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第4章 砂漠陰謀編
48.別れの夢想
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side ナーム・スフィンクス
ディンギルさまが『恐怖の軍勢』を西方辺境から追い出すため、ギザ要塞へと行ってしまった。
それからというもの、私は不安に押しつぶされそうで食事も喉を通らない日々を送っていた。
「ナーム、ちゃんとご飯を食べないと」
ミスト義姉さんが心配そうに言って、ベッドに腰かけた私の顔を覗き込んできた。
場所はスフィンクス家にある私の自室。ディンギル様がいなくなってからというもの、また私は部屋に閉じこもりがちになってしまい、食事も使用人に運んでもらっていた。
その運んでもらった食事すらも満足に食べることができず、たびたび心配した義姉さんが様子を見に来ていた。
「はい・・・わかっています。義姉さん」
「わかってないでしょう、夕食もこんなに残して・・・」
半分以上は料理が残ったお皿を見下ろして、義姉さんが溜息をついた。
腰に手を当てて困り果てた顔をしている義姉さんの顔を見て、私は唇をとがらせて言い返す。
「義姉さんだって同じでしょう。そんなにやつれちゃって・・・」
「それは・・・そうだけど」
義姉さんが言葉を詰まらせた。
バロン兄さんが亡くなってからも義姉さんは気丈に振る舞い続けていたが、それが空元気であることを私は知っていた。
涙こそ見せることはなかったが、義姉さんは妹の私以上に兄の死を嘆き悲しんでいるのだ。
「・・・ふう、今晩はもういいわ。明日の朝食は食べやすいお粥にしてもらうから、ちゃんと残さず食べるのよ?」
「義姉さんもね」
「・・・ちゃんと食べないと大きくなれないわよ。背も伸びないし、胸だって膨らまないわよ?」
「あうっ・・・」
私は痛い部分を突かれて、部屋着にしているネグリジェの上から胸元を押さえた。
私の身体は自慢にも発育が良いとはいえない。むしろ、同年代の女の子よりも2~3年は遅れているだろう。
(うう・・・最近は食欲がないけど、これまでご飯はキッチリ食べてたし。運動だって屋敷のお庭で剣を振ったりしてるのに・・・)
私は義姉さんの身体に目を向けた。ここ数週間ですっかり痩せてしまった義姉であったが、胸や腰にはちゃんとお肉がついており、羨むような理想的なボディラインをしている。
私は目の前の理不尽な現実に打ちのめされて、「うー」と小さく唸りながら涙目になった。
「ナーム?」
「もう寝ますから出ていって! ちゃんと朝は食べるから!」
「ええっと、それならいいのだけど・・・」
義姉さんは不思議そうな表情を浮かべて、お皿をトレーに載せて部屋から出ていった。
私は憂鬱な感情を断ち切るように部屋の明かりを落とし、頭まで布団をかぶって目を閉じた。
その日の夜、夢を見た。
バロン兄さんとミスト義姉さんが結婚する夢だ。
婚礼衣装に身を包んだ二人は嬉しそうに笑っていて、その後ろで父とジャールさん、スフィンクス家に仕えている使用人の人達が嬉しそうに拍手をしている。
誰もが若い夫婦の門出を祝福しており、みんなが笑っている。
それからしばらくして、兄さんと義姉さんの間に子供が産まれるのだ。
最初に産まれたのは女の子。二人と同じ金色の髪と、褐色の肌をもった小さな命だ。
お父さまは男の子でなくて少しガッカリしていたけど、兄さんは「すぐに次の子をつくるから大丈夫だ!」などとみんなの前で言ってしまい、顔を赤くした義姉さんにお腹を殴られ悶絶していた。
やっぱり誰もが笑っていて、嬉しそうにしていた。
そして・・・とうとう、私の番がやってきた。
私の旦那様になるのは、少し遠い場所に領地を持っている年の離れた男性だ。
その方は婚約者に裏切られた過去があり、そのせいでなかなか新しいお相手を見つけられずに独身を貫いていた。
私との結婚も兄の反対のせいで紆余曲折あったのだが、最終的にはその方を慕う私の気持ちを分かってもらえて、嫁いでいくことになった。
結婚式では兄さんはずっと仏頂面をしていて、終始おもしろくなさそうにお酒をあおり続けていた。
そして、私は旦那様の手を取って西方から旅立っていく。
笑顔の義姉さんと、複雑そうなお父さま。そして――苦々しく顔をしかめた兄さんに見送られて。
「・・・じゃあな、くれぐれも元気で。ナーム」
兄は、バロン・スフィンクスは最後にそう言って、馬車に乗り込んだ私へと手を振った。
そんなとっても幸せで――そして、悲しい夢だった。
「あ・・・」
目を覚ましたとき、私の顔には涙の跡がついていた。
カーテン越しに見る窓の外はまだ暗い。夜明けまではまだ長い。
「・・・・・・」
私は唇を噛みしめて、ぎゅっとシーツを握りしめた。
あったかもしれない幸福な未来。それはすでに叶わないものになっていることに、ようやく気づかされた。
「兄さん・・・」
あの心配性で、とても優しい兄はもういないのだ。
兄が死んだと聞かされてからも実感がなかったが、初めて、その確かな事実が私の心を打ちのめした。
「兄さん、ごめんなさい。ごめんなさい・・・」
ごめんなさい。
私を守ってくれたあなたが死んでしまったことを、今の今まで泣けなくて、本当にごめんなさい。
私はしばらく闇の中で兄の冥福を祈り、また少しだけ泣いた。
やがて窓から朝日が差し込む。窓を開けて、西の大地で戦っているであろう愛しい殿方へと言葉を向ける。
