俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第4章 砂漠陰謀編

41.最後の裏切り

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side ジャール・メンフィス

(まさか・・・こんなにも早くチャンスが回ってくるとはな)

 私は目の前で剣を振っているディンギル・マクスウェルの背中を見つめながら、心中で溜息をついた。

 ナーヒブ・マッサーブからマクスウェルの暗殺を命じられたときには、これほどの達人をどうやって殺せばいいのかと頭を抱えたものである。
 しかし、ギザ要塞に侵入してからすぐにマクスウェルと二人きりになることに成功して、おまけに相手はこうして自分に背中を向けている。千載一遇ともいえる絶好の機会であった。

(許せ・・・私にはこうする以外にないのだ)

 マクスウェルが剣を振るたびに要塞を守る死者が両断され、砂となって廊下に散らばる。その獅子奮迅の戦闘ぶりを見ながら、私はマクスウェルの背中へと剣先を向けた。
 マクスウェルとは先日、会ったばかりの顔見知り程度の関係である。長年の主であり、弟にも近い感覚を持っていたバロンに比べると遙かに刃を向けやすい相手である。
 しかし、だからといって罪悪感が消え去るという事はない。
 無関係な人間ーーそれも自分達、西方辺境の民を救うために戦ってくれている相手を殺害しなければいけないのは、やはり躊躇してしまうものである。

(だが・・・これでようやく、母と姉を救い出すことができるのだ。今更、引くことなどできまい)

 今回の暗殺を実行するにあたって、マッサーブ子爵からはうまくいったら二人を解放してもらえるように約束を取り付けた。
 これでようやく、主君と家族を天秤にかけ続ける地獄が終わる。
 全てのしがらみから解放されて、罰を受けることができるのだ。

(だから、許せ。ディンギル・マクスウェル・・・御免!)

 マクスウェルの前方から新たな死者の群が現れる。若き英雄の注意がそちらに向いたのを見計らい、私は手にした剣をその背中へと振り下ろした。
 しかしーー

「む、思ったよりも早くかかったのであるな!」

「っ・・・!?」

 突如として、背後から聞き覚えのない声が浴びせられた。
 あわてて振り返ろうとする刹那、私の背中を鋭い衝撃が襲った。

「がはっ・・・!」

 突然の衝撃に耐えることができず、私は前のめりになって倒れた。
『恐怖の軍勢』の残骸が散らばっている廊下に頭から倒れ込み、口の中にジャリジャリと苦い砂の味がする。
 しかし、そんなことが気にもならないくらい背中が熱かった。同時に、身体の芯から力が抜けていくのを感じた。

「き、さまは・・・」

 力を振り絞って首を持ち上げて背後を見る。そこに立っていたのは、スフィンクス家で支給されている鎧を身につけた兵士だった。

(いつの間に・・・それより、どうして・・・!)

 兵士達とは数分前に分かれたはずである。それがいったい、どうして背後に回り込まれているのだろう。

「ふう、砂漠で鎧姿は暑苦しいのであるな!」

 男が頭にかぶっていた兜を手に取り、床に投げ捨てる。
 すると、兜の下から黒髪の若い男性の顔が現れた。黄色の肌の男性の顔に見覚えはなかった。

「なるほど、やはり動き出したようだな」

「ぐっ・・・」

 周囲の死者を片づけたマクスウェルが剣についた砂を払いながら、こちらに歩いてきた。
 倒れる私の顔を上から見下ろし、皮肉そうに唇を吊り上げる。

「そうやってバロン先輩のことも後ろから刺したのか? 自分が同じ目に遭う気分はどうだよ」

「っ・・・気づいて、いたのか・・・私がバロン様を裏切ったことを・・・!」

 私は震える声でつぶやいた。
 私を刺した男はスフィンクス家の兵士ではない。おそらく、マクスウェルの部下だろう。
 自分は最初から疑われていたのだ。
 バロン様を殺害した容疑者として泳がされた上で、あえて隙を見せていたに違いない。

(そこに、まんまと食いついてしまったというわけか・・・)

