俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第4章 砂漠陰謀編

61.庭の生首

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 領都テーベにある屋敷へと帰り着いた俺は、そのまま倒れるようにしてベッドに横になった。
 ギザ要塞の奪還とバロン・スフィンクスとの戦い。『死者の都』への遠征と邪神討伐。そして、砂漠での五日間の旅路。
 騙し騙しでここまでやってきたが、さすがに限界である。肉体と精神、両方が休息を求めて悲鳴を上げていた。

 泥のように眠りについた俺はそのまま丸一日目覚めることはなく、久しぶりのベッドの感触を存分に味わった。
 必然的に、俺の胸に抱き着き続けていたナームもまた同じベッドで眠ることになったのだが・・・それを気にする余裕がないほどに疲労していた。

 ちなみに、ナームがこの屋敷に泊まることについては、サクヤのほうからベルト・スフィンクスへと知らせてもらった。
 十三歳の娘の外泊を知らされて御当主はかなり動揺していたようだが、外泊どころか男と同衾までしていると知ったら、剣を持って屋敷に乗り込んできたかもしれない。
 なにはともあれ、俺は久しぶりの休息を満喫して、ようやく重々しく身体にのしかかってくる疲労から解放されたのであった。

「ふー・・・丸一日寝ると、さすがに身体も軽くなるな!」

「寝すぎですよ、ディンギル様」

 起き上がって寝室から出てきた俺に、呆れたようにサクヤが溜息をついた。
 彼女の手にはティーポットが握られている。どうやら俺が起きてくる気配を察して、モーニングティーを淹れてくれたようだ。

「腹が減った。摘まめる物もくれ」

「厨房にサンドイッチを用意していますので、ダイニングまでお持ちいたします」

「ん、頼む」

 俺は鷹揚に頷いて、あくびを一つする。
 たっぷり休息をとったおかげで身体が軽い。服を握り締めていたナームも寝ている間に手を放してくれたので、そのままベッドに寝かせてきた。

「あの年で野郎と同衾とは、将来有望でなによりだ・・・バロン先輩が泣くぜ」

 俺はダイニングで椅子に座り、サクヤが持ってきてくれたサンドイッチをかじる。焼いた羊肉を挟んだサンドイッチはなかなか香辛料が効いていて、寝起きの気つけには十分な刺激である。
 ティーカップに口を近づけて、芳醇な茶葉の香りを存分に楽しみながら口に含む。西方産の茶葉は東方のものよりも渋みが強く、これまた目が覚める味わいだった。

「さて。それじゃあ、そろそろ辺境伯殿に報告に行くとしようか・・・・・・かなり憂鬱だけどな」

「よろしければ、私が代わりに報告してまいりましょうか? まだお疲れでしょう?」

「いや、帰って報告するまでが戦だからな。これもまた仕事の内だろうから、辛抱するさ」

 気遣わしげに言ってくるサクヤの頭を軽く撫でて、俺は玄関から外へと出た。

「ナームちゃんが起きたら、そのまま屋敷にとどめておいてくれ・・・あの子には、聞かせられない話になるだろうから」

「かしこまりました。眠り薬を飲ませてでも、引き留めておきます」

「毒は使うな・・・ところで、サクヤ。アレはなんだ?」

 俺は玄関から見える庭の一角を指さした。
 スフィンクス家から貸し与えられた屋敷の庭。その隅には、人間の生首が置かれていた。

「ああ、アレはただの兄ですから、どうぞお気になさらず」

「そうか・・・じゃあ、気にしない」

「気にして欲しいのである!」

 興味を無くして放置しようとした俺に、生首が悲痛な叫び声を上げた。
 その生首の正体は、サクヤの兄であり、『鋼牙』の次期首領である密偵のオボロであった。

「なんだ、死んだかと思ったら生きてるじゃないか。首だけで話すとは器用なことをする」

「若殿―っ! 冗談を言ってないで助けて欲しいのである!」

 オボロはグリグリと首を動かして助けを求めてくる。
 どうやらオボロは首を切り落とされたわけではなく、首から下を地面に埋められているだけのようだ。
 新しい技かと期待したのだが、肩透かしを食らった気分である。

「サクヤ、今度はどんな遊びだ?」

 俺はオボロがあんな姿になった元凶であろう少女へと問いかけた。

「折檻です。ディンギル様をお一人で砂漠へと向かわせたことへの罰です」

 サクヤが淡々とした口調で説明をする。
 そういえば、俺は『天主帝釈』を使って砂漠に向かう際、オボロにサクヤ達への言伝を頼んでいた。
 ひょっとしたら、テーベに戻ってきて俺がしばらく帰れないことを伝えてから、ずっと地面に埋まっていたのだろうか。

「ご心配なく。埋めただけで、他にはなにもしておりません。毒も盛ってはいませんし、日に一度はジョウロで水をあげています」

「そうか・・・なら、いいか」

「よくないのである! 今朝だってカラスに目玉を突かれそうになったのである! 若殿が無事に戻ったのだから、いい加減に出して欲しいのである!」

「そうだ、サクヤ。昨日、俺が連れ帰った女はどうしてる?」

 叫ぶオボロを無視して、ふと思い出したことをサクヤに尋ねた。

「ディンギル様に言われた通りに食事をとらせて、お風呂にも入れました。あの娘は自分で食べることもせず、服を着ることもしないのですが、いったい何者なのでしょうか?」

 サクヤは不思議そうな顔をしながら、逆に問い返してくる。
 昨日、ナームを連れて寝室に入る前に連れ帰ってきたネフェルティナのことを頼んでいた。
    彼女の素性については、まだ説明していない。

(どう説明しろっていうんだか・・・俺だってよくわかってねえのに)

 俺は頭痛をこらえるように額を抑えて、絞り出すようにその場しのぎの回答を発する。

「そうだな・・・無口で無感情な戦利品。よくできた人形のようなものだよ。今のところは」

「・・・よくわかりませんが、新しい愛人でしょうか?」

「愛人・・・ではないな。まあ、そのあたりは保留にしておいてくれ。あいつは滅多なことでは死にはしないだろうから、適当に面倒を見てやってくれればいい」

「・・・承知いたしました」

 サクヤは明らかに納得していない顔つきだったが、主君からの命令に忠実に首肯する。

「それじゃあ、行ってくる。今度こそ早めに戻るから晩飯は豪勢に頼むぜ」

「腕によりをかけて、ご満足のいただけるものを作って見せます」

「あれ・・・? やっぱり我は放置であるか!? ちょ、本当に行かないで欲しいのであるうううううっ!!」

 サクヤが深々と頭を下げて、俺を送り出してくれる。
 俺は哀切に満ちた悲鳴を背中に浴びて、スフィンクス家を目指してテーベの町へと踏み出した。
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