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幕間 花咲く乙女
南洋の紫蘭③
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白髪の鬼は女の首を海へと投げ捨て、返り血に染まった顔を島民のほうへと向けてきた。
『なんだあ? つまらないぞお、魔族の生き残りを追いかけてきたらこんなものかあ?』
『あ、貴女はいったい、何者なのでしょう?』
島長が恐る恐る白鬼から話を聞くと、どうやら彼女は紫髪の女を追いかけてこの島にやってきたようである。
紫髪の女の正体は魔族と呼ばれる古代の邪神の眷族であり、たびたび人の世界に災いをもたらしていたのだ。
『で、では貴女様はこの島に危害をもたらすつもりはないと・・・?』
『人をなんだと思っていやがるう!? 食い殺すぞお!』
『ひいいいっ!!』
一通り島民を脅かし終えた白鬼は、殺したサメやクジラの肉を生のままムシャムシャと食べ始めた。
絶対に鬼の機嫌を損ねたくない島民達はわずかに残っていた酒などをふるまい、一刻も早く島から去ってもらえるように平身低頭お願いした。
はっきり言って、島民にとってみれば魔族や海竜よりもその鬼のほうが恐ろしかったのだろう。万が一にもこの島に居ついてしまったら敵わない。
島民達の必死の願いは聞き届けられ、食事を終えた白鬼は小舟に乗って海へと帰ることになった。
帰り際、白鬼は思い出したように島長に尋ねた。
『そうだあ、この女は子供を産んでいないかあ?』
『こ、子供ですか?』
『子供がいるようなら寄越せよお! 隠すとためにならないぞお!?』
紫髪の女がこの島で過ごしたのはわずか一年。しかし、その間に島長との間に赤子が生まれていた。
母親と同じく紫の髪と金色の瞳を持つ赤子。島民の中には殺すべきだと主張する者もいたが、これ以上、魔物を操る力を持った母親を怒らせたくなくてそのままにしていた赤子である。
島長にとっては己の子であるが、本当に血がつながっているのかも判然としない悪魔の子である。自ら手にかけるのも気が引けるし、引き取ってもらえるというのならばこんなに有り難いことはなかった。
『差し上げます。しかし・・・どうされるのですか?』
処分するつもりだろうか、そんな風に予想しながら島長が尋ねると、白鬼は心外だとばかりに唇を歪めた。
『無垢な子供に罪はない、馬鹿なことを言うなよお! 女が赤ん坊を抱いたのなら育てるに決まってるだろお?』
『そ、育てるのですか? その悪魔の子を?』
『人の子として生まれた私が化け物をやってるんだあ、悪魔の子だって育て方次第で人になることもあるだろお! 試してみるのも一興だぞお!』
白鬼はガハハハと笑って、まるで猫の子でも持つように赤子の首をつかんで大海原へと去って行った。
それが『大淫婦・ガーネット』にまつわるおとぎ話である。
この話には続きがあるのだが、その結末はいくつかのパターンに分かれている。
数年後、美しく成長した赤子が島に戻ってきて島民と和解するパターン。
島の若者が仇討ちのために島を出て、魔族の赤子を討ち果たすというパターン。
その若者が成長した赤子と結ばれて、妻として連れて帰るパターン。
いずれにせよ、この島の住人であれば誰もが幼少時から寝物語として聞かされる話であり、紫や青の髪は島では不吉なものとされていた。
スーレイア・ラウロスはその青みがかった髪に金色の瞳をあわせ持ち、おまけに動物と心を通わせるという力まで発現してしまったのだ。
彼女が本当に『大淫婦』の再来であるかにかかわらず、貴族として生きていくにはあまりにも難が多かった。
サミュエルが娘を愛していながら、彼女を手放して修道院に入れる決断をしたのも、スーの幸福を心から願ってのことである。
(だというのに・・・)
スーレイアは獅子王国という侵略者を撃退するのに一役買い、さらに『大淫婦』の力を使って戦後の復興に従事している。
そのおかげで、この国の人々は誰もスーレイアのことを『大淫婦』の再来として非難することはなく、娘のことを受け入れてくれている。
(私がこの子を手放したのは無意味だったのだろうか? それとも、この子の成長のために必要なことだったのだろうか?)
どちらにしても、スーレイアのことはもう心配いらない。
ラウロス家から追放されて様々な経験を経て、この子はもう十分に強くなった。
私が心配する必要のないくらい、立派に成長した。
「あれ、お父様。どうされたんですか?」
大猿に指示を飛ばしていたスーが、視察にきている父親に気がついて駆け寄ってきた。
「あー・・・今日も頑張っているようだな、スーレイア」
「はい! 早くこの国を復興させたいですから!」
父親のねぎらいに、スーが太陽が照るような笑顔で答えた。
そのまぶしすぎる表情に亡き妻を思い出して思わず抱きしめそうになるが、私は父親の威厳を保つために首を振って堪える。
「う、うむ。それでこそ貴族の娘だ。貴族というのは国のため、民のために力を尽くさねばならん」
「はい、心得ています!」
「しかし・・・あまり急ぐことはないのではないか? もっとゆっくり、休みながら進めても・・・」
「いいえ、ダメです!」
父親の言葉をきっぱりと断じて、スーは「むんっ!」と力強く拳を握った。
「私は一刻も早くご主人様の元に戻らなければいけませんから! 早く戻って、奴隷としてご主人様にご奉仕しないと!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか」
(やっぱり心配だああああああああアアアアアアッ!!)
