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第4章 砂漠陰謀編
58.おぞましき邪神
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「くだらない幻影だな」
俺は目の前の幻を斬り裂いて、ツバでも吐くように言い捨てた。
魔法の力を打ち消す【無敵鉄鋼】の力によって、何者かによって見せられていた幻は消え去った。目の前には、先ほどの黄金の部屋が広がっている。
胸糞悪いものを延々と見せられたせいで、腹の底で湯が煮え立っているようにムカムカと怒りが湧いてきた。
「・・・だが、おかげで斬るべき敵が見えてきたな。俺が殺すべき相手はそこの美人さんじゃあないみたいだ」
「・・・・・・」
俺は無言で玉座に腰かけているネフェルティナを――その向こうにいる敵を睨みつけ、切っ先を向ける。
先ほどから、右手に握りしめた【無敵鉄鋼】がドクドクと脈動を繰り返している。その感触に、俺は己の予想が当たっていることを改めて悟る。
愛剣もまた感じ取っているのだ。己の存在意義を果たすときが近いことを。斬り捨てるべき宿世の敵がすぐ傍にいることを。
(キャプテン・ドレークが言っていたな・・・この剣は世界を去っていった良き神が、人間を害する邪神をうち滅ぼすために生み出した神殺しの剣であると)
「出てきやがれ! いるんだろう、おぞましく卑劣な邪神め!」
『おぞましい? 卑劣う? 人間はよくわからないことを言うのねえ?』
玉座に腰かける女王――ネフェルティナの身体が激しく痙攣する。細身の身体が背骨が折れそうなほどのけぞって、上下の唇が限界までこじ開けられた。
唇を割り開いて現れたのは紫色の単眼。その瞳の周囲からは蛇のような触手がウネウネとのたうっている。
ネフェルティナの体内から現れた眼球がギョロリと目を剥いて、水晶玉のように俺の顔を映し出す。
「邪神ニャルラトホテプ・・・はっ、本当に出てきやがったか。わざわざ殺されに現れてくれるとは、ずいぶんと親切じゃねえか」
『人間が我を殺すとかあ、本気で言ってるのかしらあ? 不思議ねえ、そんなことできるはずないのにい?』
単眼邪神は癇にさわる口調で嘲るように言って、触手を伸ばす。鳥肌が立つほど醜い手が伸ばされた先は俺ではなく、玉座に腰かけるネフェルティナである。
『私はおもちゃで遊んでるだけなのよお? あなたに殺される覚えなんてないのにねえ?』
「・・・ふざけたことを言いやがるじゃねえか。テメエのくだらない遊びのせいで何人死んだと思っていやがる」
『人間なんて、神の玩具じゃないのお。いくら壊れたって、すぐに増えるから誰も困らないわあ』
「・・・・・・」
ああ、なるほど。
これが神。これが邪神というものか。
同じ言語を口にしていても、まるで話が通じない。
勝手なことをのたまっているはグリード・バアルやキャプテン・ドレークも同じだったが、あいつらでさえもここまで人の命を軽んじてはいなかった。
(殺すべき敵。人間と共存できない不倶戴天の魔物。なるほどな・・・まさに人類の敵だ)
俺が邪神という存在の危険性を痛感している間も、黒い触手がネフェルティナの身体に巻きついていく。
首、腕、脚、腰・・・身体のありとあらゆる場所を触手が愛撫でもするかのように蹂躙して、服の中まで潜り込んで蠢いている。
細い触手が耳や口、鼻の穴にまで入り込み、ジュルジュルと官能的な音を鳴らしながら少女の身体を内側から貪っていく。
それはある意味では扇情的な光景なのかもしれない。しかし、醜悪すぎる性愛の絵は、俺の神経を逆撫でする以上の効果はなかった。
「・・・悪趣味極まりない光景だ。そろそろ、殺しても構わないよな!」
『キャハハハ! 殺しちゃうのお? 我が死んだらあ、この子も死んじゃうわよお? 我に操られていただけのお、可哀そうなこの子まで殺しちゃうのお?』
黒い触手が女の頬を舐めて、表面の粘液をこすりつける。
『彼女はなあんにも悪いことをしてないんだよお? 全部、やったのはこの国に住んでいた神官と我。この子はただの被害者。それなのに、哀れて愛しいネフェルティナを殺しちゃうのお?』
「・・・人質のつもりかよ。見た目だけじゃなくて中身まで腐りきってやがるな」
俺は剣の柄を握りしめて、邪神の単眼を睨みつけた。
当然ながらそんな恫喝くらいでニャルラトホテプは怯むことはなく、ケラケラと嘲弄の笑い声を上げる。
『ギャハハハハッ! ギャハッ、ギャハハハハッ! ああ、なんて可哀そうなのかしらあ。家族と恋人を奪われてえ、邪神に憑りつかれてえ、人生をもてあそばれてえ、おまけにい、こんなところで斬られて死ぬなんて! ああ、ああああっ、なんて可哀そうなネフェルティナ!』
「いい加減に黙れ」
『ふえええ?』
俺は即座に決断を下した。
床を蹴って剣の間合いに踏み込み、巨大な単眼を一刀両断する。
眼球から生えている触手が俺を迎撃しようとするが、それすらも引き裂く。
『アラアラアラアラ・・・こおんなことで我を殺せるなんて・・・』
「思ってねえよ。殺すのはこれからだ」
眼球を斬ってもなお【無敵鉄鋼】の脈動は止まらない。熱い鼓動が、手のひらを通して警鐘を鳴らしている。
(心配するな、わかってる。こいつの本体は・・・こっちだ!)
