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しおりを挟む1 婚約破棄は突然に
「ディンギル・マクスウェル! 貴様とセレナとの婚約を破棄させてもらう!」
「……はあ?」
とある昼下がりのことである。
ランペルージ王国、王都セイルーンにある国立学院。その中庭をのんびり歩いていた俺に、背後から突然そんな声がかけられた。振り返って声の主を見ると、そこには金色の髪をなびかせた見覚えのある男が立っている。
「……おやおや。これはサリヴァン王太子殿下ではありませんか。突然、なんの話でしょうか?」
突拍子もない宣言をしたのは、この国の第一王子であるサリヴァン・ランペルージ王太子殿下。
つまり、俺達が住むランペルージ王国の次期国王である。
サリヴァンの後ろには、俺の婚約者であるセレナ・ノムスが身を隠すように立っていた。
小柄で可愛らしい我が婚約者は、小動物みたいに怯えた瞳をこちらに向けながら、サリヴァンにぴったりと寄り添っている。
「失礼ながら、王太子殿下。私の婚約者に近づきすぎではありませんか? 相手のいる女性に密着するなど、紳士のすることではないと思いますが」
「馬鹿な! この期に及んでセレナの婚約者として振る舞うなど言語道断! 私の話を聞いていなかったのか!」
俺の言葉に、サリヴァンが目尻を吊り上げて怒鳴った。外面だけは秀麗な貴公子のように見える顔が怒りに歪んでいる。
昼休みということもあり、学院の中庭には大勢の生徒がいる。
ベンチに座って昼食を摂り、友人と雑談をしていた彼らは今や、こちらの異様な雰囲気を察して好奇の目を向けていた。
俺は周囲の視線を気にしながら、サリヴァンに気づかれないようにそっと溜息をついて話す。
「話、とおっしゃいますと、私とセレナの婚約を破棄するという件でしょうか?」
「理解しているではないか! 私に何度も同じ話をさせる気だったのか!」
「……申し訳ありません。あまりに突拍子もない内容だったもので」
俺は肩をすくめた。
婚約破棄なんてどう考えても内々で済ませるべきデリケートな話題なのだが、ここまで耳目を集めてしまったからには、隠蔽は難しそうである。
「私とセレナの婚約についてですが、これは我がマクスウェル辺境伯家とセレナの実家であるノムス男爵家との間で結ばれたものであるため、私の一存では破棄は承諾しかねます。もちろん、この婚約に無関係な王族の方に口出しされる筋合いもないはずですが?」
「なんだと!? 私とセレナが無関係なものか!」
ぐい、とサリヴァンは後ろにいたセレナの背を押して、肩を抱いてみせる。
王太子の突然の行動に、こちらを窺っていた生徒達がざわついた。
(おいおい……マジでやってんのか?)
ありえない光景を目の当たりにして、俺は顔を引き攣らせた。
婚約破棄を受け入れるかどうかは別として、セレナはまだ俺の婚約者である。
他人の婚約者を軽々しく抱き寄せるなど、正気の沙汰とは思えなかった。
「私とセレナは結婚を前提に交際している! 貴様のような田舎貴族との約束事など、私達の真実の愛の前にはないも同然だ! 大人しく婚約破棄を受け入れろ!」
「田舎貴族……だと?」
確かにマクスウェル家の領地は、この国の東端に位置している。王都生まれ、王都育ちの王太子様からすれば、俺は田舎者に見えるだろう。
しかし、それはマクスウェル家が東の国境警備を任されるほど王家からの信頼が厚く、そして、国境を護りきれるだけの軍事力を有しているからである。
兵士の数こそ王都周辺を守る騎士団のほうが多いかもしれないが、一人一人の練度は幾多の実戦を潜り抜けたマクスウェル家の騎士団のほうが明らかに上だ。
マクスウェル家にケンカを売って得することなど、王家には一つとしてない。
そもそも、セレナの実家であるノムス家は、マクスウェル家とは寄子の関係にある。領地もすぐ隣で、うちが田舎貴族ならセレナも田舎貴族になってしまうのをわかって言っているのだろうか?
「ふう、当家への侮辱の言葉は聞かなかったことにしましょう。それで、殿下とセレナが交際、ですか? それは事実でしょうか?」
「ふん、そうだと言っているだろう! 大人しく身を引くのだな!」
認めてしまった。こんな公衆の面前で。
王太子でありながら婚約者のいる娘に手を出すという意味を、サリヴァンは本当に理解しているのだろうか?