私は表情を凍りつかせたまま、心の中で絶叫するのであった。
『なんだあ? つまらないぞお、魔族の生き残りを追いかけてきたらこんなものかあ?』
『あ、貴女はいったい、何者なのでしょう?』
島長が恐る恐る白鬼から話を聞くと、どうやら彼女は紫髪の女を追いかけてこの島にやってきたようである。
紫髪の女の正体は魔族と呼ばれる古代の邪神の眷族であり、たびたび人の世界に災いをもたらしていたのだ。
『で、では貴女様はこの島に危害をもたらすつもりはないと・・・?』
『人をなんだと思っていやがるう!? 食い殺すぞお!』
『ひいいいっ!!』
一通り島民を脅かし終えた白鬼は、殺したサメやクジラの肉を生のままムシャムシャと食べ始めた。
絶対に鬼の機嫌を損ねたくない島民達はわずかに残っていた酒などをふるまい、一刻も早く島から去ってもらえるように平身低頭お願いした。
はっきり言って、島民にとってみれば魔族や海竜よりもその鬼のほうが恐ろしかったのだろう。万が一にもこの島に居ついてしまったら敵わない。
島民達の必死の願いは聞き届けられ、食事を終えた白鬼は小舟に乗って海へと帰ることになった。
帰り際、白鬼は思い出したように島長に尋ねた。
『そうだあ、この女は子供を産んでいないかあ?』
『こ、子供ですか?』
『子供がいるようなら寄越せよお! 隠すとためにならないぞお!?』
紫髪の女がこの島で過ごしたのはわずか一年。しかし、その間に島長との間に赤子が生まれていた。
母親と同じく紫の髪と金色の瞳を持つ赤子。島民の中には殺すべきだと主張する者もいたが、これ以上、魔物を操る力を持った母親を怒らせたくなくてそのままにしていた赤子である。
島長にとっては己の子であるが、本当に血がつながっているのかも判然としない悪魔の子である。自ら手にかけるのも気が引けるし、引き取ってもらえるというのならばこんなに有り難いことはなかった。
『差し上げます。しかし・・・どうされるのですか?』
処分するつもりだろうか、そんな風に予想しながら島長が尋ねると、白鬼は心外だとばかりに唇を歪めた。
『無垢な子供に罪はない、馬鹿なことを言うなよお! 女が赤ん坊を抱いたのなら育てるに決まってるだろお?』
『そ、育てるのですか? その悪魔の子を?』
『人の子として生まれた私が化け物をやってるんだあ、悪魔の子だって育て方次第で人になることもあるだろお! 試してみるのも一興だぞお!』
白鬼はガハハハと笑って、まるで猫の子でも持つように赤子の首をつかんで大海原へと去って行った。
それが『大淫婦・ガーネット』にまつわるおとぎ話である。
この話には続きがあるのだが、その結末はいくつかのパターンに分かれている。
数年後、美しく成長した赤子が島に戻ってきて島民と和解するパターン。
島の若者が仇討ちのために島を出て、魔族の赤子を討ち果たすというパターン。
その若者が成長した赤子と結ばれて、妻として連れて帰るパターン。
いずれにせよ、この島の住人であれば誰もが幼少時から寝物語として聞かされる話であり、紫や青の髪は島では不吉なものとされていた。
スーレイア・ラウロスはその青みがかった髪に金色の瞳をあわせ持ち、おまけに動物と心を通わせるという力まで発現してしまったのだ。
彼女が本当に『大淫婦』の再来であるかにかかわらず、貴族として生きていくにはあまりにも難が多かった。
サミュエルが娘を愛していながら、彼女を手放して修道院に入れる決断をしたのも、スーの幸福を心から願ってのことである。
(だというのに・・・)
スーレイアは獅子王国という侵略者を撃退するのに一役買い、さらに『大淫婦』の力を使って戦後の復興に従事している。
そのおかげで、この国の人々は誰もスーレイアのことを『大淫婦』の再来として非難することはなく、娘のことを受け入れてくれている。
(私がこの子を手放したのは無意味だったのだろうか? それとも、この子の成長のために必要なことだったのだろうか?)
どちらにしても、スーレイアのことはもう心配いらない。
ラウロス家から追放されて様々な経験を経て、この子はもう十分に強くなった。
私が心配する必要のないくらい、立派に成長した。
「あれ、お父様。どうされたんですか?」
大猿に指示を飛ばしていたスーが、視察にきている父親に気がついて駆け寄ってきた。
「あー・・・今日も頑張っているようだな、スーレイア」
「はい! 早くこの国を復興させたいですから!」
父親のねぎらいに、スーが太陽が照るような笑顔で答えた。
そのまぶしすぎる表情に亡き妻を思い出して思わず抱きしめそうになるが、私は父親の威厳を保つために首を振って堪える。
「う、うむ。それでこそ貴族の娘だ。貴族というのは国のため、民のために力を尽くさねばならん」
「はい、心得ています!」
「しかし・・・あまり急ぐことはないのではないか? もっとゆっくり、休みながら進めても・・・」
「いいえ、ダメです!」
父親の言葉をきっぱりと断じて、スーは「むんっ!」と力強く拳を握った。
「私は一刻も早くご主人様の元に戻らなければいけませんから! 早く戻って、奴隷としてご主人様にご奉仕しないと!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか」
(やっぱり心配だああああああああアアアアアアッ!!)
私は表情を凍りつかせたまま、心の中で絶叫するのであった。
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