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第4章 砂漠陰謀編
64.もう一人の黒幕
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「さて・・・言い残すことはあるか。マッサーブ子爵」
「お、お前がディンギル・マクスウェル!? どうしてここにっ!?」
俺の目の前で、『鋼牙』に取り押さえられた白豚・・・もとい『白肌』の貴族、ナーヒブ・マッサーブ子爵がガタガタと震えている。
冷たい目でマッサーブを見下ろし、俺は腰に差した剣の柄を指先で叩く。
「正直・・・お前のようなみっともない男がこの一件の黒幕だったとか思いたくないんだけどな。お前ごときのためにバロン先輩が殺されて、西方辺境が無茶苦茶にされて、あの二人が泣くことになったとか信じたくねえよ」
俺はナームとミスト、二人の顔を思い浮かべて吊り上げた両目をさらに険しくさせる。
目の前で震えている男は明らかに小物といった雰囲気であり、多くの人を巻き込んだ陰謀の黒幕としてはあまりにも覇気がない。
「せめて・・・敵と呼ぶに値する男であることを期待していたんだが。噂以下の男だったようで残念だよ」
「ま、待て、待ってくれ! ディンギル・マクスウェル!」
剣を抜こうとする俺の様子に危機感を感じたのか、慌てたようにマッサーブが言い募る。
「わ、私を殺すつもりなのか!? 頼む、助けてくれ! 金だったらいくらでも払う!」
「金ねえ・・・生憎とでっかい貯金箱を見つけたばかりで、懐はあったかいんだよな」
『死者の都』で発見された財宝はスフィンクス家によって回収が始められている。
領都テーベから死者の都まではどれだけ急いでも数日もかかってしまう距離にあるため、莫大な財宝すべてを運ぶにはまだまだ時間がかかる。
それでも、その半分が俺とマクスウェル家に入る予定になっているため、豚の貯め込んだ小銭程度はした金といっていい。
「そもそも、金が欲しかったらテメエを殺して奪えば済む話だろうが。主家を裏切った豚を生かしておく理由にはならねえよ」
「そ、そんな・・・!」
「長生きがしたいのなら、他に取引材料を用意するんだな。なにもないのならここがお前の墓場になるだろう」
「で、では、すべてを証言いたします! 今回の一件は私が引き起こしたものではありません! 中央の貴族にそそのかされてしまったが故のことなのです!」
マッサーブは地面に転がりながら、媚びるような笑みを顔に貼りつけて俺を見上げた。
ヘラヘラと卑屈な笑みに殺意すら芽生えてしまうが、とりあえずは最後まで話を聞くことにする。
「これは中央貴族による西方への侵略なのです! これを公表すれば彼らを公の場で裁くことができるでしょう! 中央貴族の勢力は減衰し、もはやこれ以上、西方辺境に・・・いえ、東方辺境を含めた地方貴族に手出しをする余裕はなくなりましょうぞ!」
「ほう・・・」
「お望みとあらば、喜んで証言台に立ちましょう! 私をここで殺すよりも、そちらのほうが利があるのではないですか!?」
さすがはスフィンクス家に逆らいながらも、政治力と口先で生き残っていた貴族である。短期間でこちらの利益になるであろう材料を見つけ出し、取引のカードとして提示してきた。
取引材料が金品であれば力づくで奪い取ることも可能だが、「公式の証言」という行動であったならば目の前の男を殺すわけにはいかなくなる。
俺はしばし迷いながら、最終的には納得して首を縦に振った。
「・・・なるほど、仕方がない。お前をここで解体できないのは残念だが、もう少しだけ生かしておいてやろう」
「あ、ありがとうございます!」
「その代わり、お前をこのままスフィンクス家に引き渡させてもらう。息子を殺害された辺境伯殿がお前をどうするか・・・それは保証しないがな」
「ひっ・・・」
マッサーブの瞳が怯えの色に染まる。スフィンクス辺境伯がこの男を証言台に立つまで生かしておくかどうか、怪しいところである。
俺は鼻を鳴らして、『鋼牙』に豚の連行を命じる。マッサーブを取り押さえている男と、その後ろに控えていたもう一人の男が、二人がかりで豚を両脇から抱えて強引に立ち上がらせる。
とりあえずは、マッサーブ子爵の処遇はこれでいい。中央貴族への訴追などの面倒事はベルト・スフィンクスに任せるとしよう。