サリヴァンの行為は、臣下の婚約者を王家の権力を使って奪うことと同義。
それが他の貴族の信用を著しく損なうことだとは考えられないのか?
「王太子殿下。失礼ですが、このことをマリアンヌ公爵令嬢はご存知なのですか?」
俺が出したのはサリヴァンの婚約者の名前。
この国の宰相であるロサイス公爵のご令嬢、マリアンヌ・ロサイスは、この国で最も高貴な令嬢である。貴族社会においては令嬢中の令嬢と称され、一目置かれる人物だ。
「ま、マリアンヌは……」
最初から強気だったサリヴァンが、初めて言葉を濁らせた。
それも当然だろう。マリアンヌ嬢は誇り高く、信義を重んじる女性である。
サリヴァンの不貞を、ましてや臣下の婚約者を奪うなどという卑劣な行為を許すわけがなかった。
「ひょっとして、セレナを側室にしたい、ということでしょうか?」
マリアンヌを正室に据えて、セレナを側室に。それならば、わからなくもない。
この国には一夫多妻の制度はないが、王族や一部の貴族が子孫を残すために側室や愛人を囲うのは珍しくない。マリアンヌ嬢がそれを認めるかどうかは別の話だが。
「サリヴァン様!?」
俺の言葉に反応したのは、サリヴァンではなく我が婚約者のセレナだった。
信じられないものを見るような目で見つめるセレナに、サリヴァンは慌てて弁解する。
「ち、違う! 私が愛しているのはセレナだけだ!」
「では、マリアンヌ嬢との婚約を破棄されるおつもりですか? それが何を意味するか、理解していないわけではないでしょうね」
この国は地方分権の向きが強く、王家といえども絶対的な権力を持っているわけではない。
ランペルージ王家はあくまで貴族の代表――まとめ役のようなもので、実態は王というよりも盟主の立場に近い。
中央諸侯の筆頭であるロサイス公爵家と手を切るということは、王太子であるサリヴァンが王になる後ろ盾を失うことを意味する。
「と、当然だ! 私はマリアンヌとの婚約を破棄し、セレナと結婚することをここに宣言する! この国の次期王妃はここにいるセレナだ!」
どうやら、俺の想像以上にサリヴァンは愚かだったようだ。
しかもロサイス公爵家を裏切っておいて、まだ王になれると思っている。
「……本気ですか、サリヴァン殿?」
あえて『王太子殿下』とは呼ぶことなく確認すると、サリヴァンはさらにヒートアップして叫ぶ。
「そもそも、私は前からあの女が気に喰わなかったのだ! 私に意見ばかりして、ここを直せだの、王太子として相応しく振る舞えだの……偉そうに口うるさいことばかり言いおって! 王になるのは私なのだぞ!? 公爵令嬢ごときが次期国王である私に指図するなど、何様のつもりだ!」
本人がいないからと、好き勝手なことを言いだした。
確かにマリアンヌ嬢はこの場にはいないが、聴衆の中には公爵家と付き合いのある者もいる。サリヴァンの発言は、確実にロサイス公爵とマリアンヌ嬢の耳に入るだろう。
「やれやれ……面倒になってきやがった」
サリヴァンに聞こえないように小さくつぶやく。
この王太子はもう少しデキる奴だと思っていたのだが、どうやら勘違いだったみたいだ。おそらく、マリアンヌ嬢が隣にいて要所要所でフォローしてきたからこそ、王太子として最低限の振る舞いができたのだろう。
真実の愛とやらのためにマリアンヌ嬢を捨てたこの男がどこまで落ちていくのか、見物である。
「セレナ」
「っ!」
俺が名前を呼ぶと、それだけでセレナは震え上がってサリヴァンの背後に隠れてしまった。
彼女は昔からそうだった。いつもオドオドしていて自己主張しようとせず、俺が近づいても、すぐに怯えて逃げてしまう。
なるほど、確かに彼女はマリアンヌ嬢と正反対で、サリヴァンの好みとも合致するのだろう。
「本当に、これでいいのか。セレナ、これはお前が望んだことなのか?」
俺はセレナに最後のチャンスを与えた。
馬鹿と一緒に破滅するのか、それとも俺のもとに帰ってくるのか。彼女自身の意思で選ばせる。
「う……」
戸惑った顔で視線をさまよわせるセレナに、サリヴァンが後押しの言葉を発する。
「セレナ、言ってやれ! 大丈夫だ、私がついている! あの男が何をしてきたとしても、この私がお前を守ってやる!」
「は、はい……」
