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第4章 砂漠陰謀編
57.女王と邪神
しおりを挟む『本当にい、それでいいのかしらあ?』
(え・・・?)
空っぽの心の中。何者かの声が反響している。
私はゆっくりと顔を上げて左右を見回すが、そこにいるのは神官達だけである。声の主らしき者の姿はどこにもない。
『このまま泣き寝入りをしてえ、悔しくないのお? 復讐、したくないのかしらん?』
(ふくしゅう・・・)
私は子供のようにその言葉を反復させた。
【黄泉鍵杖】によって感情を奪われたせいで、もはや私の中に怒りや憎しみの感情はない。仕返しをしようという気持ちも消えていた。
『大丈夫よおん、私が手伝ってあげるから。一緒にだったら、あなたの大切な人を奪った人達を一人残らず皆殺しにできるわあ。私に任せなさあい』
(・・・まか、せる)
その言葉は不思議と魅力的に聞こえる。気がつけば、私は頭に響く声に頷いていた。
『いいわ、きまりねえ? それじゃあ、私にすべてをゆだねて力を開放しなさあい!』
「な、なんだっ!? なにが起こっている!?」
上級神官の一人が悲鳴を上げた。
私の背後から夜を凝縮したような暗闇が現れ、無数の細い触手をもって私の身体を抱きしめたのだ。
「馬鹿なっ! なぜ邪神がここにいるのじゃ!?」
大神官を名乗る老婆が目を見開き、尻もちをついた。手に持っていた錫杖が音を立てて床に落ち、壁際まで転がっていく。
『はあーい、皆様こんにちわあ! みんなのアイドル、邪神ニャルラトホテプよおん!』
闇の中から現れたのは巨大な目玉だった。
球体の眼球から髪の毛のような触手が無数に生えており、私の身体に巻き付いて全身のあらゆる穴から体内へと侵入してくる。
ぞわぞわとした激しい悪寒と、神経を削り取られるような痛み。それすらも【黄泉鍵杖】に吸い取られて、力に還元されていく。
「じょ、女王陛下から離れよ! 皆の者、邪神を追い払うのじゃ!」
『だめよお、この子はもう私のものだからあ。だからあ・・・こおんなことしちゃったりしてえ』
「ぎゃああああああああっ!?」
邪神ニャルラトホテプが単眼を愉快そうに震わせる。途端、女王の間に召喚されていた神兵が神官に襲いかかっていく。
「女王様! 眼を覚ましてくだされっ! 貴女はこの国を守るために・・・ガフッ!?」
言い募ろうとする大神官の背中に剣が突き刺さる。
老人が口から血の泡を吐きながら振り返ると、そこには若い男性のミイラがいた。
『おれ、は・・・ティナのことを、守る・・・』
大神官を刺したのは変わり果てた姿となったアムストラホテプであった。私の愛しい恋人は、激しい憎悪を込められた目で老婆を睨みつける。
「ひ、ひいいいいいいイイイイイッ!?」
老婆は血を撒き散らしながら、這うようにしてアムストラホテプと距離をとる。
しかし、逃げた先には上級神官達を殺し尽くした神兵の群れが待ち構えていた。大神官は無数のミイラに取り囲まれていく。
「い、いやじゃ、なぜワシがこんなことにっ! ワシがいったいなにをしたというのじゃああああああっ!」
神殿の頂点に立つ権力者は、もはや威厳もなにもない悲鳴を上げながら死者の群れに身体を引き裂かれていった。
金銀財宝で彩られた女王の部屋に、真っ赤な血が散乱する。
「ふっ・・・」
私の大切な人を奪った人間達が一人残らず殺された。けれど、私の胸の奥には何の感慨も浮かんでは来なかった。
『それはあ、殺したりないからよお? 私の可愛いネフェルティナ』
私の体内に寄生した邪神がささやくように言ってくる。
『この国の人を、世界中の人を殺しましょう? あなたのお姉さんと彼氏ちゃんが殺されて、他の人が生きているなんて不公平よお?』
そうなのだろうか。そうかもしれない。
この人が言うのなら、きっとそうに違いない。
私は頷いて、手を振りかざした。部屋の中に百、二百と無数の死者の兵士が生み出されていく。
神兵は私達が命じるままにピラミッドから飛び出していき、この国に住む人間を次々と殺していく。国を守ってくれていた神兵の突然の裏切りに人々は抵抗もできず、無残に殺されていった。
やがて大河の国、ジャスワント王国は滅亡し、死の軍勢は砂漠中へと広がっていった。
彼らはもはや止まらない。この世界の人間達を一人残らず殺し尽くすまで、決して止まることはないだろう。
「くだらない幻影だな」
しかし・・・世界が滅びる前に、またしても知らない誰かの声が響き渡った。今度は男性の声である。
銀の閃光が横薙ぎに世界を斬り裂き、目に映るすべてが光の中へと消えていった。
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