「ハアアアアアアッ!」
俺は単眼を斬り捨てた剣を翻して、ネフェルティナの胸元へと突き刺した。貫かれた傷口から影のような闇が噴出する。
右手には確かな手ごたえがあった。この闇こそが邪神ニャルラトホテプの本体だ。
目の前に浮かんでいる眼球はタダの見せかけで、本当の急所は表に出ることなく体内に隠れていたのだ。
『ヒギイイイイイイイイイイッ!? ナンデエエエエエエエエエエエッ!?』
弱点を正確に見抜かれて、邪神ニャルラトホテプが絶叫を上げる。ネフェルティナに巻きついた触手が苦しそうに暴れ狂って床や壁を叩いていく。
恐慌の慟哭を放つ邪神は、ようやく俺が自分を殺しうる敵であることに気がついたらしい。両断された単眼が命乞いでもするかのようにフルフルと揺れた。
もちろん――そんな願いは聞いてやらない。こいつは確実に、ここで殺し尽くす!
「魔を断ち切れ、【無敵鉄鋼】!」
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
俺は愛剣が持つ魔を断ち切る力、神を殺す力を発動させる。
貫かれた急所に神殺しの力を注ぎ込まれて、ニャルラトホテプの命を消し飛ばす。
『アアアアアアアア、キエルッ! ワレガ、ワタシガキエルウウウウウウウウウ!!』
ほろほろと単眼が崩れ落ちていく。ネフェルティナの身体を弄んでいた触手が、火であぶられたように燃え尽きて灰になる。
百年にもわたって死者の軍勢を生み出し続け、数えきれない人の命を奪ってきた邪神。人類にあだなすおぞましき怪物は、あっけないほど容易くこの世から消滅したのであった。
俺は目の前の幻を斬り裂いて、ツバでも吐くように言い捨てた。
魔法の力を打ち消す【無敵鉄鋼】の力によって、何者かによって見せられていた幻は消え去った。目の前には、先ほどの黄金の部屋が広がっている。
胸糞悪いものを延々と見せられたせいで、腹の底で湯が煮え立っているようにムカムカと怒りが湧いてきた。
「・・・だが、おかげで斬るべき敵が見えてきたな。俺が殺すべき相手はそこの美人さんじゃあないみたいだ」
「・・・・・・」
俺は無言で玉座に腰かけているネフェルティナを――その向こうにいる敵を睨みつけ、切っ先を向ける。
先ほどから、右手に握りしめた【無敵鉄鋼】がドクドクと脈動を繰り返している。その感触に、俺は己の予想が当たっていることを改めて悟る。
愛剣もまた感じ取っているのだ。己の存在意義を果たすときが近いことを。斬り捨てるべき宿世の敵がすぐ傍にいることを。
(キャプテン・ドレークが言っていたな・・・この剣は世界を去っていった良き神が、人間を害する邪神をうち滅ぼすために生み出した神殺しの剣であると)
「出てきやがれ! いるんだろう、おぞましく卑劣な邪神め!」
『おぞましい? 卑劣う? 人間はよくわからないことを言うのねえ?』
玉座に腰かける女王――ネフェルティナの身体が激しく痙攣する。細身の身体が背骨が折れそうなほどのけぞって、上下の唇が限界までこじ開けられた。
唇を割り開いて現れたのは紫色の単眼。その瞳の周囲からは蛇のような触手がウネウネとのたうっている。
ネフェルティナの体内から現れた眼球がギョロリと目を剥いて、水晶玉のように俺の顔を映し出す。
「邪神ニャルラトホテプ・・・はっ、本当に出てきやがったか。わざわざ殺されに現れてくれるとは、ずいぶんと親切じゃねえか」
『人間が我を殺すとかあ、本気で言ってるのかしらあ? 不思議ねえ、そんなことできるはずないのにい?』
単眼邪神は癇にさわる口調で嘲るように言って、触手を伸ばす。鳥肌が立つほど醜い手が伸ばされた先は俺ではなく、玉座に腰かけるネフェルティナである。
『私はおもちゃで遊んでるだけなのよお? あなたに殺される覚えなんてないのにねえ?』
「・・・ふざけたことを言いやがるじゃねえか。テメエのくだらない遊びのせいで何人死んだと思っていやがる」
『人間なんて、神の玩具じゃないのお。いくら壊れたって、すぐに増えるから誰も困らないわあ』
「・・・・・・」
ああ、なるほど。
これが神。これが邪神というものか。
同じ言語を口にしていても、まるで話が通じない。
