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第4章 砂漠陰謀編

49.金色の禁じ手

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 ロード級というのは『恐怖の軍勢』の中でも指揮官に相当する立場のものだったらしく、バロン・スフィンクスの亡霊を討ち取った途端にギザ要塞の守りは瓦解した。
 それまでは曲がりなりにも城塞を利用して要塞を守るように立ち回ってきた死者達は、まるでせきが壊れたように周囲を取り囲む兵士へと向かって行った。
    中には城壁から飛び降りて地面に激突し、粉々に砕け散るものまでいたくらいだ。
 ギザ要塞にこもっていた『恐怖の軍勢』は半日とかからず掃討され、スフィンクス家は西方国境を取り戻したのであった。

「・・・これでこの戦いも終わりか」

 要塞を取り戻した兵士達が勝鬨かちどきの声を上げている。俺は城壁に立ってそれを見下ろしながら、ポツリとつぶやいた。
 勝利は収めた。しかし、後味の悪い終わり方だった。とても喜ぶ気分にはなれそうもなかった。

(バロン先輩は側近の男に殺されて、おまけにミイラの仲間入りをして・・・こんなことを彼女達に伝えられるものかよ)

 当主であるベルト・スフィンクスには報告することになるだろうが、ナームとミストの二人には口が裂けても教えることなどできないだろう。
 こんな結末は、あまりにも残酷すぎる。

「・・・余計な重荷を背負いこんじまった気分だ。恨むぜ、バロン先輩」

 俺は要塞の西に広がっている砂漠へと目を向けた。
 死者の群れを吐き出していた砂漠は、今は静まり返って風の一つも吹いてはいない。
 バロンの最期の言葉を信じるのであれば、あの砂漠の向こうに『恐怖の軍勢』を生み出した『女王』とやらがいるはずだ。

「若殿。ここにいたのであるか」

「オボロか」

 城壁の階段を昇って、オボロが姿を現わした。

「要塞の制圧は無事に終わったのである。軍の指揮は言われた通りに年配の兵士に任せておいたが・・・若殿はどうするつもりであるか? このまま、テーベまで帰るのであるか?」

「・・・・・・」

 ギザ要塞を取り戻した以上、もはやこの場所に用はない。すでにスフィンクス領内に入り込んだ『恐怖の軍勢』はほぼ討滅を終えているし、要塞の守備と管理は任せてしまっても大丈夫だろう。
 しかし――

「テーベには戻らない」

 俺はきっぱりと断言した。予想外の返答にオボロが首を傾げる。

「このまま要塞の残るのであるか? 我らがここにいてもできることはないと思うのであるが・・・」

「オボロ、お前はテーベに戻ってサクヤと合流。引き続き、ナームちゃん達の護衛と『白肌』の連中の警戒を頼む。俺はちょっとゴミ掃除に行く」

「ゴミ掃除?」

 不思議そうな表情をしているオボロを放っておき、俺は右腕に嵌めた銀の腕輪を撫でる。

「【豪腕英傑】――『天主帝釈モード・インドラ』!」

「ぬあっ!?」

 腕輪から燃え上がるように金色の光があふれ出した。
 まるで太陽が昇ってきたかのような光の激流に、オボロが危うく城壁から転げ落ちそうになる。

「な、なななななっ!? なんであるかそれはっ!?」

「ああ、人前で使うのは初めてだったな。光栄に思えよ? サクヤにだって見せたことはないんだからよ」

 金の光を鎧のように身に纏い、俺は牙を剥いて笑った。
『天主帝釈』――【豪腕英傑】の奥義とも呼べる技であり、かつて地上最強の大海賊キャプテン・ドレークを葬り去った絶技である。

「一応は禁じ手にするつもりの技なんだが・・・俺ってこらえ性がねえなあ」

 もう使うつもりがなかった技をわずか1ヵ月ほどで使うことになってしまい、俺は自嘲気味に笑った。
 こんなペースでこの魔具を使い続けていたら、本当に寿命が尽きて枯れ木になってしまうかもしれない。それこそミイラ取りがミイラという笑えない展開である。

「だけど・・・あの子達を泣かせた奴らを生かしておくよりはマシだよな。かなり、だいぶマシだ」

 剣士にせよ、騎士にせよ、戦いの中で生きている武人は時として、死にもまさる屈辱と直面しなければならない場面がある。
 俺にとってはこれがそれにあたる。バロン先輩を仲間の手によって謀殺して、西方辺境の全ての人々の命を脅かして、ナームやミストに背負わなくてもいい悲しみを背負わせてしまった存在がいる。
 そいつに背を向けて生きるなんて、これ以上の敗北はない。
 キャプテン・ドレークの時にも思ったことだが、殺すべき敵を放置しておくなどディンギル・マクスウェルの誇りが死んでしまう。

(この陰謀に関わった者は一人残らず斬り捨てる! 人間も、化け物も、虫けら一匹逃がすものかよ!)

「サクヤとナームちゃんには心配するなと伝えてくれ! すぐに戻るっ!」

「わ、わかと・・・」

 オボロが疑問の言葉を言い切るよりも先に、俺は城壁を蹴って西の空へと飛んだ。爆発するような勢いの震脚によって壁の一部が崩れ落ちる。
 背後に巻き上がる砂塵の嵐を背負いながら、俺は金色の光とともに砂漠を駆け抜けた。

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