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第4章 砂漠陰謀編
63.地獄という逃げ場
しおりを挟むかくして、『恐怖の軍勢』の侵入という西方辺境を襲った問題は解決した。
邪神を倒されて【黄泉鍵杖】を破壊したことで侵入した死者は残らず砂となった。
スフィンクス家によって『死者の都』には探索隊が送られることになり、遠からず遺跡に残された莫大な財宝が回収されるだろう。
十分すぎる復興費用を得たことで没落しかけていたスフィンクス家も息を吹き返すことになり、滅ぼされた村や町の建て直しも進むはずである。
避難していた人々も徐々に戻ってきており、西方辺境は一歩ずつではあるが復興へと向かって行った。
そんな中、安堵に包まれた西方辺境の現状を喜ばしく思わない者もいた。
「クソッ! どうしてこんなことになったのだ!」
領都テーベの東にある小さな町。その郊外にある小さな屋敷にて、西方貴族の一人ナーヒブ・マッサーブ子爵はこれでもかと表情を歪めて、己の頭を掻きむしった。
ここ数年ですっかり薄くなってきた頭からはハラハラと髪の毛が落ちるが、そんなことを気にしている余裕はマッサーブにはなかった。
「どうする? どうすればいい!? どうすれば助かるのだ!?」
隠れ家にしている屋敷の中、マッサーブはひたすらに自分が助かる方法を考える。
スフィンクス家はディンギル・マクスウェルの活躍によってギザ要塞を奪還した。未確認であるが、領内に侵入していた他の死者も突然、砂になって滅びたとの情報も入ってきている。これにより西方辺境は『恐怖の軍勢』の危機を脱して、復興へと向かっていた。
戦いが終わったことで余裕ができたスフィンクス家は、いずれマッサーブ子爵家をはじめとした今回の戦いに非協力的だった『白肌貴族』への追及を始めるだろう。
追及が続けば、マッサーブが中央の貴族と協力してバロン・スフィンクスの暗殺を実行し、『恐怖の軍勢』を西方辺境に呼び込んだことまで露見してしまうかもしれない。
「まずい、まずいぞ・・・! ジャールの奴め、まさか私のことをバラしてはいないだろうな!?」
内通者であるジャール・メンフィスはギザ要塞で命を落としたと報告を受けている。
ジャールにはディンギル・マクスウェルの殺害を命じているため、返り討ちにあった可能性が高い。
ベルト・スフィンクスとその娘を狙って送り込んだ暗殺者とも連絡を取ることができなくなっており、彼らが失敗したことは確実である。
「と、とにかく証拠の隠蔽だ! それから、しばらくは身を隠して対策を練らなければ!」
一月前から借りているこの屋敷も、遠からずスフィンクス家に見つかるだろう。マッサーブは中央貴族と通じていた証拠の書類と金品をカバンに詰めて、屋敷の裏口から外に出た。
すでに時計は頂点を回っている。小さな田舎町であるその場所は静まり返っており、人気もほとんどない。
「とりあえずは病気で療養ということにして表舞台から姿を消し、王都の近くに身を隠すとしよう・・・中央貴族のお膝元であれば、奴らも容易く手が出せまい!」
「それで? その後はどうするつもりだ」
「うむ、中央の協力者に金を送ってスフィンクス家を宥めてもらう。奴らも多少は弱体化しているだろうし、あまり強く出られないはず・・・・・・はっ!?」
突然、かけられた言葉に思わず答えてしまい、マッサーブは唇をひきつらせて足を止めた。
「そんなに逃げ出したいのなら、おすすめの場所があるぜ? 地獄とかどうだよ?」
「お、おおおおっ、お前は・・・!?」
ギリギリと壊れたゼンマイのような動きでマッサーブが横に顔を向ける。
裏口のすぐそばに立っている木の幹に背中を預けて、若い男が立っている。その腰には一本の剣が差してあり、右手はその柄に添えられている。
男は皮肉そうに牙を剥いて笑う。まるで肉食獣が獲物を見るような目つきに、マッサーブは背筋を震わせた。
「一応は自己紹介をさせてもらおう。ディンギル・マクスウェルだ。初めまして、そして・・・さようならだな」
「ふぎいっ!?」
マッサーブの背後に何者かが現れて、彼の身体を地面に倒す。
無様に地面を舐めながら、『白肌貴族』のリーダーである男は恐怖とともに、ディンギル・マクスウェルを名乗る男を見上げた。
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