サリヴァンに促されて、セレナが意を決したように顔を上げた。
翠色の美しい瞳が俺に向けられる。彼女とこうして目を合わせるのは随分と久しぶりな気がする。
「あの、その……わたし、ディンギル様のことが怖いんです。だって、ディンギル様はたくさんの人を殺したから……」
「…………」
たくさんの人を殺した。なるほど、それが理由か。
マクスウェル家は国境の守護者として、東方の他国からの侵攻を防ぎ続けてきた。
俺も五年前、十三歳のときに初陣を済ませてから、幾度も戦場に立って敵兵を手にかけている。
「お父様の言いつけで仕方なく貴方の婚約者になりましたけど、もう耐えられません。ディンギル様と一秒だって一緒にいたくないんです……お願いします、私を解放してください」
「わかったか、お前のような人殺しが可愛らしいセレナの婚約者など、おこがましいのだ。血まみれの両手でセレナを抱きしめる資格はない。殺人狂はさっさと領地に帰るのだな」
殺人狂。サリヴァンの放った言葉に、俺は怒りで肩を震わせる。
自分は幼い頃から戦場に立って戦い続けてきた。それは家を守るため、領地を守るため、そして、ランペルージ王国を守るためである。
血塗られた両手を誇りに思うことはあっても、恥じたことは一度だってない。
(それを……この男は殺人狂と言いやがった! これまで国境の貴族の奮闘に守られていたくせに。自分自身は戦場に立ったこともない、ぬるま湯につかってきただけの腑抜けのくせに!)
「……婚約破棄、ひとまず承知しました。後日、こちらから王家には連絡させていただきます」
腰に提げた剣に手が伸びそうになるのを必死に堪えて、俺はそれだけを口にした。
サリヴァンとセレナ、二人に背を向けて、俺は歩きだした。隠しきれずに滲み出てしまった殺気に怯え、様子を見ていた学生達が自然に道を開けてくれる。
(抑えろ、ここでアレを斬ってもなんの得もない。こっちが加害者になっちまう。それに……どうせあの男は、すぐに破滅する)
ロサイス公爵家とマクスウェル辺境伯家。王国屈指の力を持つ大貴族を敵に回して、あの男が無事で済むわけがない。
ここで剣を抜いて反逆者の汚名を被ることだけは避けなければ。
「ディンギル様! 少しよろしいでしょうか!」
無言で歩く俺に、一人の学生が歩み寄ってきた。
俺よりも頭一つ低い背丈の少年、胸元の校章の色は彼が下級生だと示している。頭から生えたクセ毛は燃えるように赤く、気の強そうな瞳には見覚えがあった。
「お前は……確か、イフリータ家の次男坊だったな?」
「ラックです。ラック・イフリータ。お目にかかれて光栄です!」
「そうだ、ラッドの弟だったな。ラック、何か用か?」
俺が尋ねると、ラックは軽く周囲を見回して声を潜めた。
「東方辺境の名誉のために兵を挙げるのでしたら、どうか先陣はこのラック・イフリータにお任せください。イフリータ家の名に懸けて、あの愚昧な王子の首をとってご覧に入れます」
イフリータ子爵家はマクスウェル麾下の家の中でも、特に武闘派として知られている家である。
彼の忠誠心に感心しつつ、俺は血気盛んな後輩を諫めた。
「見事な忠義だ。しかし、挙兵するつもりはない……今はまだ、な。どうせあのアホはほっといても破滅するだろう」
「わかりました……ですが、そのときが来ましたら、どうかお申し付けください。それで、ディンギル様。これからどのようにするおつもりですか?」
ラックの言葉に、俺は少し考えてから口を開いた。
「ひとまず領地に戻ることにする。父を通じて、正式に王家へ抗議しなければいけないしな。王が誠実に対処してくれるならばそれでよし。もしもあのアホを庇い立てするようなら……お前達に存分に働いてもらうとしよう」
「はっ、お任せください! 学院でのことは逐一、報告させていただきます。どうぞゆるりとご帰省ください!」
「任せた。有能な寄子を持って幸せだよ」
捨てる神あれば拾う神あり。婚約者を失ったと思ったら、代わりに有能な手下を見つけた。
ラックの肩を叩いて労うと、赤毛の後輩は頬を紅潮させた。
「こ、光栄です! 俺、じゃなくて、自分は、五年前の帝国との戦いでのディンギル様のご活躍を兄から聞いて、それからずっとあなたの武勇に憧れていて……」
「お、おう?」
