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第4章 砂漠陰謀編
38.陰謀の密会
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side ナーヒブ・マッサーブ
「どうなっているのだ! これはっ!」
私は怒りに任せて手に持ったグラスを床に叩きつけた。
金貨十枚の価値がある舶来のグラスが粉々になってしまったが、そんな事すら気にならないほど腹が立っていた。
現在、ランペルージ王国の西方辺境には砂漠から『恐怖の軍勢』と呼ばれる怪物どもが侵入してきていた。奴らを招き入れたのは他でもない、この私である。
全ては西方辺境を蝕む害虫であるスフィンクス家を滅ぼすため。かつてマッサーブ家の領地であった広大な土地を取り戻すために行ったことである。
国境の要塞を守っていたバロン・スフィンクスを暗殺して要塞が陥落するように仕向け、さらに他の西方の貴族達に働きかけてスフィンクス家に援軍を送らないように取り計らった。
そのおかげで、一時はスフィンクス辺境伯領の領都テーベの直前まで『恐怖の軍勢』が迫り来ていたのだが、あと少しで憎きスフィンクス家が滅びるというところで死者の群れが撃退されてしまったのだ。
「これも全ては貴様のせいだぞ、ジャール! なぜベルト・スフィンクスを殺さなかった!?」
「・・・申しわけございません」
私の怒りの矛先が向いたのは、当然ながら失態を犯したジャール・メンフィスであった。ジャールは床に跪いて頭を下げており、その顔は伏せられて見ることはできない。
私はジャールに命じて、三の砦でスフィンクス家の当主であるベルト・スフィンクスを抹殺するように命じていた。しかし、ベルトは殺害されるどころか砦を包囲していた『恐怖の軍勢』を撃退して、今やその脅威を西方から撃退しつつあった。
「・・・まことに申し訳ございません。予想外の事態が起こったものでして」
「・・・ディンギル・マクスウェルとかいう男か。余所者がこの私の邪魔をしおって!」
私はギリギリと奥歯を噛みしめながら拳をテーブルに叩きつけた。強く叩きすぎたせいで私の手のほうが痛くなってしまい、思わず涙が出そうになってしまう。ジャールの手前泣き叫ぶわけにもいかず、グッと痛みを堪えて目を閉じた。
(いかん・・・このままでは、スフィンクス家を滅ぼすどころか私のほうが破滅してしまう・・・!)
私は先日、スフィンクス家からの援軍要請を拒んでいる。
戦時中ということでお咎めはなかったが、『恐怖の軍勢』が撃退されて混乱が静まれば、確実にスフィンクス家は私のことを処分しようとするだろう。
ただでさえ普段から慇懃無礼な態度をとり、反抗的に行動しているのだ。スフィンクス家にしてみれば、マッサーブ子爵家は潰したくて仕方がない『白肌貴族』の代表である。公然と処分できる機会を逃すはずがなかった。
「まさか・・・マッサーブ家がとり潰しになる? そんなことが許せるものか!」
元々はこの西方の地に住んでいたのは自分達『白肌』の貴族だ。後からやって来た『黒肌』こそが侵略者であり、悪なのだ。
スフィンクス家ごときにマッサーブ家が滅ぼされるなどあってはならない。
断固として、あってはならないのだ!