「ディンギルさま、どうかご無事で。要塞なんて取り返せなくていいから、あなたは生きて帰って来てくださいませ・・・」
ディンギルさまが『恐怖の軍勢』を西方辺境から追い出すため、ギザ要塞へと行ってしまった。
それからというもの、私は不安に押しつぶされそうで食事も喉を通らない日々を送っていた。
「ナーム、ちゃんとご飯を食べないと」
ミスト義姉さんが心配そうに言って、ベッドに腰かけた私の顔を覗き込んできた。
場所はスフィンクス家にある私の自室。ディンギル様がいなくなってからというもの、また私は部屋に閉じこもりがちになってしまい、食事も使用人に運んでもらっていた。
その運んでもらった食事すらも満足に食べることができず、たびたび心配した義姉さんが様子を見に来ていた。
「はい・・・わかっています。義姉さん」
「わかってないでしょう、夕食もこんなに残して・・・」
半分以上は料理が残ったお皿を見下ろして、義姉さんが溜息をついた。
腰に手を当てて困り果てた顔をしている義姉さんの顔を見て、私は唇をとがらせて言い返す。
「義姉さんだって同じでしょう。そんなにやつれちゃって・・・」
「それは・・・そうだけど」
義姉さんが言葉を詰まらせた。
バロン兄さんが亡くなってからも義姉さんは気丈に振る舞い続けていたが、それが空元気であることを私は知っていた。
涙こそ見せることはなかったが、義姉さんは妹の私以上に兄の死を嘆き悲しんでいるのだ。
「・・・ふう、今晩はもういいわ。明日の朝食は食べやすいお粥にしてもらうから、ちゃんと残さず食べるのよ?」
「義姉さんもね」
「・・・ちゃんと食べないと大きくなれないわよ。背も伸びないし、胸だって膨らまないわよ?」
「あうっ・・・」
私は痛い部分を突かれて、部屋着にしているネグリジェの上から胸元を押さえた。
私の身体は自慢にも発育が良いとはいえない。むしろ、同年代の女の子よりも2~3年は遅れているだろう。
(うう・・・最近は食欲がないけど、これまでご飯はキッチリ食べてたし。運動だって屋敷のお庭で剣を振ったりしてるのに・・・)
私は義姉さんの身体に目を向けた。ここ数週間ですっかり痩せてしまった義姉であったが、胸や腰にはちゃんとお肉がついており、羨むような理想的なボディラインをしている。
私は目の前の理不尽な現実に打ちのめされて、「うー」と小さく唸りながら涙目になった。
「ナーム?」
「もう寝ますから出ていって! ちゃんと朝は食べるから!」
「ええっと、それならいいのだけど・・・」
義姉さんは不思議そうな表情を浮かべて、お皿をトレーに載せて部屋から出ていった。
私は憂鬱な感情を断ち切るように部屋の明かりを落とし、頭まで布団をかぶって目を閉じた。
その日の夜、夢を見た。
バロン兄さんとミスト義姉さんが結婚する夢だ。
婚礼衣装に身を包んだ二人は嬉しそうに笑っていて、その後ろで父とジャールさん、スフィンクス家に仕えている使用人の人達が嬉しそうに拍手をしている。
誰もが若い夫婦の門出を祝福しており、みんなが笑っている。
それからしばらくして、兄さんと義姉さんの間に子供が産まれるのだ。
最初に産まれたのは女の子。二人と同じ金色の髪と、褐色の肌をもった小さな命だ。
お父さまは男の子でなくて少しガッカリしていたけど、兄さんは「すぐに次の子をつくるから大丈夫だ!」などとみんなの前で言ってしまい、顔を赤くした義姉さんにお腹を殴られ悶絶していた。
やっぱり誰もが笑っていて、嬉しそうにしていた。
そして・・・とうとう、私の番がやってきた。
私の旦那様になるのは、少し遠い場所に領地を持っている年の離れた男性だ。
その方は婚約者に裏切られた過去があり、そのせいでなかなか新しいお相手を見つけられずに独身を貫いていた。
私との結婚も兄の反対のせいで紆余曲折あったのだが、最終的にはその方を慕う私の気持ちを分かってもらえて、嫁いでいくことになった。
結婚式では兄さんはずっと仏頂面をしていて、終始おもしろくなさそうにお酒をあおり続けていた。
そして、私は旦那様の手を取って西方から旅立っていく。
笑顔の義姉さんと、複雑そうなお父さま。そして――苦々しく顔をしかめた兄さんに見送られて。
「・・・じゃあな、くれぐれも元気で。ナーム」
兄は、バロン・スフィンクスは最後にそう言って、馬車に乗り込んだ私へと手を振った。
そんなとっても幸せで――そして、悲しい夢だった。
「あ・・・」
目を覚ましたとき、私の顔には涙の跡がついていた。
カーテン越しに見る窓の外はまだ暗い。夜明けまではまだ長い。
「・・・・・・」
私は唇を噛みしめて、ぎゅっとシーツを握りしめた。
あったかもしれない幸福な未来。それはすでに叶わないものになっていることに、ようやく気づかされた。
「兄さん・・・」
あの心配性で、とても優しい兄はもういないのだ。
兄が死んだと聞かされてからも実感がなかったが、初めて、その確かな事実が私の心を打ちのめした。
「兄さん、ごめんなさい。ごめんなさい・・・」
ごめんなさい。
私を守ってくれたあなたが死んでしまったことを、今の今まで泣けなくて、本当にごめんなさい。
私はしばらく闇の中で兄の冥福を祈り、また少しだけ泣いた。
やがて窓から朝日が差し込む。窓を開けて、西の大地で戦っているであろう愛しい殿方へと言葉を向ける。
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