勝手なことをのたまっているはグリード・バアルやキャプテン・ドレークも同じだったが、あいつらでさえもここまで人の命を軽んじてはいなかった。
(殺すべき敵。人間と共存できない不倶戴天の魔物。なるほどな・・・まさに人類の敵だ)
俺が邪神という存在の危険性を痛感している間も、黒い触手がネフェルティナの身体に巻きついていく。
首、腕、脚、腰・・・身体のありとあらゆる場所を触手が愛撫でもするかのように蹂躙して、服の中まで潜り込んで蠢いている。
細い触手が耳や口、鼻の穴にまで入り込み、ジュルジュルと官能的な音を鳴らしながら少女の身体を内側から貪っていく。
それはある意味では扇情的な光景なのかもしれない。しかし、醜悪すぎる性愛の絵は、俺の神経を逆撫でする以上の効果はなかった。
「・・・悪趣味極まりない光景だ。そろそろ、殺しても構わないよな!」
『キャハハハ! 殺しちゃうのお? 我が死んだらあ、この子も死んじゃうわよお? 我に操られていただけのお、可哀そうなこの子まで殺しちゃうのお?』
黒い触手が女の頬を舐めて、表面の粘液をこすりつける。
『彼女はなあんにも悪いことをしてないんだよお? 全部、やったのはこの国に住んでいた神官と我。この子はただの被害者。それなのに、哀れて愛しいネフェルティナを殺しちゃうのお?』
「・・・人質のつもりかよ。見た目だけじゃなくて中身まで腐りきってやがるな」
俺は剣の柄を握りしめて、邪神の単眼を睨みつけた。
当然ながらそんな恫喝くらいでニャルラトホテプは怯むことはなく、ケラケラと嘲弄の笑い声を上げる。
『ギャハハハハッ! ギャハッ、ギャハハハハッ! ああ、なんて可哀そうなのかしらあ。家族と恋人を奪われてえ、邪神に憑りつかれてえ、人生をもてあそばれてえ、おまけにい、こんなところで斬られて死ぬなんて! ああ、ああああっ、なんて可哀そうなネフェルティナ!』
「いい加減に黙れ」
『ふえええ?』
俺は即座に決断を下した。
床を蹴って剣の間合いに踏み込み、巨大な単眼を一刀両断する。
眼球から生えている触手が俺を迎撃しようとするが、それすらも引き裂く。
『アラアラアラアラ・・・こおんなことで我を殺せるなんて・・・』
「思ってねえよ。殺すのはこれからだ」
眼球を斬ってもなお【無敵鉄鋼】の脈動は止まらない。熱い鼓動が、手のひらを通して警鐘を鳴らしている。
(心配するな、わかってる。こいつの本体は・・・こっちだ!)
「ハアアアアアアッ!」
俺は単眼を斬り捨てた剣を翻して、ネフェルティナの胸元へと突き刺した。貫かれた傷口から影のような闇が噴出する。
右手には確かな手ごたえがあった。この闇こそが邪神ニャルラトホテプの本体だ。
目の前に浮かんでいる眼球はタダの見せかけで、本当の急所は表に出ることなく体内に隠れていたのだ。
『ヒギイイイイイイイイイイッ!? ナンデエエエエエエエエエエエッ!?』
弱点を正確に見抜かれて、邪神ニャルラトホテプが絶叫を上げる。ネフェルティナに巻きついた触手が苦しそうに暴れ狂って床や壁を叩いていく。
恐慌の慟哭を放つ邪神は、ようやく俺が自分を殺しうる敵であることに気がついたらしい。両断された単眼が命乞いでもするかのようにフルフルと揺れた。
もちろん――そんな願いは聞いてやらない。こいつは確実に、ここで殺し尽くす!
「魔を断ち切れ、【無敵鉄鋼】!」
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
俺は愛剣が持つ魔を断ち切る力、神を殺す力を発動させる。
貫かれた急所に神殺しの力を注ぎ込まれて、ニャルラトホテプの命を消し飛ばす。
『アアアアアアアア、キエルッ! ワレガ、ワタシガキエルウウウウウウウウウ!!』
ほろほろと単眼が崩れ落ちていく。ネフェルティナの身体を弄んでいた触手が、火であぶられたように燃え尽きて灰になる。
百年にもわたって死者の軍勢を生み出し続け、数えきれない人の命を奪ってきた邪神。人類にあだなすおぞましき怪物は、あっけないほど容易くこの世から消滅したのであった。
応援ありがとうございます!
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