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第4章 砂漠陰謀編
62.父の憤怒、父の悲哀
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スフィンクス家に到着した俺は、使用人の案内で応接室へと通された。
部屋にはすでにスフィンクス辺境伯家の当主である、ベルト・スフィンクスが待ち構えていた。
なぜか鬱憤をため込んだように顔を赤くした当主は、苛立たしげにテーブルを指で叩き、俺が部屋に入るや否や口を開いた。
「昨晩はお楽しみだったようだな。ああ?」
「なにを言っているのか、まったくもってわかりませんが・・・別に楽しんでいませんよ。お義父さん」
「お前に父と呼ばれる筋合いはないわ! この外道めが!」
冗談で言っただけなのに、本気で怒鳴られてしまった。
そんなに娘が心配ならば迎えに来ればよかったと思うのだが、それが簡単にできないあたりが父親という生き物の難しいところなのかもしれない。
「やれやれ・・・俺は一応、西方辺境を救った恩人のつもりなんですけどね。外道呼ばわりはさすがに心外ですよ」
「む・・・それは、まあ、感謝しているが・・・」
「心配しなくとも、青い果実をつまみ食いするような真似はしませんよ。あと五年も経ったら話は違いますけどね」
「それはそれで納得がいかないのだが・・・いや、ううむ・・・」
ベルトは難しそうな顔で考え込む。
俺はぶつぶつと独り言を口にしている老け顔の男の許可をとることなく、勝手に椅子へと座った。さらに、無遠慮にテーブルの上に置かれたティーポットを手に取り、自分の分の茶を淹れる。
「考え事も結構ですが、こちらの要件を先に済ませてはくれませんか? いろいろと報告をしなければいけないことがあるのですが?」
「む・・・そうだな」
すでにぬるくなっている紅茶を一口飲んでから切り出すと、ベルトは渋々といった様子で思考を中断させる。
おそらく、当主はすでにスフィンクス家の兵士からギザ要塞奪還の知らせを聞いているのだろう。俺からの報告もその延長線上だと思っているに違いない。
しかし、俺の報告を聞くにつれて、みるみるその顔が険しいものへと変わっていく。報告するべきことをすべて話し終えると、ベルトは頭を抱えながら沈痛な唸り声を漏らす。
「ジャール・・・あの馬鹿者め」
口から出たのは、道を踏み外してしまった部下への叱責の言葉だった。
「なぜ私を頼らなかった・・・裏切りなどする前に相談をしてくれれば、どんな手を使ってでもお前の母と姉を救い出したものを・・・」
「・・・・・・」
かけるべき言葉が見つからない。ゆえに、俺は無言で冷めた紅茶を喉に流し込み続けた。
ベルトはかなり長い時間、両手で顔を覆ってうつむけていたが、しばらくして顔を上げた。
「・・・ディンギル・マクスウェル殿。この度はスフィンクス辺境伯家を救っていただき、誠にありがとうございます」
そう感謝の言葉を口にしたベルトの顔からは、すでに悲哀の色は消えている。そこにあるのは、辺境伯としての強い義務感と使命感を抱いた男の表情である。
「息子の仇を討ってくれたこと。要塞を取り戻してくれたこと。邪神を討滅して『恐怖の軍勢』の大本を叩いてくれたこと。どれほど感謝しても足りない。これほどの恩、どうやって返したらよいだろうか?」
「別に返してもらわなくたって構いませんよ。好きでやったことなので」
俺はあっけらかんと言ってのける。
これは建前ではなく、心からの言葉である。
「強いて言うのであれば、『死者の都』にある財宝を回収して、半分ほどマクスウェル家に運んでもらえると有り難い。残りの半分はそちらで好きにしてくれていい」
「その財宝はすべて貴方のものだ。なにもしていない我らが受け取るわけには・・・」
「遠慮なんてしないでいただきたいね。これはバロン先輩への手向けみたいなものですから」
「む・・・」
亡き息子の名前を出されて、ベルトが押し黙る。
「バロン・スフィンクスという男は、俺みたいな人間でさえ敬意を払うべき英雄であった。それだけのことですよ。遠慮なんてされたら、先輩の武威に傷がつく」
「勝利を息子に捧げてくれるのか・・・本当に、どれほど恩を売れば気が済むのだ。ああ、まったく・・・これじゃあ、ナームを止められないではないか・・・」
「ん? なんでナームちゃんが出てくるんです?」
「クソッ、本当に東に嫁に出すしかないのか・・・可愛い娘をそんな遠くに・・・」
ベルトは俺の問いに応えることはなく、親指の爪をガリガリと噛みながら物思いに沈んでいる。
仮にも客を前にして、よくもまあ考え事ばかりする当主である。
「やれやれ・・・話はこれで終わりなので、帰らせてもらいますよ。ナームちゃんは夕飯をごちそうしてから送っていくので、ご心配なく」
俺は独り言を続けているベルトを放っておいて、スフィンクス家を後にする。
