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第4章 砂漠陰謀編
52.砂と大河の王国
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「さあ、起きて! もう朝よ!」
「んうっ・・・」
誰かがカーテンを開けた。部屋の中にまぶしい朝日が差し込んでくる。
私はシーツを引き寄せて頭まで覆い、容赦なく降り注いでくる陽光から少しでも逃れようとした。
しかし、何者かの手がシーツをつかんで剥ぎ取ってしまい、たちどころに日光の下へと追いやられてしまう。
「あうう・・・もっと寝かせてよお・・・」
「ダメよ! 今日は神殿でお祈りがある日でしょう? 見習いとはいえ、もう神官になったんだから、寝坊なんてしちゃダメ!」
「はううっ!」
今度はガクガクと身体を揺さぶられて、ようやく私は両眼を開けた。まぶたを開けてすぐに目に入ってくるのは私の姉、ネフェルミリアの顔であった。
「ほら、起きなさい! ティナ!」
「うう・・・起きてるよお、お姉ちゃん」
私の名前はネフェルティナ。
砂漠の中心にある国、ジャスワント王国に暮らしている神官見習いだ。
私が暮らしているジャスワント王国は砂漠を縦断する大河と隣接しており、豊かな水の恩恵によって隆盛を誇っていた。
そのせいで水を狙う周辺の諸国家からは常に狙われる立場にあったが、この国の統治者である女王様が神から授かった力によって平和を保たれている。
歴代の女王様の御力はあまりにも巨大で、この国が建国してから三百年、一度として他国の軍勢をこの国の内部へ侵入させたことはなかった。
そんな国で生まれ育った私は幼い頃に両親を亡くしており、今は姉のネフェルミリアと二人で暮らしている。
暮らしぶりは豊かとはいえないが、それでも優しい姉と、親切な近所の人達の支えのおかげで、自分が不幸だなんて思ったことはなかった。
今年に入って神官見習いとして働くようになったおかげで、夕飯のおかずも一品増えて、少しずつ生活も楽になってきている。
私はこのジャスワント王国を心から愛していた。
「さあ、早くご飯を食べちゃいなさい! 遅刻しちゃうわよ!」
「むう・・・わかったよう」
私は重い瞼をこすりながらベッドから体を起こして、寝間着を脱ぎ捨てた。神官の身に着ける法衣を頭からかぶり、ぷはあと息をつく。
外から鐘の音が響いてきた。金が叩かれた回数は7回。お祈りの時間まであと1時間ほどしかなかった。
「うー、遅刻しちゃう! もっと早く起こしてくれたらよかったのにい・・・」
「起こしても起きなかったでしょう! もう、いつまでたっても子供なんだから。ティナがそんな調子じゃ、私もいつまで経ってもお嫁にいけないわ」
「相手がいないだけでしょ・・・痛いっ!?」
「口の悪い子は明日からごはん抜きにするわよ?」
姉は笑顔のまま額に青筋を浮かべ、パシパシと手の平をお玉で叩く。
「あう、ごめんなさい・・・美人で料理上手なお姉さま・・・」
私はぶたれた後頭部を撫でながら、野菜を挟んだパンを急いで口に押し込んだ。木の器に注がれたスープでパンを強引に喉に流し込み、ヤギの乳を一気飲みする。
大急ぎで食事を終えて、外出用のヴェールを手に取って頭にかけた。
「ごちそうさま、いってきまーす!」
「はいはい、いってらっしゃい。気をつけてね」
「はーい!」
私は姉に手を振りながら外に飛び出した。途端、砂漠の灼熱の太陽が降り注いで肌をチリチリと灼いてくる。
まぶしい日差しに目を細めながらパタパタと走って行くと、近所に住んでいるおばさんが声をかけてきた。
「ティナちゃん、今日も神殿かい? あまり遅くならないようにね」
「はーい! 行ってくるねー」
すれ違うご近所さんに笑顔で手を振りながら、私は足早に神殿への道を駆けていく。
「これならギリギリで間に合いそう・・・きゃあっ!?」
ここを曲がればすぐに神殿にたどり着く・・・そう思った矢先、曲がり角で誰かにぶつかってしまった。
「す、すいません! よそ見をしてました・・・って、アレ?」
「・・・・・・」
