俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

文字の大きさ
上 下
279 / 317
幕間 花咲く乙女

南洋の紫蘭④

しおりを挟む

 大猿を使役して笑顔で復興作業に従事するスー。将来が心配になる娘をなんとも言えない複雑な目で見守っているサミュエル。
 そんな二人を、少し離れた場所から見つめている人物がいた。

「ハアッ・・・ハアッ・・・ハアッ・・・」

 建物の影に身体を隠しているのは身なりのいい若い男である。
 中肉中背の金髪男性は顔立ちこそなかなかに整った容貌をしているものの、両の眼は赤く血走っており、口から荒い息を吐きだしている。
 まるで飢えた獣が獲物を狙うように目を爛々と輝かせる男の姿は、どう贔屓目に見ても不審者としか言いようがない。
 しかし、幸いなことに周囲には男に気がついている人間はなく、衛兵や自警団を呼ばれることもなかった。

「スーレイア・・・ああ、なんで美しいんだ。僕の可愛いスーレイア・・・ハアッ・・・ハアッ・・・」

 男は口の端からジュルリと唾液を垂れ流して陶然とつぶやく。
 自分に酔ったような口ぶりの男の目は完全にどこかにイッてしまっており、まるで危険な薬物でも打ち込んでいるようである。

「スーレイア・・・スーレイア・・・スーレイア・・・スーレイア・・・スーレイアあああっ・・・!」

 壊れた玩具のようにその名を繰り返し呼びながら、男はガリガリと自分の親指の爪を噛んだ。
 明らかな異常者であるその男の正体は、アリオテ・フォン・ガーネット。
 驚くべきことに・・・驚愕すべきことに、スーとサミュエルが暮らしている国、ガーネット王国の王太子であった。

 いかにして一国の王太子が、建物の影から婦女子を見つめる謎生物と成り果てたのだろうか?

 そもそも、スー・・・本名スーレイア・ラウロスとアリオテ王太子は、国王の息子と宰相の娘ということもあって幼い頃から面識があった。
 スーは青髪に金眼という珍しい特徴を持っているものの、その容姿は非常に整っている。それは子供の頃も同様であり、幼少のスーは他の貴族令嬢よりも頭一つ抜きんでた可憐な幼女であった。

 そんなスーに対して、アリオテ少年が恋心を抱くのは必然なことである。
 アリオテは幼女時代のスーに思いを寄せ、どうにか彼女を自分のそばに置こうとした。国王である父親に働きかけて、自分の婚約者にして欲しいとお願いさえした。
 スーはガーネット王国の有力貴族であるラウロス家の令嬢だ。家格は釣り合っているし、国王もサミュエルも一も二もなく賛成した。スーは次期王妃の最有力候補として内々に選定され、時が来ればそのことを国中に公表される予定だった。

 アリオテの誤算は、その時が来る前にスーが『動物と会話をする』という能力を発現してしまい、修道院に入れられてしまったことだろう。そこには、忌まわしい『大淫婦・ガーネット』の血を王家に入れるわけにはいかないというサミュエルの意図もあったに違いない。
 アリオテはあと一歩で恋焦がれる少女を手に入れることができたというのに、運悪く彼女と引き裂かれてしまったのである。

 ちなみに、スーのほうがアリオテに対してどのような感情を持っていたかというと、彼女は自分の婚約者になる予定の皇子に特段の感情を抱いてはいなかった。
 そもそも、アリオテは幼少時から内気な性格をしており、思いを寄せる少女になんのアプローチもしていなかったのである。
 スーにとってアリオテという少年は、父に連れられて王宮を訪れたときに柱や壁の影からこちらを見ているミノムシのような子供・・・その程度の認識であった。

「スーレイア・・・ハアッ、ハアッ・・・!」

 三つ子の魂百までというが、アリオテ王太子は十年経った今もなお人間性を成長させることはなく、建物の影に隠れてスーのことを見つめていた。

「スーレイア・・・愛しい僕のお嫁さん。どうして、君は僕に会いに来てくれないんだい?」

 アリオテは熱病にうなされるような口調で勝手な言い分を漏らした。
 スーが修道院に入れられてから、父王からも会うことを禁じられていた。しかし、キャプテン・ドレークの一件を経て絶縁は解かれており、スーはラウロス家の令嬢としての地位を復権させている。
 会いに行こうと思えばいつでも会いに行ける状態である。にもかかわらず、アリオテはスーのもとを訪ねることはなく、そのくせ毎日のように隠れて彼女の動向を観察し続けていた。

しおりを挟む
感想 1,043

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています

もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。 使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。