俺は豚に背を向けて立ち去ろうとするが・・・そこで予想外の事態が生じた。
「ぶひっ・・・?」
「ああ?」
背後で、マッサーブの口から豚の鳴き声のような声が漏れた。振り返ると、贅肉をたっぷりと蓄えた身体が前に傾げてゆっくりと倒れていく。
「これは・・・」
「なっ・・・馬鹿な! いったいなにが・・・!?」
マッサーブの背中には一本の剣が突き刺さっていた。剣はまるで最初からそこにあったかのように、まったくの気配もなくその場に出現した。
マッサーブを取り押さえていた二人が驚きに声を張って周囲を見回すが、カンテラの明かりに照らされた周囲に誰の人影もない。
「警戒しろ! 誰かいるぞ!」
「は・・・はいっ!」
俺は鋭く命じて、腰に差さった剣を抜いた。『鋼牙』の二人も武器を抜いて、周囲に視線を走らせる。
周りにあるのは闇ばかり。誰の姿も見られない。しかし――そんな闇の中から朗々とした声が響く。
「さすがにその男が証言台に立たれると少し面倒なので、始末させてもらいましたよ。いやあ、保身のためにあっさりと裏切るなんて本当に誇りのない男ですねえ」
「お前は・・・」
いったい何の冗談なのだろうか。その男は先ほど俺が背もたれにしていた木の陰から姿を現した。
腰に剣を差し、和やかな笑みを浮かべながらこちらへと歩いてくる。
そして――こちらの間合いの一歩手前で立ち止まり、再会した友人にするようにして右手を振ってきた。
「お久しぶり・・・というほどではありませんね。またお会いしました、ディンギルさん?」
「・・・ベナミス・セイバールーン。お前か」
そこに立っていたのは若き剣聖。
先日、王都へ立ち寄った時に食事を共にした男、ベナミス・セイバールーンであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お知らせ
本日、3月19日に『俺もクズだが』の書籍版が出荷されます。
『虎の穴』で購入されますと、ショートストーリー入りのカードが特典として付いてきます。
また、『虎の穴』で購入されなくても、電子版を購入いただけると、ショートストーリーを読むことができます。ぜひともお買い上げになって読んでみてください!
今後とも本作をよろしくお願い致します!
「お、お前がディンギル・マクスウェル!? どうしてここにっ!?」
俺の目の前で、『鋼牙』に取り押さえられた白豚・・・もとい『白肌』の貴族、ナーヒブ・マッサーブ子爵がガタガタと震えている。
冷たい目でマッサーブを見下ろし、俺は腰に差した剣の柄を指先で叩く。
「正直・・・お前のようなみっともない男がこの一件の黒幕だったとか思いたくないんだけどな。お前ごときのためにバロン先輩が殺されて、西方辺境が無茶苦茶にされて、あの二人が泣くことになったとか信じたくねえよ」
俺はナームとミスト、二人の顔を思い浮かべて吊り上げた両目をさらに険しくさせる。
目の前で震えている男は明らかに小物といった雰囲気であり、多くの人を巻き込んだ陰謀の黒幕としてはあまりにも覇気がない。
「せめて・・・敵と呼ぶに値する男であることを期待していたんだが。噂以下の男だったようで残念だよ」
「ま、待て、待ってくれ! ディンギル・マクスウェル!」
剣を抜こうとする俺の様子に危機感を感じたのか、慌てたようにマッサーブが言い募る。
「わ、私を殺すつもりなのか!? 頼む、助けてくれ! 金だったらいくらでも払う!」
「金ねえ・・・生憎とでっかい貯金箱を見つけたばかりで、懐はあったかいんだよな」
『死者の都』で発見された財宝はスフィンクス家によって回収が始められている。
領都テーベから死者の都まではどれだけ急いでも数日もかかってしまう距離にあるため、莫大な財宝すべてを運ぶにはまだまだ時間がかかる。
それでも、その半分が俺とマクスウェル家に入る予定になっているため、豚の貯め込んだ小銭程度はした金といっていい。
「そもそも、金が欲しかったらテメエを殺して奪えば済む話だろうが。主家を裏切った豚を生かしておく理由にはならねえよ」
「そ、そんな・・・!」
「長生きがしたいのなら、他に取引材料を用意するんだな。なにもないのならここがお前の墓場になるだろう」
「で、では、すべてを証言いたします! 今回の一件は私が引き起こしたものではありません! 中央の貴族にそそのかされてしまったが故のことなのです!」