尻もちをついた状態からぶつかった相手を見上げると、そこに立っていたのは兵士の鎧を着た男性である。
しかし、その男性の露出している部分――顔や手足はいっさいの水気がなく、乾ききったミイラとなっていた。
「なんだ・・・神兵さんか」
「・・・・・・」
私の声に応えることなく、ミイラの兵士――『神兵』はそのまま歩いて行ってしまった。
私がぶつかった相手は生きた人間ではなく、この国を治めている女王様が神の力によって召喚された冥界の兵士である。
国を守り、人を守り、ときに外敵を排除する彼らこそが、ジャスワント王国を大国ならしめる最大の要因であった。
神兵の力がなければ、巨大な大河を狙う周辺国家からこぞって襲撃を受けて、たちまちこの国は滅んでしまうだろう。
「おいおい、なにをやってるんだよ。ティナ」
「う・・・その声は・・・」
地面に尻をつけたまま、背中にかけられた声に振り返る。すると、そこにはあきれた表情を浮かべた幼馴染の少年の姿があった。
神兵が着ているものと同じ鎧を身にまとい、けれど当然ながらミイラなどではない彼の名前はアムストラホテプ。
私の近所に住んでいる幼馴染の男子で、昨年から神殿に兵士として仕えていた。
「ふん、ドジっ子ティナは健在か。身体ばっかり大きくなって、中身は子供の頃と変わってないな!」
「なによ! アムに言われたくなんてないんだからねっ!」
一番、見られたくない相手に見られてしまった羞恥に顔を染めながら、けれど私は差し出された幼馴染の手を拒むことなく掴んだ。
太い腕で引っ張られて立たされる。その力強さに、「やっぱり彼も大人になってるんだなあ」と妙に感慨深い気持ちになった。
「ドジなのは本当だろ? どうやったら人間とミイラを見間違えるんだよ」
「それはだって・・・むう・・・」
揶揄うような口調に言い訳を返そうとして、結局は何も思いつかずに上目遣いにアムストラホテプを睨みつける。
幼馴染の少年はカラカラと愉快そうに笑いながら、ヴェールを被った私の頭をポンポンと叩いてきた。私は眉を吊り上げて、頭にのせられた手を振り払った。
「子ども扱いしないでよ! もうっ! アムばっかりこんなに背が伸びてずるい!」
数年前は同じくらいの背丈だったというのに、今のアムストラホテプの顔は見上げる高さにある。そのことが無性に悔しくなって、私は鎧の上から彼の胸を叩いた。
「そう機嫌を悪くするなよ。ほれ、菓子をやろう」
「それが子ども扱いしてるって言ってるのよ! もう、アムなんて嫌いっ!」
口ではアムストラホテプをなじりながらしっかりと差し出された芋菓子を受け取り、乱暴に口に押し込んで咀嚼する。
アムストラホテプはそんな私を微笑ましそうに見やり、目尻を下げて口元を緩めた。
「ははは、今日は神殿でお祈りの日だったな。それで急いでたんだろ?」
「そうだった! 急がなくちゃ!」
「あ、ちょっと待て! ティナ!」
慌てて芋菓子を飲み込み、私は再び走り出そうとする。しかし、肩をアムストラホテプに掴まれて、停止することを余儀なくされてしまう。
「なによう! 私は急いでるのよ!」
「お祈りの後、時間をとれないか? 大事な話があるんだ」
「それは・・・別にいいけど?」
いつになく真面目な表情をしたアムストラホテプに思わず頷いてしまう。早く帰るように姉に言われていたのだけど・・・。
「ええと、もう行くね?」
「ああ、引き留めて悪かったな」
「うん、それじゃあ・・・へ?」
今度こそ走り出そうとした私であったが、ふと目の前に起こった異変に再び足を止めることになった。
視線の先、つい先ほど私がぶつかった神兵さんの身体が突然倒れて、茶褐色の砂になってしまったのだ。
「砂に還った・・・どうして、突然・・・?」
アムストラホテプもいぶかしげにつぶやき、眉間にシワを寄せている。
「ひょっとして・・・女王様に何かあったのかな?」
「それは・・・」
私の言葉にアムストラホテプは黙り込んでしまう。
私達はしばしの間立ちすくみ、やがて異変の原因をたしかめるべく神殿へと向かって行った。
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