「やれやれ・・・どうやら、ここまでのようですね」
部屋にいた三人目の人物が困ったように溜息をつき、椅子から立ち上がった。
「なっ・・・どうされましたか!?」
立ち上がったのは私の協力者である人物。王国中央の協力者から派遣された使者であった。
灰色のフードを深々と被ったその男は、靴の踵で床を叩いて扉に向けて歩いていく。
「今回の策略は失敗のようですね。我々はこれで手を引かせていただきます」
「お、お待ちを! どうして急にっ!?」
私は慌てて男に縋りつく。
元々の計画では、『恐怖の軍勢』を招き入れてスフィンクス家を滅亡に追いやり、私が中央貴族の援軍を受けて奴らを西方辺境から撃退する予定だった。
『恐怖の軍勢』を追い払った戦功によって新たな西方辺境伯に任じられ、祖先が奪われた土地を取り返す――そのはずだったというのに。
計画は失敗に追いやられ、さらには中央の協力者を失ってしまえば、もはや私を守るものは何もない。
待っているのは、スフィンクス家から制裁を受けて破滅する未来だけだった。
「元はといえば、貴方達が持ち込んできた計画ではありませんか! 我々を見捨てるおつもりですか!?」
「そうはいいますが・・・すでに『恐怖の軍勢』は追い払われつつあり、計画の遂行は不可能ではないかと」
「そ、それは・・・」
私は押し黙り、額からダラダラと脂汗を流した。
言い返す言葉が見つからない。しかし、このまま使者を返してしまうわけにはいかなかった。
「そ、そこをなんとか・・・どうぞご慈悲を・・・!」
「そういわれましても・・・ああ、そうだ」
使者がフードの奥でクスリと笑った。なにを考えているのかわからない不気味な笑みであった。
「ジャールさんの報告では、近いうちにギザ要塞を奪還に行くのですよね? それが失敗に終われば、戦いを長引かせてスフィンクス家に付け入る隙が見つかるかもしれませんね」
「っ・・・! そうだっ!」
私はバシリと手の平で膝を叩いて、ジャールを睨みつけた。
「ジャール、貴様に失態を償う機会をやろう! 指揮官のディンギル・マクスウェルを討ち取り、ギザ要塞の奪還を失敗させろ!」
「それは・・・しかし・・・」
ジャールは顔を上げて、困惑したように視線をさまよわせた。
「そのようなことをしたらマクスウェル家を敵に回してしまい、よからぬ事態に陥る恐れが・・・」
「くだらぬことを言っている場合か!? マッサーブ家の危機なのだぞ!」
噛みつくように吐き捨て、ジャールの胸ぐらをつかむ。頭突きをするほど顔を近づけ、はっきりと命じる。
「いいかっ、これ以上の失態は許さない! 母親と姉の命が惜しかったら、確実に成功させろ! もう一度言うぞ! 失態は許さない!!」
「っ・・・承知、いたしました」
ジャールが頷くのを見届けて、私は胸ぐらをつかんだ手を放した。そのまま椅子にどさりと座り込んで頭を抱える。
「いまさら後戻りなど、できないのだ・・・絶対に、絶対にだ・・・! この地は我らマッサーブ家のものなのだ・・・!」
私はひたすらにつぶやき続ける。
計画が台無しになれば破滅。マッサーブ家の終わり。
「・・・本当に扱いやすい人だなあ。ディンギルさんとは大違いだ」
扉のそばに立つ使者がフードの奥で何事かを口にする。
しかし、私はその言葉の意味に気がつくことはなく、うわ言のようにつぶやくのであった。
「どうなっているのだ! これはっ!」
私は怒りに任せて手に持ったグラスを床に叩きつけた。
金貨十枚の価値がある舶来のグラスが粉々になってしまったが、そんな事すら気にならないほど腹が立っていた。
現在、ランペルージ王国の西方辺境には砂漠から『恐怖の軍勢』と呼ばれる怪物どもが侵入してきていた。奴らを招き入れたのは他でもない、この私である。
全ては西方辺境を蝕む害虫であるスフィンクス家を滅ぼすため。かつてマッサーブ家の領地であった広大な土地を取り戻すために行ったことである。
国境の要塞を守っていたバロン・スフィンクスを暗殺して要塞が陥落するように仕向け、さらに他の西方の貴族達に働きかけてスフィンクス家に援軍を送らないように取り計らった。
そのおかげで、一時はスフィンクス辺境伯領の領都テーベの直前まで『恐怖の軍勢』が迫り来ていたのだが、あと少しで憎きスフィンクス家が滅びるというところで死者の群れが撃退されてしまったのだ。
「これも全ては貴様のせいだぞ、ジャール! なぜベルト・スフィンクスを殺さなかった!?」
「・・・申しわけございません」
私の怒りの矛先が向いたのは、当然ながら失態を犯したジャール・メンフィスであった。ジャールは床に跪いて頭を下げており、その顔は伏せられて見ることはできない。
私はジャールに命じて、三の砦でスフィンクス家の当主であるベルト・スフィンクスを抹殺するように命じていた。しかし、ベルトは殺害されるどころか砦を包囲していた『恐怖の軍勢』を撃退して、今やその脅威を西方から撃退しつつあった。
「・・・まことに申し訳ございません。予想外の事態が起こったものでして」
「・・・ディンギル・マクスウェルとかいう男か。余所者がこの私の邪魔をしおって!」
私はギリギリと奥歯を噛みしめながら拳をテーブルに叩きつけた。強く叩きすぎたせいで私の手のほうが痛くなってしまい、思わず涙が出そうになってしまう。ジャールの手前泣き叫ぶわけにもいかず、グッと痛みを堪えて目を閉じた。
(いかん・・・このままでは、スフィンクス家を滅ぼすどころか私のほうが破滅してしまう・・・!)