そこから学院の門を潜るまで、俺は延々とラックから称賛の言葉を浴びせられることになった。
本日の経験から学んだことであるが、どうやら悪意から来る言葉も好意から来る言葉も、どちらも度が過ぎれば同じくらい人の心を疲労させるらしい。
色々な意味で疲れ切った俺は、嘆息しながらその日のうちに荷物をまとめて、王都から立ち去ったのであった。
2 事後処理はベッドの中で
無事に領地へと帰りついた俺は、すぐに父に事の顚末を報告して、国王陛下とノムス男爵に抗議の手紙を書いた。
国王陛下は学院での騒ぎの報告をすでに受けていたらしく、即座に謝罪の手紙を送ってきた。十分な額の謝罪金も支払われ、王家の誠意ある対応により、とりあえずは一件落着である。
セレナの父親であるノムス男爵は娘と王太子との関係についてまったく知らなかったそうで、聞くところによれば俺が送った手紙を読むやいなや、泡を吹いて卒倒してしまったのだとか。
「も、申し訳ありませんでしたーーーーーー!!」
後日、マクスウェル家の屋敷に来た男爵は、謝罪とともに見事な土下座を決めてくれた。
一切のプライドを捨て、床がへこむんじゃないかとばかりに頭を打ちつけていた姿は今でも思い出せる。その土下座の美しさときたら、思わず褒め称えそうになったほどである。
ちなみに、サリヴァンとセレナは俺に婚約破棄を突きつけてから、その足でマリアンヌ嬢のもとにも行ったらしい。
王太子はマリアンヌ嬢に対して、セレナを苛めていたとか、公爵家の権力を使って学院を牛耳っていたとか、敵国と通じていたとか。なんの証拠もない罪で断罪しようとした。
しかし、そんな言いがかりがマリアンヌ嬢に通用するわけもなく……
正論をもって一切の言い分を切り捨てられ、サリヴァンは逆に不貞を激しく糾弾されてしまったらしい。その鮮やかな反論は、学院の生徒の間で長く語り草になったとか、ならなかったとか。
結果、王太子は一連の騒動全ての責任を負い、王籍から臣籍に格下げとなった。
「ま、自業自得だよな」
俺は実家のベッドに横になりながら、王都にいるラック・イフリータから送られてきた報告書に目を通していた。以上の情報はこの報告書からもたらされたものである。
一方的な婚約破棄から一ヵ月――俺は学院を中退して領地の屋敷に戻ってきていた。
いくら騒動の責任が全て王太子にあるといっても、自分が他の生徒達から好奇の目を向けられることは避けられない。
もともと通いたくて通っていた学院でもないし、このまま領地にこもって次期辺境伯として父の仕事の手助けをするつもりである。
終わったあとだから言えることだが、あの婚約破棄がマクスウェル家にもたらしたものは決して悪いことばかりではなかった。
王家からは多額の賠償金を頂戴したし、ノムス家からはセレナとの結婚を前提に渡していた援助金の返済と、もともとあったマクスウェル家の借金の利子を割り増しさせてもらったし。
「何より、セレナと結婚せずに済んだのが大きいな。うん」
「あら、セレナ様のこと、お嫌いだったのですか?」
そんな風に尋ねてきたのは、俺と一緒のベッドに寝ている女である。
一糸まとわぬ姿で横たわる彼女の名前はエリザ。辺境伯家に長年仕えている陪臣の家の娘で、俺が小さかった頃には養育係でもあった。
五つ年上の彼女は、年々大人の色気が増してきた女体を存分にさらしながら、俺の胸に頭を預けて書類を覗き込んでくる。
「んー、可愛い娘だったし、俺の手で女にしてやりたいと思ってたけどな。でも、それ以上に面倒くさそうだったからなあ。泣き虫だし、辺境伯家の妻としてはか弱すぎる。苛めがいはあったかもしれないけどな」
「ひどい人ですね。坊ちゃま、私はあなたをそんな風に育てた覚えはないのですけど」
「育ててもらったとも。俺に女を教えたのはお前だろう?」
俺とエリザがこういう関係になったのは、今から五年前。俺が初陣に出た直後のことである。
初めて命懸けの戦場に出て戦果を挙げた俺は、凱旋してからも気の昂ぶりを抑えることができず、勢いに任せてエリザを襲ってしまったのだ。
最初こそ抵抗したエリザであったが、最後には受け入れてくれて、俺は十三歳にして初体験を済ませたのであった。
以来、彼女との関係は続いており、領地に戻ってきてからは毎晩のように身体を重ねている。
