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第4章 砂漠陰謀編

69.浴場の襲撃者

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「ふうー・・・」

 スフィンクス辺境伯領領都テーベにて。俺はスフィンクス家から与えられた屋敷の浴室で長い息をついた。

 ベナミス・セイバールーンを取り逃がしてから数日。スフィンクス辺境伯への報告を済ませた俺は、度重なる騒動での疲れを入浴によって落としていた。
 スフィンクス家の領地は乾いた土地が多く、あまり水が豊富にあるとはいえない。
 そのため、めったに浴槽に湯を張るような贅沢はできないのだが、今回の戦争の功労者としてテーベに暮らす人々が特別に大量の水をかき集めてくれたのだ。
 黒幕を取り逃がした俺がこの素晴らしいご褒美を受け取っていいものかと悩みもしたが、最終的には久しぶりの入浴という魅力に勝つことはできず、厚意に甘えることになってしまった。

「やはり風呂はいいな。疲れているときであればなおさらだ」

「今回はずっと強行軍でしたからね。本当にお疲れさまでした」

 肩まで浴槽に使った俺の隣にいるのは『鋼牙』に所属する暗殺者のサクヤである。入浴中ということもあり、彼女も当然ながら一糸纏わぬ裸だった。
 黒い髪を頭の上でまとめて、十分な広さのある浴槽にもかかわらず必要以上に俺に密着して肌をこすりつけてくる。

「とても心配したんですよ? ディンギル様がギザ要塞に出兵されてしまって。おまけに、後からお一人で『死者の都』に乗り込んだと聞いた時には、卒倒してしまうかと思いました」

「あー・・・悪かった。ちょっとばかり軽率だったな」

 実際、あの時は我ながら頭に血が上っていたと思っている。
 親しいといえるほどの関係ではなかったものの、好敵手であったバロン先輩と不本意な形で決着をつけさせられたことが俺の戦意の火をつけてしまったようだ。我ながら無謀なことをしたものだと反省している。

「とはいえ・・・あれが間違いだったとは思わないさ。スフィンクス家には大きな貸しを作ることができたし、『死者の都』にあった莫大な財宝を入手することもできた。人類を脅かす邪神の生き残りを葬り去ることもできたからな」

「邪神・・・話には聞いていましたが、本当にいたのですね」

 嘆息するサクヤに、俺はやれやれと言わんばかりに肩をすくめて頷いた。

「ああ、キャプテン・ドレークの話を聞いて、俺も半信半疑だったんだが・・・直接、目にしちまったからには信じるしかなさそうだな」

 終わってみれば驚くほどあっさりと倒せたものだが、死者の女王を操っていた邪神は古代遺跡などに生息している魔物とは一線を画する威圧感を放っていた。
 魔法無効化、神殺しの力を持つ【無敵鉄鋼】があったからこそ苦戦することもなく勝利することができたが、もしも条件が違っていたのならこちらが敗北する未来もありえただろう。

「生き残りの邪神がアレだけとは限らないからな・・・ひょっとしたら、これからもあんなのに出くわすかもしれない。少しうんざりするぜ」

 俺は湯船に肩まで沈めて、ゆっくりと目を閉じた。

 かつて、キャプテン・ドレークは言っていた。
 俺が持つ【無敵鉄鋼】は邪神を殺すための武器である。俺がその剣に選ばれたのは、殺すべき邪神が残っているからかもしれない、と。
 はたして俺が殺すべき邪神はあの目玉触手だけなのだろうか?
 それとも、ほかにも殺すべき敵は残っているのだろうか?

(いいさ、どちらでも構わない)

 俺は誓ったのだ。
 どんな敵であろうが、俺の野望に立ちふさがるものは叩き斬ることを。
 人間だろうが、魔物だろうが、邪神だろうが、関係ない。俺は己の道を阻むものと戦い続ける。それ以外に道などない。

「俺のやることに変わりはないな。これからも好き勝手やらせてもらうさ」

「好き勝手・・・私の知らないところでまた新しい女を増やしたようにですか?」

「女って・・・これのことかよ」

 俺は浴室にいる最後の人物を指さした。
 サクヤが俺に寄り添っているのに対して、その少女は広い浴槽の少し離れた場所でぼんやりと湯に浸かっている。

「・・・・・・」

 俺達の会話に全くの反応を示さない彼女は、俺が『死者の都』から連れ帰った『恐怖の軍勢』の女王。邪神に寄生されて砂漠の文明を滅ぼした少女・ネフェルティナであった。

「これを女と呼んでいいものかね? 見てみろよ」

 俺はネフェルティナの手を引いて抱き寄せる。少女は抵抗することなくすっぽりと俺の腕の中に収まった。
 ネフェルティナもサクヤと同じく服も下着も身に着けていない。俺はそんな彼女の胸を不躾に触り、グニグニとゴム毬を転がすようにしてもてあそぶ。

「・・・・・・」

 サクヤヤよりも二回りは大きい乳房をいくら触られても、ネフェルティナの表情はまるで変わらない。もしも体温や胸の鼓動がなければ、死体か人形と間違えるほどの無反応であった。

「今のこいつを愛人として扱うようになったら、いよいよ俺も末期だな。さすがにそこまで飢えちゃいないよ」

「愛人にするつもりでないのなら、どうしてわざわざ連れて帰ってきたのですか? 生かしておくメリットがあるとは思えませんが・・・」

「・・・さて、どうしてだろうな」

 そのあたりの理由は、正直なところ俺にもよくわかっていなかった。
 強引に説明をつけるのならば、この娘を殺してしまえばあの邪神がざまあみろと喜びそうだと意地になってしまったのかもしれない。

「まあ・・・抱き枕くらいにはなりそうだからな。とりあえずは、その程度の認識にしておいてくれ」

「そうですか・・・抱き枕」

「・・・・・・」

 生きた人間を抱き枕扱いとは、我ながらクズな発言だと思う。
 しかし、どんな理由であっても生かしておけば、いつか救いが芽吹くこともあるかもしれない。
 この娘の処遇は、その時にでも決めればいいだろう。

「失礼します、マクスウェル様」

「ああ!?」

 しみじみとした空気を切り裂いて、浴室の扉が開け放たれた。
 そこに立っていた人物の姿を見て、俺は思わず目を見開いてしまった。

「私達もご一緒してもよろしいでしょうか?」

「あう・・・」

 浴室に足を踏み入れてきたのはミスト・カイロとナーム・スフィンクスの二人の女性であった。

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