私は先日、スフィンクス家からの援軍要請を拒んでいる。
戦時中ということでお咎めはなかったが、『恐怖の軍勢』が撃退されて混乱が静まれば、確実にスフィンクス家は私のことを処分しようとするだろう。
ただでさえ普段から慇懃無礼な態度をとり、反抗的に行動しているのだ。スフィンクス家にしてみれば、マッサーブ子爵家は潰したくて仕方がない『白肌貴族』の代表である。公然と処分できる機会を逃すはずがなかった。
「まさか・・・マッサーブ家がとり潰しになる? そんなことが許せるものか!」
元々はこの西方の地に住んでいたのは自分達『白肌』の貴族だ。後からやって来た『黒肌』こそが侵略者であり、悪なのだ。
スフィンクス家ごときにマッサーブ家が滅ぼされるなどあってはならない。
断固として、あってはならないのだ!
「やれやれ・・・どうやら、ここまでのようですね」
部屋にいた三人目の人物が困ったように溜息をつき、椅子から立ち上がった。
「なっ・・・どうされましたか!?」
立ち上がったのは私の協力者である人物。王国中央の協力者から派遣された使者であった。
灰色のフードを深々と被ったその男は、靴の踵で床を叩いて扉に向けて歩いていく。
「今回の策略は失敗のようですね。我々はこれで手を引かせていただきます」
「お、お待ちを! どうして急にっ!?」
私は慌てて男に縋りつく。
元々の計画では、『恐怖の軍勢』を招き入れてスフィンクス家を滅亡に追いやり、私が中央貴族の援軍を受けて奴らを西方辺境から撃退する予定だった。
『恐怖の軍勢』を追い払った戦功によって新たな西方辺境伯に任じられ、祖先が奪われた土地を取り返す――そのはずだったというのに。
計画は失敗に追いやられ、さらには中央の協力者を失ってしまえば、もはや私を守るものは何もない。
待っているのは、スフィンクス家から制裁を受けて破滅する未来だけだった。
「元はといえば、貴方達が持ち込んできた計画ではありませんか! 我々を見捨てるおつもりですか!?」
「そうはいいますが・・・すでに『恐怖の軍勢』は追い払われつつあり、計画の遂行は不可能ではないかと」
「そ、それは・・・」
私は押し黙り、額からダラダラと脂汗を流した。
言い返す言葉が見つからない。しかし、このまま使者を返してしまうわけにはいかなかった。
「そ、そこをなんとか・・・どうぞご慈悲を・・・!」
「そういわれましても・・・ああ、そうだ」
使者がフードの奥でクスリと笑った。なにを考えているのかわからない不気味な笑みであった。
「ジャールさんの報告では、近いうちにギザ要塞を奪還に行くのですよね? それが失敗に終われば、戦いを長引かせてスフィンクス家に付け入る隙が見つかるかもしれませんね」
「っ・・・! そうだっ!」
私はバシリと手の平で膝を叩いて、ジャールを睨みつけた。
「ジャール、貴様に失態を償う機会をやろう! 指揮官のディンギル・マクスウェルを討ち取り、ギザ要塞の奪還を失敗させろ!」
「それは・・・しかし・・・」
ジャールは顔を上げて、困惑したように視線をさまよわせた。
「そのようなことをしたらマクスウェル家を敵に回してしまい、よからぬ事態に陥る恐れが・・・」
「くだらぬことを言っている場合か!? マッサーブ家の危機なのだぞ!」
噛みつくように吐き捨て、ジャールの胸ぐらをつかむ。頭突きをするほど顔を近づけ、はっきりと命じる。
「いいかっ、これ以上の失態は許さない! 母親と姉の命が惜しかったら、確実に成功させろ! もう一度言うぞ! 失態は許さない!!」
「っ・・・承知、いたしました」
ジャールが頷くのを見届けて、私は胸ぐらをつかんだ手を放した。そのまま椅子にどさりと座り込んで頭を抱える。
「いまさら後戻りなど、できないのだ・・・絶対に、絶対にだ・・・! この地は我らマッサーブ家のものなのだ・・・!」
私はひたすらにつぶやき続ける。
計画が台無しになれば破滅。マッサーブ家の終わり。
「・・・本当に扱いやすい人だなあ。ディンギルさんとは大違いだ」
扉のそばに立つ使者がフードの奥で何事かを口にする。
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