 私は廊下に散らばる砂を握りしめ、悔しさに奥歯を噛みしめた。

「いつから、だ・・・いつから、私が怪しいと思っていたのだ・・・?」

 私とマクスウェルは接点も薄く、必要最低限の会話しかした覚えはない。
 疑われる要素など、なかったはずだが・・・。

「アンタが先輩の最期を看取ったと聞いたときからだよ。その時から、俺はアンタが裏切っていると考えていた」

「なっ・・・そんな、馬鹿なことがっ・・・どうしてっ!」

 どうしてそれだけのことで、自分を裏切り者として特定することができたのだ。
 私は目を見開いて問いつめる。
 マクスウェルは冷めた目でこちらを見下ろしながら、両手を広げて嘲笑う。

「俺はバロン先輩とは何度も剣を合わせた。学園の模擬試合で、王都の武術大会で、酒場で酔った勢いでお互い剣を抜いちまったことだってある。だから・・・俺は誰よりも、あの人の恐ろしさをわかっている」

「・・・・・・」

「バロン・スフィンクスという男はいつだって質実剛健。おそろしく守りが堅く、攻め難い剣の持ち主だ。こちらの技を的確に見抜き、悪夢でも見ているように全て受けきってみせる。デタラメなくらい執念深くて生き汚い野郎なんだよ。あの人が敵に負けたくらいであっさり死ぬものか。死ぬとしたら、よほど予想外の事態があったとしか思えない」

「それで・・・私の裏切りか」

「ああ、アンタの報告での先輩の死に様は、あの人とは思えないくらいにあっさりとしてたからな」

 その言葉を聞いて、納得した。
 たしかに、バロン様は戦いのなかでやられるお方ではない。『戦い』ではない、謀略であればまだしも。

「ふっ・・・ははっ、なるほど、これは私のミスだな・・・」

 納得すると、笑いの衝動がこみ上げてきた。
 私は傷口に激痛が走るのも構わず、肩を震わせて笑った。

「ははは・・・ご当主様も、ナーム様も騙せたのに、まさかヨソ者の貴方に見抜かれるとは・・・」

「俺とバロン先輩はタダの先輩後輩じゃない。何度も剣を交わした宿敵なんだよ。敵であればこそ、味方以上に相手のことが理解できることもあるってことだ」

「なるほど、な・・・ああ・・・悔しいな。私以上に、バロン様のことを理解しているなんて・・・本当に、悔しい・・・」

「そこまで先輩を慕っているのなら、どうして裏切ったりしたんだよ」

「それは・・・」

 私は一度言葉を切り、ゴボリと血の泡を吐いた。
 どうやら、自分に残された時間はもうないようだ。
 こうなった以上、目の前の男に託すしかない。

「母と、姉を人質に取られている・・・黒幕は、マッサーブ子爵だ・・・」

「マッサーブ・・・やはりそうか」

 マクスウェルが納得したように頷いた。
 どうやら、すでにナーヒブ・マッサーブのことを調べていたようである。

「王都の貴族も絡んでいる・・・こんなことを頼める義理ではないが、どうか二人のことを・・・」

「いいぜ」

 意外なほどあっさりと、マクスウェルは了承の言葉を返してきた。
 驚きに目を見開いた私は、次の言葉で顔をひきつらせることになった。

「俺は年上や熟女もいける口だ。二人が美人だったら助けてやるよ」

「それは・・・安心していいのか?」

 逆に心配になってきたのだが・・・まあ、いいだろう。
 家族の欲目もあるが、二人は間違いなく美女の部類に入るだろう。
 この男は二人を保護したら、良いように取りはからってくれるはずだ。

 だから、心配はいらない。
 このままーー死ねる。

「バロン、様・・御当主様・・・もうしわけ・・・」

 あの世で会うことがあったら、バロン様は私を許してくださるだろうか?
 なぜだろうか、あの方を殺したことよりも、マクスウェルとナーム様のことを根掘り葉掘り訊かれる気がする・・・。
 そんなことを考えながら、私は瞳を閉じた。
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