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第4章 砂漠陰謀編
67.不倶戴天の人妖
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「やった・・・のであるか?」
オボロが呆然とつぶやく。
先ほどまでベナミスがいた中空には誰の姿もない。死体も、服の切れ端すらも残されていない。
「・・・・・・」
俺は『天主帝釈』を解除した。しかし、警戒を崩すことなく、剣は抜いたまま辺りを注意深くうかがう。
斬った。確実に斬った。
その確かな手応えがあるのだが、いまだに頭の中には警報が鳴り響いている。
戦いが終わったという確信を、どうしても持つことができなかった。
『一度だけ、自分の身代わりになってくれる魔具【反魂形代】』
「なっ!? どこであるかっ!」
「チッ・・・やっぱり生きていやがったか」
虚空からベナミスの声が響いてきた。俺は舌打ちをかまし、オボロが驚いて周囲を見回す。そんな俺達を嘲笑うように、姿無き声は朗々と言葉を重ねる。
『それじゃあ、ディンギルさん。今度こそ、さようならです・・・できれば、もう二度と会うことがないように祈っていますよ』
ベナミスは姿を現すことなく、一方的に別れを告げた。
俺の頭の中に響いていた警報が徐々に薄れていき、ピタリと鳴り止んだ。直感的なことだが、敵がその場から去ってしまったのを悟る。
「・・・ベナミス・セイバールーンは『昼行灯』か」
俺は眼光を険しくさせて苦々しくつぶやき、乱暴に剣を払った。八つ当たりのように振られた刃によって足元に生えていた草が千切れて宙へと舞う。
「噂はアテにならないもんだな・・・・・・お前は立派な人妖だよ。随分とでっかい牙を隠しやがって」
どうやら自分はベナミス・セイバールーンという男を侮っていたようだ。
不死身の魔人であるキャプテン・ドレークや、ミイラとなったバロン・スフィンクス。そして、百年にわたって砂漠に死者の群れを放っていた邪神を討伐して、少しばかり天狗になっていたのかもしれない。
あの男は決して片手間で相手できるような生温い敵ではない。全力をもって殺さなければこちらが殺される、倶に天を戴くことができない宿敵だ。
「わ、若殿、よいのであるか? このまま逃がしてしまって」
闇夜を睨みつける俺へと、オボロが怯えた様子で声を震わせた。剣を鞘に納めながら、俺は鼻を鳴らして答える。
「いいさ、構わん。逃がしてやろうじゃねえか」
「む・・・今なら追跡できるかもしれないのであるが・・・?」
「追わなくてもいいぞ。あいつには王都で晩メシを奢ってもらった借りがあるからな。今回のところは見逃してやる」
証人であるナーヒブ・マッサーブは殺され、彼が持っていた証拠品も奪われた。
俺は何一つ得ることはなく、斬りつけられた胸の傷だけが残されている。
久しぶりの敗北。殺そうと思った相手を逃がしてしまったのはキャプテン・ドレーク以来の事だが、受けた屈辱はあの時をはるかに超えていた。
「ただし・・・次に顔を合わせたら死ぬまで殺す。せいぜい町でバッタリ会わないように気をつけるんだな」
ドレークもバロンも、最後には殺してやったのだ。
ならば・・・ベナミス・セイバールーンだって殺してやろうじゃないか。
「今、この瞬間から俺がお前の死神だ。お前は俺が殺す。髪の毛一本たりともこの世に生き長らえさせてやるものか。一時たりとも忘れるなよ。剣聖ベナミス・セイバールーン!」
俺は夜空を見上げて月にめがけて宣言する。
この絶対滅殺の意思が、この場にはいないベナミスへと届くことを信じて。
結局、ベナミスのせいでナーヒブ・マッサーブ子爵が『恐怖の軍勢』の流入を引き起こしたという証拠はつかめなかった。
中央貴族の関与も認めさせることはできず、黒幕の正体は闇の中へ葬られた。
しかし、捕えたマッサーブの配下からそれ以外の不正や横領について証拠を得ることができ、それを理由としてマッサーブ子爵家はお取りつぶしとなった。
マッサーブ家の領地と財産はスフィンクス家の預かりとなり、彼を中心とした『白肌』貴族の派閥は瓦解することになった。
結果、西方辺境はスフィンクス家を中心とする『黒肌』の貴族が完全に支配することとなり、戦前以上に政治的な影響力を深めることになる。
余談となるが、ジャール・メンフィスの母親はすでに亡くなっており、骸は墓に入れられることもなく森に打ち捨てられていた。
マッサーブ家の使用人の話では、ナーヒブ・マッサーブがスフィンクス家に対する鬱憤を彼らと同じ『黒肌』の彼女へとぶつけており、虐待が過ぎた結果として殺害にまで至ってしまったそうである。
唯一、救いといえるのはジャールの姉が自力でマッサーブのもとを脱しており、行方不明になっていることだろうか。
息子の仇であるはずのジャールの死を悼んだベルト・スフィンクスが捜索をしているようだが、まだ発見には至っていない。
かくして、西方辺境をめぐる『恐怖の軍勢』との戦いは決着がついた。