「さて・・・これで『恐怖の軍勢』の問題はすべて解決。残すところは・・・畑を荒らす害獣の始末だけだな」
まるで掃除でも済ませるように言って、俺は澄んだ青空へと両腕を上げて背伸びをしたのであった。
部屋にはすでにスフィンクス辺境伯家の当主である、ベルト・スフィンクスが待ち構えていた。
なぜか鬱憤をため込んだように顔を赤くした当主は、苛立たしげにテーブルを指で叩き、俺が部屋に入るや否や口を開いた。
「昨晩はお楽しみだったようだな。ああ?」
「なにを言っているのか、まったくもってわかりませんが・・・別に楽しんでいませんよ。お義父さん」
「お前に父と呼ばれる筋合いはないわ! この外道めが!」
冗談で言っただけなのに、本気で怒鳴られてしまった。
そんなに娘が心配ならば迎えに来ればよかったと思うのだが、それが簡単にできないあたりが父親という生き物の難しいところなのかもしれない。
「やれやれ・・・俺は一応、西方辺境を救った恩人のつもりなんですけどね。外道呼ばわりはさすがに心外ですよ」
「む・・・それは、まあ、感謝しているが・・・」
「心配しなくとも、青い果実をつまみ食いするような真似はしませんよ。あと五年も経ったら話は違いますけどね」
「それはそれで納得がいかないのだが・・・いや、ううむ・・・」
ベルトは難しそうな顔で考え込む。
俺はぶつぶつと独り言を口にしている老け顔の男の許可をとることなく、勝手に椅子へと座った。さらに、無遠慮にテーブルの上に置かれたティーポットを手に取り、自分の分の茶を淹れる。
「考え事も結構ですが、こちらの要件を先に済ませてはくれませんか? いろいろと報告をしなければいけないことがあるのですが?」
「む・・・そうだな」
すでにぬるくなっている紅茶を一口飲んでから切り出すと、ベルトは渋々といった様子で思考を中断させる。
おそらく、当主はすでにスフィンクス家の兵士からギザ要塞奪還の知らせを聞いているのだろう。俺からの報告もその延長線上だと思っているに違いない。
しかし、俺の報告を聞くにつれて、みるみるその顔が険しいものへと変わっていく。報告するべきことをすべて話し終えると、ベルトは頭を抱えながら沈痛な唸り声を漏らす。
「ジャール・・・あの馬鹿者め」
口から出たのは、道を踏み外してしまった部下への叱責の言葉だった。
「なぜ私を頼らなかった・・・裏切りなどする前に相談をしてくれれば、どんな手を使ってでもお前の母と姉を救い出したものを・・・」
「・・・・・・」
かけるべき言葉が見つからない。ゆえに、俺は無言で冷めた紅茶を喉に流し込み続けた。
ベルトはかなり長い時間、両手で顔を覆ってうつむけていたが、しばらくして顔を上げた。
「・・・ディンギル・マクスウェル殿。この度はスフィンクス辺境伯家を救っていただき、誠にありがとうございます」
そう感謝の言葉を口にしたベルトの顔からは、すでに悲哀の色は消えている。そこにあるのは、辺境伯としての強い義務感と使命感を抱いた男の表情である。
「息子の仇を討ってくれたこと。要塞を取り戻してくれたこと。邪神を討滅して『恐怖の軍勢』の大本を叩いてくれたこと。どれほど感謝しても足りない。これほどの恩、どうやって返したらよいだろうか?」
「別に返してもらわなくたって構いませんよ。好きでやったことなので」
俺はあっけらかんと言ってのける。
これは建前ではなく、心からの言葉である。
「強いて言うのであれば、『死者の都』にある財宝を回収して、半分ほどマクスウェル家に運んでもらえると有り難い。残りの半分はそちらで好きにしてくれていい」
「その財宝はすべて貴方のものだ。なにもしていない我らが受け取るわけには・・・」
「遠慮なんてしないでいただきたいね。これはバロン先輩への手向けみたいなものですから」
「む・・・」
亡き息子の名前を出されて、ベルトが押し黙る。
「バロン・スフィンクスという男は、俺みたいな人間でさえ敬意を払うべき英雄であった。それだけのことですよ。遠慮なんてされたら、先輩の武威に傷がつく」
「勝利を息子に捧げてくれるのか・・・本当に、どれほど恩を売れば気が済むのだ。ああ、まったく・・・これじゃあ、ナームを止められないではないか・・・」
「ん? なんでナームちゃんが出てくるんです?」
「クソッ、本当に東に嫁に出すしかないのか・・・可愛い娘をそんな遠くに・・・」
ベルトは俺の問いに応えることはなく、親指の爪をガリガリと噛みながら物思いに沈んでいる。
仮にも客を前にして、よくもまあ考え事ばかりする当主である。
「やれやれ・・・話はこれで終わりなので、帰らせてもらいますよ。ナームちゃんは夕飯をごちそうしてから送っていくので、ご心配なく」
俺は独り言を続けているベルトを放っておいて、スフィンクス家を後にする。
「さて・・・これで『恐怖の軍勢』の問題はすべて解決。残すところは・・・畑を荒らす害獣の始末だけだな」
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