「坊ちゃまったら、昔はあんなに可愛かったのに。今ではこんなに性悪になってしまわれて……養育係として責任を感じますわ」
「おいおい、見ての通り立派な男に育ったんだから、誇りに思ってくれよ」
俺は苦笑して肩をすくめた。
それに、立派に育ったのは俺だけではない――エリザの豊満なバストを眺めながらそんなことを考える。
「それにしても、ノムス男爵は気の毒だな。不貞を働いていたのはお互い様なのに、無能のサリヴァンのせいで一方的に割を食うことになっちまったわけだし。俺が浮気しまくっていることを理由に婚約破棄してりゃ、逆にこっちから金を巻き上げられたのにな」
「坊ちゃまと私達の関係に気がついていなかったのでは?」
「んー……セレナはともかく、男爵が知らないということはないだろ。王都でも色街には何度か行ってたし、隠すつもりもなかったからな。まあ、複数の女を囲うのは貴族としては珍しくもないから、知らないふりをしていたのだろうが……いずれにせよ、サリヴァンが少しでも知恵を働かせて、先にノムス家に話をつけに行ってたら、歴史は変わっていたかもしれん」
「色街の話は聞いてませんよ……悪びれもせず私に言うなんて、本当にひどいお方ですこと」
エリザが拗ねたように言って、俺の胸をつねってくる。
色気のある大人の女がした可愛らしい振る舞いに、頬が緩んでしまう。
「嫉妬させたいんだよ。惚れた女のいろんな顔を見たがるのが男というもんだ」
「あら、調子がいいですこと……まったく、坊ちゃまの女癖の悪さは学院に入っても直らなかったのですね。入学手続きをした旦那様もお嘆きになりますわ」
「ふん、矯正したくて学院に放り込んだんなら、ざまあない話だ。こんなことになっちまうなんて、親父もさぞや頭を痛めてるだろうよ」
婚約破棄の一件を伝えたときの親父の反応を思い出して、俺は苦笑する。
辺境伯である親父は俺とはまるで性格が違い、厳格で真面目な人格者であった。
いつもの調子であれば数時間コースのお説教が始まるだろうと覚悟していたのだが、報告を聞いた親父の反応は、まるで違うものであった。
『……もう勝手にしろ。私は知らん』
疲れたように言って、椅子に崩れるように座りこんでいた。
意気消沈した親父の様子には、さすがの俺も心を痛めたものである。
「……それはそれとして、あの王子様にはきちんと責任を取ってもらわないとな」
「あら? 確か廃嫡されて臣籍降下したのですよね? もう罰は受けたのでは?」
エリザが小首を傾げた。
「ああ、確かに王家からの罰は受けたみたいだけど、そりゃあくまでも王太子としての責任だろう? 男としての、俺に対するけじめはまったくもってついちゃいない。マクスウェル家を侮辱した罪は残ったままだ。先にケンカを売ってきたのはあっちだからな。これから勘弁してくれと泣くまで可愛がってやるさ」
サリヴァンは王族としての道は破滅したかもしれないが、あの男に相応しい罰ではない。侯爵なり伯爵なりになって悠々自適に暮らす……そんなことなど、あの男にさせるものか。
「俺の女を寝取ったあげく、戦場で戦う兵士達の誇りを侮辱するようなことまで言いやがったんだ。自分が誰を敵に回したのかを教えてやらなきゃ気が済まない。せいぜい今のうちに平穏を味わっておくといいさ」
「……怖い人ですね、坊ちゃまは」
エリザはそれだけ言って、俺に口づけをした。そして激しく舌と舌を交え、そのまま覆い被さってくる。
長い付き合いであるエリザにはわかっているのだろう。俺が戦いの前にどれだけ昂ぶるか、その昂ぶりからどれだけ女を求めるか。
「受け止めてくれ……」
「はい、坊ちゃま――んっ……」
俺はエリザと身体の上下を入れ替え、初めて抱いたときより成熟した彼女の女体を激しく求めた。
結局、俺の欲望は翌日の昼近くまで収まることはなかった。
朝を迎える頃には叫び続けたエリザがベッドに突っ伏して動かなくなってしまったため、朝食に呼びに来た新米の侍女を代わりにベッドへ引きずり込む。
哀れな悲鳴を上げる処女の身体をまさぐりながら、年下も悪くないなとのんびり思うのであった。
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