと思うんだけどな」

「むーむー!」

 俺の声が聞こえているのかいないのか、麻袋の中に捕らえられたスーレイアが動物のような唸り声を上げる。
 俺は無性に申し訳ない気分になって頭を掻いた。
 王太子の毒牙にかかることになるであろう少女が、せめて最後には幸福になってくれることを祈り天を仰ぐ。

「ん・・・?」

 そこで・・・ふと奇妙なことに気がついた。
 月明かりに照らされた夜空に、無数の影が飛び回っていたのだ。

「蝙蝠・・・? あんなにたくさん?」

 一匹や二匹ではない。数十匹の蝙蝠の群れが馬車の頭上を覆うようにして飛び回っている。よくよく見てみれば蝙蝠だけではなく梟まで飛んでおり、猛禽類の鋭い眼差しがはっきりとこちらを睨みつけている。

(森や山の中であればまだしも、こんな町中にどうして・・・?)

 ふと、俺の脳裏に昼間の復興作業の光景が浮かぶ。
 大猿を使役して木材や石材を運ばせ、まるでサーカスの猛獣のように彼らを操るスーレイアの姿を。
 町の住民が当たり前のように受け入れ、さらに馬鹿王子の言動に気を取られて深くは考えなかったが、あれは明らかに異常事態だった。

(まるでおとぎ話の『大淫婦』だ・・・もしも、この娘がその力を本当に持っているのならば・・・)

「・・・こりゃあ、心配は杞憂に終わりそうだな。長居は無用だぜ」

 俺は金を受け取ったらすぐに姿を消すことを心に誓い、空を追跡する影に顔を覚えられないようにフードを深々とかぶるのだった。
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