いくつかの後味の悪い結果を残して、砂漠から陰謀の暗雲が晴れたのであった。
オボロが呆然とつぶやく。
先ほどまでベナミスがいた中空には誰の姿もない。死体も、服の切れ端すらも残されていない。
「・・・・・・」
俺は『天主帝釈』を解除した。しかし、警戒を崩すことなく、剣は抜いたまま辺りを注意深くうかがう。
斬った。確実に斬った。
その確かな手応えがあるのだが、いまだに頭の中には警報が鳴り響いている。
戦いが終わったという確信を、どうしても持つことができなかった。
『一度だけ、自分の身代わりになってくれる魔具【反魂形代】』
「なっ!? どこであるかっ!」
「チッ・・・やっぱり生きていやがったか」
虚空からベナミスの声が響いてきた。俺は舌打ちをかまし、オボロが驚いて周囲を見回す。そんな俺達を嘲笑うように、姿無き声は朗々と言葉を重ねる。
『それじゃあ、ディンギルさん。今度こそ、さようならです・・・できれば、もう二度と会うことがないように祈っていますよ』
ベナミスは姿を現すことなく、一方的に別れを告げた。
俺の頭の中に響いていた警報が徐々に薄れていき、ピタリと鳴り止んだ。直感的なことだが、敵がその場から去ってしまったのを悟る。
「・・・ベナミス・セイバールーンは『昼行灯』か」
俺は眼光を険しくさせて苦々しくつぶやき、乱暴に剣を払った。八つ当たりのように振られた刃によって足元に生えていた草が千切れて宙へと舞う。
「噂はアテにならないもんだな・・・・・・お前は立派な人妖だよ。随分とでっかい牙を隠しやがって」
どうやら自分はベナミス・セイバールーンという男を侮っていたようだ。
不死身の魔人であるキャプテン・ドレークや、ミイラとなったバロン・スフィンクス。そして、百年にわたって砂漠に死者の群れを放っていた邪神を討伐して、少しばかり天狗になっていたのかもしれない。
あの男は決して片手間で相手できるような生温い敵ではない。全力をもって殺さなければこちらが殺される、倶に天を戴くことができない宿敵だ。
「わ、若殿、よいのであるか? このまま逃がしてしまって」
闇夜を睨みつける俺へと、オボロが怯えた様子で声を震わせた。剣を鞘に納めながら、俺は鼻を鳴らして答える。
「いいさ、構わん。逃がしてやろうじゃねえか」
「む・・・今なら追跡できるかもしれないのであるが・・・?」
「追わなくてもいいぞ。あいつには王都で晩メシを奢ってもらった借りがあるからな。今回のところは見逃してやる」
証人であるナーヒブ・マッサーブは殺され、彼が持っていた証拠品も奪われた。
俺は何一つ得ることはなく、斬りつけられた胸の傷だけが残されている。
久しぶりの敗北。殺そうと思った相手を逃がしてしまったのはキャプテン・ドレーク以来の事だが、受けた屈辱はあの時をはるかに超えていた。
「ただし・・・次に顔を合わせたら死ぬまで殺す。せいぜい町でバッタリ会わないように気をつけるんだな」
ドレークもバロンも、最後には殺してやったのだ。
ならば・・・ベナミス・セイバールーンだって殺してやろうじゃないか。
「今、この瞬間から俺がお前の死神だ。お前は俺が殺す。髪の毛一本たりともこの世に生き長らえさせてやるものか。一時たりとも忘れるなよ。剣聖ベナミス・セイバールーン!」
俺は夜空を見上げて月にめがけて宣言する。
この絶対滅殺の意思が、この場にはいないベナミスへと届くことを信じて。
結局、ベナミスのせいでナーヒブ・マッサーブ子爵が『恐怖の軍勢』の流入を引き起こしたという証拠はつかめなかった。
中央貴族の関与も認めさせることはできず、黒幕の正体は闇の中へ葬られた。
しかし、捕えたマッサーブの配下からそれ以外の不正や横領について証拠を得ることができ、それを理由としてマッサーブ子爵家はお取りつぶしとなった。
マッサーブ家の領地と財産はスフィンクス家の預かりとなり、彼を中心とした『白肌』貴族の派閥は瓦解することになった。
結果、西方辺境はスフィンクス家を中心とする『黒肌』の貴族が完全に支配することとなり、戦前以上に政治的な影響力を深めることになる。
余談となるが、ジャール・メンフィスの母親はすでに亡くなっており、骸は墓に入れられることもなく森に打ち捨てられていた。
マッサーブ家の使用人の話では、ナーヒブ・マッサーブがスフィンクス家に対する鬱憤を彼らと同じ『黒肌』の彼女へとぶつけており、虐待が過ぎた結果として殺害にまで至ってしまったそうである。
唯一、救いといえるのはジャールの姉が自力でマッサーブのもとを脱しており、行方不明になっていることだろうか。
息子の仇であるはずのジャールの死を悼んだベルト・スフィンクスが捜索をしているようだが、まだ発見には至っていない。
かくして、西方辺境をめぐる『恐怖の軍勢』との戦いは決着がついた。
いくつかの後味の悪い結果を残して、砂漠から陰謀の暗雲が晴れたのであった。
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