マッサーブは地面に転がりながら、媚びるような笑みを顔に貼りつけて俺を見上げた。
ヘラヘラと卑屈な笑みに殺意すら芽生えてしまうが、とりあえずは最後まで話を聞くことにする。
「これは中央貴族による西方への侵略なのです! これを公表すれば彼らを公の場で裁くことができるでしょう! 中央貴族の勢力は減衰し、もはやこれ以上、西方辺境に・・・いえ、東方辺境を含めた地方貴族に手出しをする余裕はなくなりましょうぞ!」
「ほう・・・」
「お望みとあらば、喜んで証言台に立ちましょう! 私をここで殺すよりも、そちらのほうが利があるのではないですか!?」
さすがはスフィンクス家に逆らいながらも、政治力と口先で生き残っていた貴族である。短期間でこちらの利益になるであろう材料を見つけ出し、取引のカードとして提示してきた。
取引材料が金品であれば力づくで奪い取ることも可能だが、「公式の証言」という行動であったならば目の前の男を殺すわけにはいかなくなる。
俺はしばし迷いながら、最終的には納得して首を縦に振った。
「・・・なるほど、仕方がない。お前をここで解体できないのは残念だが、もう少しだけ生かしておいてやろう」
「あ、ありがとうございます!」
「その代わり、お前をこのままスフィンクス家に引き渡させてもらう。息子を殺害された辺境伯殿がお前をどうするか・・・それは保証しないがな」
「ひっ・・・」
マッサーブの瞳が怯えの色に染まる。スフィンクス辺境伯がこの男を証言台に立つまで生かしておくかどうか、怪しいところである。
俺は鼻を鳴らして、『鋼牙』に豚の連行を命じる。マッサーブを取り押さえている男と、その後ろに控えていたもう一人の男が、二人がかりで豚を両脇から抱えて強引に立ち上がらせる。
とりあえずは、マッサーブ子爵の処遇はこれでいい。中央貴族への訴追などの面倒事はベルト・スフィンクスに任せるとしよう。
俺は豚に背を向けて立ち去ろうとするが・・・そこで予想外の事態が生じた。
「ぶひっ・・・?」
「ああ?」
背後で、マッサーブの口から豚の鳴き声のような声が漏れた。振り返ると、贅肉をたっぷりと蓄えた身体が前に傾げてゆっくりと倒れていく。
「これは・・・」
「なっ・・・馬鹿な! いったいなにが・・・!?」
マッサーブの背中には一本の剣が突き刺さっていた。剣はまるで最初からそこにあったかのように、まったくの気配もなくその場に出現した。
マッサーブを取り押さえていた二人が驚きに声を張って周囲を見回すが、カンテラの明かりに照らされた周囲に誰の人影もない。
「警戒しろ! 誰かいるぞ!」
「は・・・はいっ!」
俺は鋭く命じて、腰に差さった剣を抜いた。『鋼牙』の二人も武器を抜いて、周囲に視線を走らせる。
周りにあるのは闇ばかり。誰の姿も見られない。しかし――そんな闇の中から朗々とした声が響く。
「さすがにその男が証言台に立たれると少し面倒なので、始末させてもらいましたよ。いやあ、保身のためにあっさりと裏切るなんて本当に誇りのない男ですねえ」
「お前は・・・」
いったい何の冗談なのだろうか。その男は先ほど俺が背もたれにしていた木の陰から姿を現した。
腰に剣を差し、和やかな笑みを浮かべながらこちらへと歩いてくる。
そして――こちらの間合いの一歩手前で立ち止まり、再会した友人にするようにして右手を振ってきた。
「お久しぶり・・・というほどではありませんね。またお会いしました、ディンギルさん?」
「・・・ベナミス・セイバールーン。お前か」
そこに立っていたのは若き剣聖。
先日、王都へ立ち寄った時に食事を共にした男、ベナミス・セイバールーンであった。
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お知らせ
本日、3月19日に『俺もクズだが』の書籍版が出荷されます。
『虎の穴』で購入されますと、ショートストーリー入りのカードが特典として付いてきます。
また、『虎の穴』で購入されなくても、電子版を購入いただけると、ショートストーリーを読むことができます。ぜひともお買い上げになって読んでみてください!
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